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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第5章 森の魔女と託宣の誓い

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第11話 辺境の砦

【前回のあらすじ】

 王命で賜った神事が、ジークヴァルトとの婚姻であったことを知ったリーゼロッテ。怒涛の展開に流されたまま、ジークヴァルトとのはじめての朝を迎えます。

 夫婦となった途端、今までのそっけなさが嘘のように、リーゼロッテを翻弄してくるジークヴァルト。その猛攻を防ぐ術はなく、昼夜関係なくひたすら愛されまくるリーゼロッテなのでした。

 ガラガラと車輪の回る音に、意識が浮上する。はっと見上げた先にジークヴァルトの青い瞳があった。じっと見つめ合って、ひと声出す前にのどの渇きが湧き上がる。

 そのタイミングでジークヴァルトが水差しからグラスに水を注いだ。それに口をつけようとしたところを、リーゼロッテは咄嗟に制した。


「自分で! 自分で飲みますから、わたくしにグラスをくださいませ」


 昨日のように、口移しで飲まされてはたまったものではない。このまま放置すると、それが標準で当たり前のことになってしまう。強めの語調で言うと、ジークヴァルトは渋々といった感じでグラスを手渡してきた。


(こういった夫婦のルール作りは、初めが肝心なのよ)


 受け取ったグラスを、ジークヴァルトは手を添えて支えたままにしている。さほど揺れない馬車の中ではこぼしたりしないというのに、夫婦となってから過保護ぶりがさらに悪化していた。

 (から)になったグラスを返すと、ジークヴァルトが問うてくる。


「まだ飲むか?」

「いいえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「ああ」


 そこですかさず頬に伸びてきた手が、この顔を上向かせる。


「昨日の! 昨日のようなことを馬車でなさるのでしたら、わたくしもうお膝の上には乗りませんから!」


 何事も先手必勝だ。口づけられそうになる前に、再び強めに言った。頬を膨らませて、怒っていますアピールも忘れない。

 ぐっと口をへの字に曲げて頬から手を離したジークヴァルトに、ほっと安堵のため息をついた。馬車に乗るたびあんなことをされていたら、この身がもたないのは目に見えている。


「髪に……」

「え?」

「髪に触れるのも駄目か?」


 ふいに言われてぽかんと見上げる。髪の毛など、これまでさんざ好きに触られてきたのだ。今さら改めて聞かれるのもおかしな気分だ。


「髪くらいだったら大丈夫ですわ」

「そうか」


 ほっとしたように頭に手が伸びてくる。髪を絡めながら、長い指がゆっくり滑っていくのが心地よくて、リーゼロッテは広い胸に頬を預けた。


「泉での神事は婚姻のためのものだと、ヴァルト様は初めから知っていらしたのですか?」

「ああ」

「それならわたくしにも、前もって教えてくださってもよかったのに」


 拗ねたように言うと、ふっと笑われた。


「教えるも何も、勅命書にそう書いてあっただろう?」

「えっ? そう……だったのですか?」


 堅苦しい言い回しをろくに確認せずに、大体そんな感じで済ませてしまった自分を悔やむ。こうなれば自分以外の人間は、この旅が婚姻のためのものであると認識していたということだろう。


 しばし呆然としていると、髪を絡めたままの手が耳の辺りでふと止まった。


「口づけるのは……」

「え?」

「馬車で口づけるのは駄目か?」


 じっとみつめられ、頬がかっと熱を持つ。


「く、口づけだけなら……」


 恥ずかしくて視線をそらすと、すかさず顎をすくわれた。

 (ついば)むキスはすぐに深いものに変わっていった。後頭部を押さえられ、舌が奥へと侵入してくる。


「ぅんん」


 胸を押すも、どんどん顔を上向かされてしまう。自分が思っていたライトな口づけには程遠くて、やめさせなくてはと思ったときには、もはや手遅れだった。気づくと椅子の上に押し倒されていた。

 真上からのキスは少し乱暴で、それでも逃げ場がなくて、どうしようもないくらいに気持ちがよくなってしまう。


 しばらくののち、唇が離された。酸素を求め大きく息を吸い込むと、再び口づけが降ってきた。


「ぁっは……ヴァルトさま、もう……」


 顔を背けてどうにか回避すると、今度は耳に唇が落ちてくる。


「ぁ……それは駄目……」

「駄目か?」

「だってそれ、口づけじゃ、な……」


 落とされ続ける唇はどんどん下へと下がっていった。


「いや、これは口づけだ。何も口にするだけとは言ってない」

「そんな!」


 ジークヴァルトがいきなり服の上から胸元に落とされる。


「やっ、それ絶対にくちづけじゃな……っ」

「先ほど口に同じことをした。どう考えても一緒だろう」

「ぜんっぜん、いっしょじゃなぁあい……っ!」



 結局は馬車が止まるまでジークヴァルトの暴走は止まらず、とてもひとには言えないところにまで、口づけられてしまったリーゼロッテだった。


     ◇

「あああっ、奥様っ、今日も馬車に酔われてしまったのですね……! なんとお詫びしたらいいのかっ」

「いや、問題ない。すぐに落ち着く」


 もう居たたまれなさすぎて、御者のおじさんの顔が見られない。服は脱がされはしなかったが、べろんべろんに舐められた胸元の布地はいまだじっとりと湿ったままだ。


(最後の方は絶対にキスってレベルじゃなかった)


 確かに指でどうこうはされなかったが、結局口だけであんあん言わされてしまった。頬を限界まで膨らませながら、シミになった服に気づかれないよう、ジークヴァルトの胸にしがみつく。宿の部屋に入るなり身構えた。昨日のような展開はなんとしても阻止しなければ。

 しかしリーゼロッテが降ろされたのは、寝台ではなくソファの上だった。


「ここで待っていろ。前もってオレの守り石が施してある。絶対に部屋からは出るなよ」

「ジークヴァルト様はどちらに?」

「旅の行程の打ち合わせだ。遅くなるようなら先に寝ていろ」


 頭をひと撫ですると、ジークヴァルトは部屋を出て行った。かと思ったら、閉じかけていた扉が再び開く。


「どうかなさいましたか?」

「忘れ物だ」


 何事かと思って駆け寄ると、前かがみになったジークヴァルトにいきなり唇を奪われた。肩に手をかけられたまま、両手がぴーんと張ってしまう。名残惜しそうにちゅっと啄むと、ジークヴァルトはすぐに身を起こした。


「いってくる」

「……いってらっしゃいませ」


 ぱたんと閉められた扉の前で、リーゼロッテはしばらく立ちつくしていた。今、鏡を見たら、顔が真っ赤になっていることだろう。収まらない動悸に、はくはくと浅い呼吸を繰り返す。


「あの、奥様……」

「は、はいっ」


 遠慮がちにかけられた声に、思わずびくりとしてしまった。振り向くと世話係の女性が、生温かい目をして(たたず)んでいた。ずっとこの部屋にいたのだろうか。今の場面を見られていたということだ。


「湯あみの準備ができておりますが、いかがなさいますか? 先にお食事にすることもできますが」

「え、ええ、そうね。先に汗を流したいわ」

「かしこまりました」


 思わずシミだらけの胸元を両手で隠した。生温かい目は継続中だ。すべてもろバレているようで、涙目になりながらリーゼロッテは湯殿に向かった。


     ◇

「はぁ、さっぱりしたわ」


 ゆるく三つ編みを作りながら、鏡に映る自分を見やる。


(わたし本当にジークヴァルト様と夫婦になったんだわ)


 森を出てからというもの、呼称がいきなり奥様に様変わりした。しかし鏡の向こう、見つめ返してくる自分はまだあどけなくて、いまいち実感がわかないリーゼロッテだ。


「それにしてもヴァルト様の変わりようっていったら……」


 突拍子のなさは相変わらずだが、不意打ちのレベルが格段に上がっている。あのジークヴァルト相手に、うまくやっていけるだろうか。気恥ずかしさよりも、いまだ信じられないという思いの方が強かった。


「ここ数日、本当に記憶が曖昧なのよね」


 ジークヴァルトに翻弄され続けて、食事も湯あみも夢うつつの出来事だった。とぎれとぎれの記憶では、風呂にまでジークヴァルトに入れられていた。公爵家に戻ってからも、こんな生活が続くのだろうか。それだけはなんとか避けて通りたい。


(絶対に気力も体力も持たないわ。でも帰ったら、ヴァルト様は領地のお仕事があるし、エラたちもいてくれるし……)


 あれこれと考えているうちに、夕食も先に済んでしまった。久しぶりのひとりきりの時間に、手持ち無沙汰になった。広い部屋にぽつりと取り残されて、なんだかさみしい気分にみまわれる。

 こんな時はどうやって過ごしていただろうか? ほんの少し前のことなのに、それがよく分からない。


(行きの道中は疲れてすぐ眠ってしまっていたっけ)


 そう思うなり眠気が襲ってくる。あふと小さくあくびをすると、リーゼロッテは寝室へと向かった。


「起きて待っていたいけど、先に寝てろって言われたし……」


 布団を温めておくという名目で、リーゼロッテはリネンをめくり中に潜り込んだ。

 三つ編みを下敷きにしないよう胸元に流し、ふかふかの枕に頭を沈める。ひとりで眠るにはこの寝台は大きすぎて、横向きに自分を抱きしめリーゼロッテは小さく丸くなった。


(ここ、ヴァルト様の気配がする……)


 前もって部屋に守り石を施してあると言っていた。


「ふふ……ヴァルト様って本当に過保護なんだから……」


 耳につけられた守り石からも、ジークヴァルトの気が常に感じられる。泉の神事で交わしたものだ。あれこそがふたりの婚姻のしるしであったのだと、今さらながらにそんなことを思った。


 耳に青の波動を感じながら瞳を閉じる。ジークヴァルトもまた、自分の気配を感じてくれているのだろうか。


「早く戻ってこないかな……」


 そう呟いて、リーゼロッテはすぅっと眠りについた。


 ぎしりと寝台が傾いたのを感じて、リーゼロッテは薄く(まぶた)を開いた。焦点が合わないまま、温かい何かに包まれる。


「ヴァルトさま……?」

「起こしたか? いい、そのまま眠っていろ」


 やさしく頭を撫でられて、心地よさに思わず微笑んだ。胸元にすり寄って、再びまどろみに落ちていく。


「あまり可愛いことをするな。我慢できなくなる」


 そう言ってこめかみに落とされた口づけは、自分の夢だったのかもしれない。


 満たされて、大きな腕の中、リーゼロッテは朝までぐっすりと眠った。


     ◇

「今日は馬で移動する」

「まあ、馬で……?」


 いつもよりも厚手の格好をさせられ、リーゼロッテは前の(くら)に乗せられた。その後ろでジークヴァルトが手綱を握る。


「いくぞ」


 (あぶみ)を蹴ると、馬はゆっくりと進みだした。やがて軽やかに走り出す。

 長距離を行くとのことで、今日はきちんと馬に(またが)った。横乗りしかしたことのなかったリーゼロッテは、鞍の取っ手をつかむ手にいたずらに力が入る。


「怖いか?」

「いえ、ヴァルト様が一緒ですから」


 腹に回された腕が心強い。しっかりと支えられているのを感じて、リーゼロッテは力を抜いた背をジークヴァルトに預けた。

 ふっと笑みをこぼして、ジークヴァルトは馬の速度を上げた。泊まっていた宿の街を離れると、何もない草原が広がる街道をひた走っていく。


 だいぶ南に戻ってきたとはいえ、所々に雪が残っているのが目に入った。行く道もあまり綺麗には舗装されていなくて、土を踏みならして作られただけのようだった。


「今日はここに泊まるのですか?」

「いや、ここは城下町だ。今から父上たちのいる辺境の砦に向かう」

「辺境の砦……。ん? 父上たちのいる……?」


 馬上でこてんと首を傾ける。ジークヴァルトの父親といえば、初恋の人ジークフリートしかいない。


「じ、ジークフリート様に会いに……!?」

「父上だけじゃない。母上もいる」


 むっとした声音のジークヴァルトを前に、リーゼロッテは唖然となった。今から義両親に結婚の報告に行くのだ。それを理解して、脳内で声の限り叫んでいた。


(そんな大事なことは前もって言え――――っ!)


 街の先に見えてきた堅牢な砦には、あっという間にたどり着いてしまった。


     ◇

「旦那様、リーゼロッテ奥様。ようこそおいでくださいました。おふたりが無事、婚儀を果たされましたこと、心よりお慶び申し上げます」

「エッカルト!? ロミルダも……。どうしてあなたたちがここに……?」


 辺境の砦で出迎えてくれたのは、公爵家家令のエッカルトとその妻のロミルダだった。


「ジークヴァルト様が婚姻を果たされましたのを機に、家令の座はマテアスに正式に譲って参りました。これからはジークフリート様の(もと)で、ロミルダと共にこの砦を守らせていただくこととなりました」

「侍女長もエラに任せてきたんですよ。彼女はしっかり者だから、安心してこちらに来られました」

「さあ、大旦那様と大奥様がお待ちです。どうぞこちらへ」


 慣れた様子でエッカルトが先導していく。この砦はただ石で造られているだけで、質実剛健といった感じだった。貴族の住む建物にしては、煌びやかさの欠片もない。


「随分としっかりした砦なのですね……」

「ここは賊の侵入から国を守るための砦だ。オレが公爵位を退き辺境伯となったら、お前もここに住むことになる」


 言われてみればエマニュエルとの勉強会で、そんなことを習ったような気がする。フーゲンベルク公爵は次の世代に爵位を譲った後、スライドするように辺境伯の地位に就くのが慣習となっているらしい。


 この砦を任された辺境伯には、特別な権限が与えられている。それは国外から敵が攻め入ってきたときに、独自の判断で武力を行使していいというものだ。それは時に王命よりも効力を持ち、臨機応変に戦えるだけの権力が認められていた。


(その分、人格者が選ばれるような地位なのよね……)


 野心ある者に任せると、国を揺るがす謀反(むほん)に発展することもある。龍の保護下にあるのを知りながら、そんな愚かな行いをする者などいないとは思うが、力を得た人間が己を見失ってしまうのはよく聞く話だ。


(ヴァルト様だったらそんな心配はないか)


 そのことだけは自信をもって言い切れる。リーゼロッテは知らず口元に笑みを作った。


「どうした?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 そんなことよりも、今から義両親とご対面なのだ。ジークフリートには一度会ったことはあるが、それも幼少の折の話だった。

 義母となったディートリンデには、いまだに会ったことすらない。怒らせると怖い人だとの前情報を、複数人の証言からリーゼロッテは入手していた。挨拶ひとつ済ませることなく籍を入れてしまった嫁の立場として、初対面は細心の注意と敬意を払って臨まなくてはならないだろう。


 直前に知らされたことをいまだ根に持ちながら、リーゼロッテは懸命に挨拶の言葉を頭の中で反芻(はんすう)していた。


     ◇

 広い吹き抜けの広間に入ると、カツカツと反響する足音が聞こえてきた。


「リーゼロッテ、久しぶりだな! これはまた随分と大きくなって!」

「ジークフリート様、ご無沙汰しております」


 颯爽と現れたジークフリートに、礼を取る暇もなくいきなり高く持ち上げられる。脇に手を入れられて、そのままぐるんぐるんと振り回された。


「はっはっは! 元気にしていたか? 大きくなったのに相変わらず小さくて軽いな。ちゃんと食べてるか? いっぱい食べないと大きくなれないんだぞぉ?」

「えっ、あっ、はいっ、あのっ」


 遠心力でスカートが広がって、足先が遠くに引っ張られていく。景色がぐるぐる回って、気持ち悪くなりそうな一歩手前で、ジークフリートに子供抱きに抱え直された。


「でもやっぱり大きくなったなぁ。ラウエンシュタイン城まで会いに行った日のことを覚えているか? あの日リーゼロッテはこぉんなに小さくってなぁ」


 指で五センチほどの長さを示す。いや、さすがにそんなには小さくないだろう。そう突っ込みたくても、回った目が判断能力を鈍らせる。


 しがみついた先にある顔は、思い出の中のジークフリートと同じだ。年は経ているもののやさしげな青い瞳は、あの日のリーゼロッテの記憶のままだった。


「フリート、そのくらいになさい。怒らせる前に降ろさないと、憤死寸前よ」


 女性の声と共に、リーゼロッテはジークヴァルトの腕に素早く(さら)われた。そのまま横抱きに抱え上げられて、あわてて首すじにしがみつく。


「お、なんだ、ディートリンデ。リーゼロッテ相手に、嫉妬のあまり憤死しそうなのか? 可愛いな! 心配しなくてもオレが愛しているのはリンデだけだぞぉ!」

「馬鹿言わないで。憤死しそうなのはわたしたちの息子の方よ」


 リーゼロッテが手を離れると、ジークフリートは迷いなくその女性を抱え上げた。彼女こそがジークヴァルトの母親だ。初めの印象がその後の関係を左右する。リーゼロッテに緊張が走った。

 挨拶のために礼を取ろうとするも、ジークヴァルトに抱え上げられたままだ。降ろすよう小声で訴えるが、逆に強く抱きしめ返された。


「あのジークヴァルトがかぁ? 可愛い義娘(むすめ)との戯れじゃないか、なぁ、ヴァルト」

「あら、そんな事言って。だったらわたしもお義父(ジークベルト)様にもっと抱き上げていただけばよかったわ」

「なにぃっ、父上であったとしてもそんなことは許せんぞ! リンデを抱き上げていいのはこのオレだけだ!」

「だったらジークヴァルトの気持ちも分かるというものでしょう?」

「おおう、それもそうだな。悪かったジークヴァルト」

「いえ、金輪際しないというのなら、今回は問題ありません」


 タイミングがつかめなくてやりとりを見守っていると、ディートリンデとふと目があった。挨拶しなければと気ばかり焦る。腕の中で懸命に身をよじるが、どうあってもジークヴァルトは自分を降ろそうとしなかった。

 それによくよく見ると、ディートリンデもジークフリートに抱え上げられている状態だ。お互い鏡写しの状況のまま、リーゼロッテは仕方なしに覚悟を決めた。


「ディートリンデ様、ご挨拶が遅れ失礼をいたしました。この度ジークヴァルト様に妻として迎えていただきましたリーゼロッテと申します。ふつつかな嫁ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 横抱きにされた状態で、なんとも締まらない挨拶となってしまった。だが相手も同じ条件だ。そこを突っ込まれる余地はさすがにないだろう。


 しかしディートリンデはすん、となって、途端に冷たい表情を返してきた。


「会ったことのある相手に、こんな不義理な挨拶をするなんて……あなたにそんなことを教えたつもりはなくってよ?」

「えっ!?」


 ジークヴァルトの母親に会ったことなどあっただろうか? 貴族名鑑で顔を確認した覚えはあるが、どんなに記憶を辿ってもディートリンデと会った記憶などまるでなかった。

 怒らせたらヤバい人なのだ。なんとか取り(つくろ)うとするも、焦るばかりでうまい言葉が見つからない。このままでは本格的に怒らせてしまう。青ざめてリーゼロッテは、みるみるうちに涙目になった。


「あ、あの、わたくし……」

「ああ、そうね、見た目が違うから分からないのね。これなら思い出すのではないかしら?」


 言いながらディートリンデは、首に下げていたチェーン付きの丸眼鏡をかけた。次いで降ろした髪をひとまとめにし、手で押さえながら高い位置でお団子ヘアを作ってみせる。


「ロッテンマイヤーさん!?」


 大声で叫んでから、はっと口を覆った。その姿は見紛うことなく、子どものころにお世話になったマナー教師のご夫人だった。

 しかし彼女の本名はアルブレヒツベルガー夫人だ。思わず脳内ネームを口にしてしまって、リーゼロッテはさらに顔を青ざめさせた。


「ほら、ちゃあんと覚えているじゃない」


 妖しい笑みを作って、ディートリンデはまとめた髪を振りほどいた。


【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。思いがけない所でロッテンマイヤーさんの正体を知ったわたし。戸惑う中、過去の事情とともに、ディートリンデ様はマルグリット母様の話をしてくれて……?

 次回、ふたつ名の令嬢と龍の託宣 第1部 最終話「新しい日々」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!


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