番外編《小話》孤軍奮闘むなしく
※本編の時間軸とは関係ありません。ゆるっとお読みください。
「ほら、ルカ、ご覧なさい。ヴァルトお兄様はあんなに落ち着いているじゃない」
「ツェツィー様、そうおっしゃられましても……」
仲睦まじげに座るふたりを扉の隙間からのぞき見しながら、こそこそと話し合う。
先ほどからリーゼロッテは握った守り石に力を籠めている。そんなリーゼロッテを膝に乗せて、ジークヴァルトは無表情で書類に目を通していた。
時折ジークヴァルトが紙の束を捲るくらいで、それ以外は静止画を見ているようだ。
しばらくしてジークヴァルトの手が、リーゼロッテの髪を梳きだした。一瞬だけ顔を上げるも、リーゼロッテは再び瞳を閉じて、手のひらに集中し始める。
会話もないまま、秒針だけが時を刻んでいく。それなのにそこは穏やかな完成された世界に見えて、まるでふたりでひとつのようだと、ツェツィーリアはそんなことを思った。
「やっぱりルカは少し落ち着きがないのよ。もっとお兄様を見習って」
「そんな、ツェツィー様……」
かなしそうな顔になったルカに少々心が痛む。だがここで絆されては駄目だ。隙あらばルカは口づけを迫ってくるのだから。
やたらと人目のない場所に連れていこうとするし、この前は本棚の間で不意打ちを食らってしまった。すぐそこに従者のグロースクロイツがいるのに、見えないのをいいことにいつも以上に長く口づけられた。
怒りの形相で抗議をしても、ルカは常にどこ吹く風だ。翻弄されっぱなしのツェツィーリアにしてみたら、実に気に入らない事態だった。
いつかは一矢報いたい。
その瞬間を虎視眈々と狙っていた。ルカは考え込むようにジークヴァルトたちを見つめている。無防備なルカの横顔を前に、ツェツィーリアはにっと形のいい唇の両端をつり上げた。
その頬にいきなり口づければ、さすがのルカも面食らって狼狽えるに違いない。思いもよらない反撃に、これ以上なく目を見開くルカの顔が浮かんだ。
「ルカ」
二の腕をぐいと引き寄せ、勢いのままルカの頬を狙い撃つ。
性急な動作で、かなり強引に引っ張った。だから、それはまんまと成功するかに見えたのに――
寸でのところで、ルカが端正な顔をこちらに向けてきた。真正面で向き合う形になって、驚いたツェツィーリアは咄嗟に身を引こうとした。
が、そのまま腰を引き寄せられて、あっさりと唇を奪われる。
「……なんてこと、してくれるのよ」
息も絶え絶えつぶやいた。深く長く口づけられて、ようやくルカは離れていった。
「あれ? てっきりおねだりかと」
「そんなことあるわけないじゃない……! 馬鹿ですのっ!」
頬を真っ赤に染めて、両のこぶしを振り上げる。そんなツェツィーリアの額の上に、ルカは愛おしそうにもう一度口づけを落とした。
言葉を失ったツェツィーリアが、さらに真っ赤になったのは言うまでもない。




