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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

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番外編 貴女は誰にも渡さない(前)

~ルカのツェツィーリアGET大作戦~

「父上! おはようございます!」


 早朝に開け放たれた執務室の扉に、フーゴはうんざりした顔を向けた。そこに立つのは十一歳になったばかりの息子のルカだ。優秀な跡取りだとは思っているが、今回ばかりはどうしたものかと、正直思案に暮れている。


「夕べ父上に指摘された部分を修正してきました。これならレルナー家にも満足していただけるでしょう?」


 そう言って手にした紙の束を、執務机の上に広げようとする。自分が目を通していた書類が(まぎ)れないようにと、フーゴは慌ててそれを()けて移動させた。


「確かに昨日よりはいい案ではあるが……だが、これではレルナー公爵のお心には響かないだろう。あまりにも収益が少なすぎる」

「ですが父上、長期的に見てレルナー家にも相当な利益が出るはずです。そう悪い話ではありません!」

「三年も五年も先を見越した利益では話にならない。こういった事業は不測の事態もあり得るんだ。せめて数か月先のまとまった額を提示できなくては、ほかの候補の方には太刀打ちなどできるはずもない」

「……わかりました、まずは短期的な利益ですね。出直してきます!」


 紙をかき集めて嵐のように去っていった息子を見送って、フーゴは眉間をもみほぐしながら息をついた。こうやって日に何度もルカの突撃をくらっている。


 今朝のように早朝から始まり、夜は夫婦の寝所にまでやってくる。おかげで寝不足もいいところなのだ。最愛の妻クリスタは、美容に悪いとさっさと別の部屋に逃げてしまった。ひとり寝の夜が続くのも、疲弊する原因だった。


 義娘のリーゼロッテの話では、レルナー公爵令嬢にひと目惚れしたのだと言う。ほかの候補に取られないようにと、レルナー公爵へと婚約を申し込みたいのだ。フーゲンベルク家から戻るなり、ルカは開口いちばんそう言った。


 当然そんなことは承諾できないと、フーゴはルカに即座に返した。伯爵家の跡取りであるルカの婚姻は、領地の繁栄にもかかわることだ。伴侶として迎い入れる令嬢も、相手を吟味する必要がある。ルカの性格からして頭ごなしに反対しても絶対に納得しないため、とにかく理詰めで無理なことだと説明した。


 しかしルカは諦めなかった。それ以来レルナー公爵令嬢との婚約が、いかに双方の家に益をもたらすか、必死にプレゼンしてくるようになったのだ。駄目出しをしても、次には打開策を用意して現れる。いい勉強にはなるだろうと思い付き合ってはいるが、限度を知らないルカに辟易しているフーゴだった。


(仕方ない。今のうちに執務を片付けるか……)


 あの様子では、昼過ぎあたりにまたやってきそうだ。午後には重要な商談を控えている。今できることをやっておかないと、物事が後手後手に回ってしまう。

 気を取り直して、フーゴは書類に手をかけた。


     ◇

「母上! 女性がよろこびそうな贈り物を教えていただけますか?」

「あら、ルカ。ツェツィーリア様への贈り物?」

「はい、手紙だけでは味気ないかと思いまして。できれば見るたびにわたしを思い出してもらえるような、そんなものがいいんです。何かいい知恵があったらお貸ししていただけませんか?」

「そうね……」


 クリスタは令嬢時代、姉のジルケと共に亜麻色の髪の姉妹として、社交界ではもてはやされる存在だった。ありとあらゆるものを殿方たちから贈られた経験がある。


「生き物はやめた方がいいわ。いきなりだと世話をするのにも困るから。あと大きすぎる物も駄目ね。昔、趣味の悪い彫刻を贈られて、置き場と処分に本当に苦労したの」

「なるほどです」

「最初は無難に花や流行りのお菓子がいいのではないかしら? 手に入りづらい物なんかは、自分のために頑張ってくれたのかと思うとうれしくなるわ」

「流行りのお菓子ですね。ですがツェツィー様は王都に近いところに住んでいらっしゃいます。食べ慣れている可能性もあるかもしれません」

「それもそうね。ジルケお姉様から隣国の珍しい菓子が届いたら、ルカにいちばんに知らせるわ」


 クリスタはほほ笑んでルカの頬を撫でた。


「でもね、やっぱり心のこもったお手紙がいちばんうれしいものよ? 中には贈り物だけ届けてきて、ひとことも添えてくれない方もいらっしゃるから」

「そうですか……」

「ふふ、だったらそうね。香水なんかどうかしら? ダーミッシュ領の特産だし、若い令嬢向けの香りなら、ツェツィーリア様も気に入っていただけるんじゃないかしら?」


 クリスタは侍女にふたつほど香水の小瓶を持ってこさせた。


「どう? ルカはどちらが好み?」

 左右の手首に振りかけて、順番にルカの鼻先に近づけた。


「母上、わたしはこちらの方がツェツィーリア様にぴったりだと思います!」


 ルカが選んだのは柑橘系の爽やかな香水だった。フレッシュな香りが先にきて、ラストノートにはほのかな甘いバニラの香りがやってくる。ツェツィーリアからはいつも甘いお菓子のような香りがする。それを思い出して、ルカはすごく会いたい気持ちになってしまった。


「ではこれを綺麗に包みましょう。あと、ルカの香りも決めましょうか」

「わたしの香り?」

「ええ、そうよ。お手紙にその香りをほのかにつけておくの。次にツェツィーリア様にお会いするときもその香りをつけていくのよ? そうすれば香りがするたびに、ルカのことを思い出してくださるわ」


 でもかけすぎは駄目よ? と付け加えて、クリスタはいたずらっぽくウィンクをした。


「ありがとうございます! 母上、わたしはさっそくツェツィー様に(ふみ)をしたためてきます! そのあとに父上のところにも行かないと!」

「あらあら、大忙しね」


 意気揚々と去っていったルカを見送ってから、クリスタはゆっくりと後ろを振り返った。


「あなた、いつまでそこで隠れているおつもり?」

「ルカに見つかるとまた面倒になると思ってね」


 苦笑いしながら姿を現したフーゴは、クリスタにやさしくキスをした。


「いい加減、ひとりで寝るのがさびしくなってきたよ」

「そう思うならルカの願いを聞いてあげたらどうかしら? リーゼは良い方だと言っていたのでしょう? わたくしもツェツィーリア様がもっと幼いころにお会いしたけど、本当にお人形のように可愛らしい方だったわ」

「そうは言ってもだなぁ……」

「ふふふ、ルカはきっと諦めないわよ。一度くらいチャンスをあげてもいいのではない?」


 可愛らしく小首をかしげる妻を前に、フーゴは降参したように眉を下げた。


「クリスタは本当にルカに甘いな」

「自慢の息子だもの。きっと悪いようにはならないわ」

「仕方ない。だがチャンスは一度きりだ」


 伯爵の立場としては、いい加減な決断などできるはずもない。領民の生活を守ることが、フーゴに課せられた重要な責務だ。懸命に働き税を納める(たみ)に対して、それは最低限果たすべき義務だろう。


 領主の顔に戻るとフーゴは、ルカを呼ぶよう家令のダニエルへと声をかけた。


     ◇

 午後の大きな商談を終えて、フーゴは一息ついた。今回はルカも同席させた。黙って見ているように言って横に座らせていただけだが、そのルカは何やら思案顔をしている。


「……父上、先ほどの商談の件ですが、ひとついいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ」


 平然として答えたが、フーゴはルカのこの言葉を待っていた。このまま何も気がつかなければ、ツェツィーリアとの婚約は絶対に許可しないと心に決めて。


「調べたところ、レルナー領では良質の鉄鉱石が採れるとありました。ですがそれを大きな特産とはできていない様子です」

「ああ、そのようだ」

「先ほどの商談は、安価に作れる庶民向けの商品の話でした。ですがあれを良質な素材で作れたら、貴族向けのハイブランドの物が展開できるとは思いませんか?」


 フーゴは顔が緩むのを必死に隠して、もっともだと言うように頷いた。先ほどの商談はコストを抑えめにした、平民向けの髭剃りの材料の仕入れに関するものだった。


 ダーミッシュ家は特産物のひとつとして、剃刀をいくつか商品化している。もとはリーゼロッテの発案で開発したものだが、切れ味が良く長持ちすると他領でも評判の品だ。ダーミッシュ家が材料と技術を提供し、エデラー男爵家がエデラー商会のブランド品として売りに出していた。


 貴族社会でいいように利用されそうになっていたエデラー家を助けて以来、ダーミッシュ家はその後ろ盾を続けている。今では益を生み出すビジネスパートナーの関係だ。

 いわゆる適材適所というやつで、貴族に大きな伝手(つて)のあるダーミッシュ伯爵家と、庶民にネットワークを持つエデラー男爵家が、タッグを組んでうまいことやっているという図式だった。


「レルナー領から良質な鉄鉱石を安く仕入れる代わりに、ブランド化した剃刀の売り上げの一部をレルナー家に還元するというのはどうでしょう? ダーミッシュ領の特産で貴族向けの品は、女性用コスメに偏っています。これを機に男性用商品にも力を入れれば、我が領にも大きな益をもたらすのではないでしょうか?」

「いい考えだ。だが、それだけではまだ足りないな。レルナー印のロゴを提案してプレミアをつければ、レルナー産の鉄鉱石の知名度も上がる。同時にレルナー家の名声も上がるだろう。その話をすればレルナー公爵も、こちらの申し出に耳を傾けてくださるかもしれない」


 レルナー家には、フーゲンベルク家の馬や高級家具のように、ハイブランドの特産がない。両家は先々代同士が仲違いをしてからあまりいい関係にはないので、そのことを余計にレルナー家は悔しがっている様子だ。


「さすが父上、公爵家ですから、富よりも名声を重んじるのはもっともなことです。……え? ですがそれってもしかして、この話をレルナー家に持ち掛けてくださるということですか?」

「ああ、お前には根負けしたよ。この話を手土産に、ツェツィーリア様に婚約を申し込むことにしよう」


 フーゴがルカの頭に手を置くと、ルカは頬を紅潮させてフーゴを見上げた。


「ありがとうございます、父上!!」

「だがもっと話を煮詰めてからだ。根拠のない夢物語では門前払いをされるのが関の山だ。やるからにはわたしも全力を尽くそう。その上でレルナー家に断られたら、ルカ、お前もきっぱりとツェツィーリア様を諦めるんだぞ」


 チャンスは一度きり。暗にフーゴからそう言われ、ルカはごくりと喉を鳴らして頷いた。


     ◇

「ダーミッシュ伯爵家としては、婚約にあたって、今述べた条件を契約として付け加えたいと思っております。レルナー公爵家でさらに提示なさりたいことがございましたらなんなりと」

「ひとつ聞くが……どうしてここまでして我が娘を望むのだ?」

「ツェツィーリア様は息子が見染めたお方。親馬鹿ながら、ルカの人を見る目は確かだと思っております。それにレルナー家の大切な姫を伯爵家が望むのです。この条件は妥当かつ当然のことでしょう」

「……そうか。話はわかった。この婚約の申し出、よく吟味させてもらう。返事は、そうだな……一週間以内には答えを出させてもらう。そちらも待たされるのは本意ではないだろう」

「お心遣い感謝いたします」


 ダーミッシュ伯爵が部屋から辞すと、レルナー公爵はどさりとだらしなくソファに体を預けた。


「やり手だとは聞いていたが、まったく隙のない男だったな」

「そのようで」


 横に立つ年老いた家令がグラスに赤いワインを注いだ。それをゆっくりと口に含みながら、公爵はつぶやくように言う。


「それにしてもなぜツェツィーリアなんだ?」


 兄が(のこ)した娘だが、その扱いづらい性格に公爵自身も難儀している。親を失い可哀そうだと思って、はじめのうちに甘やかしたのがいけなかったのかもしれない。


 ダーミッシュ家の跡取りは、優秀な少年だとよく耳にする。母親に似て見目も麗しいと評判だ。そんな息子にわざわざツェツィーリアを選ぶ理由が分からない。あのかんしゃく娘の噂は、ダーミッシュ伯爵の耳にも届いていることだろう。


 かといって何か裏があって、レルナー家に近づいたようにも思えなかった。なにしろダーミッシュ伯爵家は今、飛ぶ鳥を落とす勢いで繁栄を続けている。娘はフーゲンベルク家に嫁ぐことが決まっているし、今さらレルナー家と繋がりを強く望む理由などないだろう。


「あれを呼んで来い。それとグロースクロイツだ」


 仰せのままにと腰を折った家令は、ほどなくしてレルナー公爵夫人とツェツィーリアの従者であるグロースクロイツを連れて戻ってきた。


「あなた、話とはなんですか?」

「先ほどダーミッシュ伯爵家から婚約の申し出があった。跡取り息子がツェツィーリアをぜひにと望んでいるらしい」

「ダーミッシュ伯爵家が?」

「ああ、そこの箱はお前にと持ってきた。伯爵夫人からの贈り物だそうだ」

「まあ、なんてこと!」 


 公爵夫人は箱を開けて瞳を輝かせた。そこに詰まっていたのは、今話題のエデラー商会の化粧水一式だった。人気ですぐ品切れてしまうため、貴族女性の間で争奪戦が繰り広げられている。


「グロースクロイツ、この婚約話、何か裏があると思うか?」

「はて、わたしの立場からはなんとも申せませんが」

「いいから思うことを言ってみろ。お前は伯爵の息子に会ったのだろう?」


 イライラした様子でレルナー公爵はグロースクロイツを見た。この男は兄の代からこの家に仕えている。ツェツィーリアの従者として残してはいるが、掴みどころがなくて時折それが不愉快に思えてならなかった。だが今のところあの娘を(ぎょ)せるのはこの男だけなので、解雇するのは思いとどまっているレルナー公爵だ。


「ルカ・ダーミッシュ様は、お噂通り優秀な方でございますね。何よりあのツェツィーリア様を黙らせて、辟易(へきえき)させておいでです」

「あのツェツィーリアを?」

「はい、なんともお上手に」


 その言葉を聞いてレルナー公爵はしばし考え込んだ。ダーミッシュ伯爵が提示してきた条件は、なかなかに魅力的だった。しかし厄介払いができるなら、何も下位の伯爵家に嫁がせることもない。有益な候補はほかにもいるのだから。


「付け加えて申し上げますと、現段階で上がっている中で、ダーミッシュ家ほど最良の候補はいらっしゃらないかと」

「どうしてだ? 確かにグレーデン家のエーミールは女帝の容態が安定しない今、リスクが大きすぎると思っているが……だがほかにも多額の融資が望めそうな高爵位の相手はいる」


 レルナー家は先々代の公爵、父の代でかなり散財して財政がひっ迫した状態だ。そこを悟られないよう、必死に公爵家として体裁を保っているのが現状だった。


「恐れながら、残りのご候補は目先の利益しか望めないのでは?」

「ペヒ侯爵はどうだ? あそこは提示する一時金が他とは桁違いだ。ツェツィーリアが嫁いだあとも、援助を続けると言ってきている」

「だけどあなた。あそこはさすがにツェツィーリアが可哀そうだわ……」


 ペヒ侯爵は再婚を繰り返している男で、つい最近、四人目の妻を亡くしたばかりだ。だが今まで(めと)った妻はみな幼く、病死、事故死、行方不明など、もれなく若くして非業の死を遂げている。


「ペヒ侯爵様は残虐な性癖をお持ちなどという、恐ろしい噂もございますからね。万が一、ツェツィーリア様が嫁いだ後、すぐにお亡くなりになるようなことがあれば、援助はその段階で打ち切られるかと思われます」


 そこで一度言葉を切ると、グロースクロイツは声高に告げてきた。


「ですが、悪名高いペヒ侯爵様に、兄の遺児を嫁がせ死なせたという旦那様の名声は、大きく、高らかに、末永く、どこまでも社交界に(とどろ)き響き渡ることでしょう」


 まるで称賛するかの声音に、レルナー公爵の顔があからさまに歪められた。


「そんなことになったら、わたくしたちの可愛い息子の将来に影響が出るじゃない! ねえ、あなた、ここはやはりダーミッシュ伯爵家で手を打ちましょうよ。あの家は外交を務めるクラッセン侯爵とも繋がりがあるわ。王太子妃を出した家と縁続きなんですもの。伯爵家でも悪いことはないわ」


 贈られた化粧水を熱心に手になじませながら、公爵夫人は熱弁をふるった。ダーミッシュ伯爵家と身内になれば、この化粧水がいつでも優先して手に入るに違いない。そんなことを腹で思っているのがまるわかりだ。


「分かった。グロースクロイツ、あとはわたしたちだけで決める。お前はもう下がれ」

「仰せのままに」


 グロースクロイツが部屋を出ていくと、レルナー公爵は先ほどからずっと黙って聞いていた家令に問いかけた。


「……お前はどう思う?」

「ツェツィーリア様との婚約が、何らかの理由で破棄されることになったとしても、ダーミッシュ家は向こう十年の利益を保証しておられます。中長期に見て、やはり伯爵家がいちばん富と名声をレルナー家にもたらすことになるのかと」


 そう即答され、レルナー公爵は思案顔となる。


「我が領の鉄鉱石は良質ではありますが、フーゲンベルク領でも同等の物が採掘されております。そこをもって旦那様にこの話を持ち掛けてきたのは、真にツェツィーリア様を望んでおられるからでしょう。ルカ様はいずれ多くの令嬢からもてはやされる存在になるのは必至。この機を逸するのはわたしも得策ではないように思います」


 レルナー家にしてみれば、突然現れた新しい婚約者候補は、富ばかりか名声をも回復してくれる救世主のような立ち位置だ。身分が伯爵なのがひっかかるが、ツェツィーリアにとってもそれが最良の選択ということか。


「……もう財政的に猶予もない。こうなったら、ツェツィーリアの嫁ぎ先は伯爵家で手を打とう」


 あとはいかに恩着せがましく返事をするかだ。こちらとしては公爵家との縁をくれてやるのだ。その恩恵を受け取るための代償を、伯爵家が差し出すという体裁だけは保たねばならない。


「これを機に、レルナー家とフーゲンベルク家も、昔のような関係に戻れるかもしれないな」


 もとはと言えば父の放蕩ぶりに、当時のフーゲンベルク公爵だったジークベルトが腹を立て、一切の交友を絶たれてしまったのだ。そんな経緯は、息子や孫世代にはなんのわだかまりも残していない。


「よし、ツェツィーリアを呼んで来い」


 婚約者が決まったと伝えねばならない。レルナー家の未来がかかっているのだ。嫌だとかんしゃくを起こされても、絶対に押し通す決意をレルナー公爵は固めていた。


 しかし待てどもツェツィーリアは訪れず、グロースクロイツを連れてフーゲンベルク家に出奔したことを伝えられ、再び頭を抱えたレルナー公爵だった。


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