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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

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15-4

     ◇

「「「「「よろしくお願いしまぁすっ!」」」」」


 公爵家の廊下に男たちの声が響く。エラの前にずらりと並び、思い思いの花を持つ。みな頭を下げながら、エラの答えを待っていた。


 公爵家でここ最近、頻繁に見られるようになった風景を、周囲の者は好奇の目で見守っていた。未婚の男がエラに求婚するというのが、今、公爵家の間で大流行(おおはや)りとなっている。「エラチャレンジ」と呼ばれるようになったこのイベントは、過熱の一途をたどっていた。


 発端(ほったん)は子爵家の跡取りであるヨハンがエラにフラれたことだ。エラは貴族籍を抜けて、いずれ平民になるらしい。その噂は(またた)()に広まって、自分たちにもチャンスがあるのではと、使用人の男たちがこぞってエラに迫り出して今に至る。


「今日は厩舎(きゅうしゃ)の奴ららしいよ」

「午後の部は庭師たちがいくらしいぜ」


 エラに過度な迷惑はかけないようにと、働く部署ごとにくじを引き、順番にプロポーズをしているという徹底ぶりだ。日に二度三度と行われるこのエラチャレンジは、日常でよく見る光景となりつつあった。


「やだ、あんたの彼氏、あそこにまざってない?」

「いいのよ、どうせフラれるんだから。一生の記念にしたいって言うから、(こころよ)く送り出してやったわ」

「それならわたしも思い出作りにチャレンジしてこようかしら」

「オレもかみさんさえいなければ……」

「それはこっちの台詞よ。もう少し出会うのが早かったら、絶対にあんたよりエラ様を選んでるわ」


 そんな会話がそこここで繰り広げられている。

 そうこうしているうちに、エラがいつも通り断りの文句を告げた。


「ごめんなさい。お気持ちはうれしいですが、みなさんにお応えすることはできません」


 エラが頭を下げると、男たちはうれしそうに礼を言って、手にした花を放り投げつつ去っていく。ここまでがエラチャレンジのお約束だ。


 その場から離れていくエラの背を見つめ、使用人たちのおしゃべりは果てなく続く。


「エラ様もいちいち付き合ってくれて、ホントおやさしいよな」

「そんなエラ様に惚れ直しちゃう」

「それにしても、誰かがエラ様を落とす日はくるんだろうか……」

「いつまでもみんなのエラ様でいてほしいなぁ」

「んん? 何の話?」


 途中から現れた男を、一同は呆れたように見やる。


「お前、本当に他人に興味ないよな。せめてエラ様のことくらい知っておけよ」

「やだなぁ、エラ様の事なら知ってるよ。ヨハン様に求婚されたんだろう? エラ様も子爵夫人かぁ。玉の輿だねぇ」


 うんうんと頷く男に、周囲はため息をついた。一体いつの話だ。しかも一部内容が間違っている。誰もがそう突っ込もうとした時、背後から威圧するように声がかけられた。


「エラがヨハンの求婚を受けただと?」

「ええっグレーデン様ぁあ!?」


 振り向くと、そこにはエーミールが立っていた。問題発言をした男の肩をぎりりと掴み、鬼の形相で睨みつけている。


 彼らを路傍(ろぼう)の石くらいにしか思っていないエーミールが、使用人に話しかけることなどあり得ない。おしゃべりに興じているところを睨まれて、慌てて仕事に戻るというのがせいぜいだ。


「えっと、あの、その……」


 間近でイケメン貴公子に(すご)まれて、男は見惚れたように間抜け(づら)をした。忌々(いまいま)しそうに舌打ちをして、エーミールは突き飛ばすように男の肩から手を離す。そのまま(きびす)を返して離れていく背を、みなはあっけにとられて見送った。


「……あれ、完全に誤解してないか?」

「いや、これでグレーデン様が動くかも」

「やばっ今からでもエーミール様に賭けてこようかな」


 この出来事は公爵家内に、電光石火で広まっていくのだった。


     ◇

 廊下を進みながらエラは小さくため息をついた。使用人たちによるプロポーズが、日に幾度も繰り返されている。誰に申し込まれようと返事は変わらないということに、そろそろ気づいてほしいものだ。


 ふと廊下に落ちた一輪の花が目に入る。切り花の命は(はかな)く短い。断るたびに投げ捨てられるあの花たちが、エラは可哀そうに思えてならなかった。こんな茶番がおきなければ、もっと長く咲き誇れたろうに。

 しかしあの花は了承の(あかし)だ。それをエラが手に取るわけにいくはずもない。


 先を見やると、壁際に飾られた花瓶が目に入った。廊下に落ちているものと同じ花が()けてある。飾った使用人が気づかず落としていったのだろう。

 これは自分のせいで投げ捨てられた花ではない。それが分かるとエラは、その一輪の花を拾って花瓶の中へと差し込んだ。


(少し(しお)れてしまっているけれど……)


 開きかけた(つぼみ)が綺麗に咲くように。そう願いながらエラはその場を離れた。今からリーゼロッテを迎えにいくところだ。まだ時間に余裕はあるが、無性に早くその笑顔が見たかった。


 普段行かない場所は危ういが、公爵家の廊下も迷くことなくひとりで歩けるようになった。そんなことを思った矢先、エラはいつの間にか人気(ひとけ)のない場所にきていたことに気がついた。


 しんとした静けさが廊下を包む。エラはさっと顔を青ざめさせた。


(気を抜いているからこういうことになるのよ!)


 慣れたころが一番慢心(まんしん)しやすい時期だ。そんなときに大きなミスを犯す同僚を、エラは数多く目にしてきた。自分の失態を呪いながら、エラは誰か人がいないか周囲を見渡した。


 耳をそばだてるも、遠くに声さえも聞こえてこない。(とどこお)った空気の流れを感じると、ここは滅多に人が通る場所ではないのかもしれない。


(とりあえず来た道を戻ろう)


 いくつも曲がり角がある廊下を間違いなく戻れる自信はなかったが、このまま進むよりはましに違いない。そう思い、エラは慎重に歩を進めた。しかし行けども見知った場所にたどり着けない。焦りが不安に変わったころ、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。


「エーミール様」


 こちらに近づいてくる姿を認め、エラは安堵のあまり一気に気が抜けてしまった。思わず小走りに駆け寄るも、はっとして途中で歩みを止める。


 見上げたエーミールのその顔は、今まで見たこともない怒りに満ちたものだった。


     ◇

(エラがヨハンの求婚を承諾(しょうだく)した)


 その受け入れがたい言葉だけが、思考のすべてを占拠(せんきょ)する。エラが誰と結婚しようが自分には関わりのないことだ。そんなことすら思い浮かばないほど、エーミールの頭には血が上っていた。


 父であるグレーデン侯爵に呼ばれ、エーミールはしばらくフーゲンベルク家を離れていた。その間にジークヴァルトは異形に襲われ大怪我を負い、敬愛する主人の大事に力を貸すことすら叶わなかった。


 それに戻ってすぐに、マテアスが危険な荒事(あらごと)をエラに教え込んでいるとの話も聞きつけた。そのことに一言(もの)(もう)そうとしていた矢先のことだ。先ほどの信じがたい事実を知ったのは。


 かつてないほどに集中し、屋敷中エラの気配を探す。一角をゆっくりと移動しているのをみつけて、エーミールはひたすらそこを目指した。


 奥まった廊下にいたエラは、自分を見つけて駆け寄ってくる。許せない。そんな安心しきった顔を見せるくせに、ヨハンのものになろうというのか。


「エーミール様……?」


 戸惑いを含んだ声が自分の名を呼ぶ。その瞳に苛立ちを覚えて、エーミールは乱暴にエラの手首を掴み取った。強張(こわば)った体を逃がさないようにと、すかさずその背を引き寄せる。


「そんなに爵位持ちがいいのか?」

「え……?」

「とぼけなくていい。子爵夫人の地位に目がくらんだのだろう?」


 ぎりと睨みつけるとエラは目を泳がせた。


「一体何のお話ですか?」

「はっまだしらを切ろうというのか? 無欲そうな顔をして、エラ、あなたがこんな狡猾(こうかつ)な女だったとは驚きだ」

「そのように言われる(いわ)れはございません」


 傷ついたような顔をして、エラはエーミールを見上げてくる。そのことにさらに苛立って、エーミールは容赦(ようしゃ)なく掴む手に力を入れた。

 痛みで表情が(ゆが)んでも、緩めることはしなかった。これはひどい裏切りだ。そんな思いだけが、(とど)まることを知らず(あふ)れ出る。


「だったらヨハンでなくてもいいだろう? このわたしがエラを(めと)ってやる。どうだ。これであなたは侯爵家の一員だ」

「な、何をおっしゃっているのですか……?」

「とぼけるな! ヨハンに求婚されて舞い上がっているのだろう? まんまと子爵夫人の地位を手に入れたと」


 はっとしてエラは信じられないものを見るような顔つきになった。そんな顔をしても逃がさない。エーミールはさらにエラを強く引き寄せた。


「侯爵家の人間とはいえ、爵位がないと受け入れられないと言うのか? あなたがそんなあさましい女だったとはな」

「何を馬鹿なことを……。エーミール様は本気でわたしを妻に迎えられるとでも思っていらっしゃるのですか?」


 その言葉にエラの顔を見る。すぐそこにあるとび色の瞳は、不信感をあらわにしていた。


「ヨハン様の求婚はきちんとお断りいたしました。わたしは誰とも結婚する気はありません。エーミール様、あなたであったとしても!」

「なっ……!?」


 エラがエーミールの腕を振り払おうとする。かっとなってエーミールは拘束する手をさらにきつく締めあげた。


「離してください! エーミール様はウルリーケ様に逆らえると言うのですか!? グレーデン家に(そむ)き、わたしを娶るなどできるはずもないでしょう?」


 ぐっと言葉に詰まったエーミールは、それでもエラから手を離すことはできなかった。


「それとも何ですか? エーミール様はわたしを愛人にでもなさるおつもりですか!」


 叫ぶように言って、この手を逃れようと身をよじらせる。頭が真っ白になったエーミールは、エラの頭を乱暴に引き寄せた。

 否定を投げつける唇を、無理やりに塞ごうとする。自身の唇がエラのそれに触れようとした瞬間、ぱぁんと乾いた音が大きく響いた。


 エラに頬を叩かれたのだ。一瞬遅れた痛みにそう思い至るのと同時に、何者かがふたりの間に割って入った。


「エーミール様、ご自分が何をされているか分かっておられるのですか?」


 エラの体を後ろ手に(かば)い、目の前に立つのはマテアスだった。

 はっとエラの顔を見た。マテアスの背を掴む手が小刻みに震え、(おび)えた瞳のまま視線が()らされる。血の気が引くようにエーミールは正気を取り戻した。


「いかにエーミール様といえど、このような行いを見過ごすわけにはまいりません。この件は旦那様に報告させていただきます。よろしいですね?」


 事務的に告げるマテアスに、返す言葉もみつからなかった。呆然とエラを見続けるも、その顔がこちらに向けられることはない。


「エラ様、お怪我は?」


 力なく首を振るエラの背に、マテアスはそっと手を添えた。


「まいりましょう。リーゼロッテ様が心配しておいでです。ご自分でお歩きになれますか?」


 今度は小さく頷くと、エラの頬をひと粒の涙が滑り落ちた。

 あの涙をエーミールは知っている。ダーミッシュ伯爵の屋敷の片隅(かたすみ)で、下衆(げす)な男に追い詰められていたエラを救ったのは、誰でもないこの自分だ。だがあの日、今マテアスのいる場所には自分が立っていたはずだった。


(わたしは一体何を――)


 激情に任せて我を忘れるなど、今まで一度もありはしなかった。夢であってほしいと思うが、頬の痛みがその願いを打ち(くだ)く。


 遠ざかっていくエラの背を見つめ、エーミールは誰もいない廊下をひとり立ち尽くした。


     ◇

 自室の扉を開けて、エラを(いざな)う。誰にも見られていないことを確かめて、マテアスはその扉を閉めた。


「散らかっていて申し訳ありません。何しろ部屋には()に帰るだけなものでして」


 ソファに投げ捨てられていた衣類をかき集めて、軽くソファの(ほこり)をはたく。テーブルの上に積まれていた書類を脇に()けてから、マテアスはエラを座らせた。


 色を失くした唇のまま、エラの瞳から再び涙が(あふ)れ出した。ほっとして気が(ゆる)んだのだろう。何も言わずにマテアスは、懐から取り出したハンカチをエラの手に握らせる。

 それを顔に当ててエラは(こら)えるように歯を食いしばった。エラのするがままにさせて、マテアスは静かにその場を離れた。


 部屋に備え付けられた小さなキッチンで湯を沸かす。手際よく温めたポットに紅茶の葉を入れると、マテアスは勢いよくその中に湯を注いだ。すぐさまティーコジーをポットにかぶせると、ひょいと砂時計をひっくり返す。


 砂が落ちきる前に戸棚を探る。ロミルダに見つからないようにと隠しておいた焼き菓子を取りだした。ジークヴァルトと違ってマテアスは甘いものが大好きだ。疲れた時や特別に頑張った時のご褒美に、王都で流行りの甘味をいただくのがマテアスの唯一の楽しみだった。


 そのとっておきのパウンドケーキを、惜しげもなく皿に綺麗に並べ置く。今出し惜しみなどしたら、男が(すた)るというものだろう。


 タイミングよく落ちきった砂をみやり、マテアスはカップに紅茶を注ぐ。広がった甘めの芳香と一緒に、マテアスはエラの元へと戻っていった。


 少し落ち着いてきた様子のエラの前に、紅茶と焼き菓子をサーブする。ハンカチを握りしめたまま反応を見せないエラの前で、マテアスは静かに片膝をついた。


「エラ様」


 呼びかけに仕方なく顔を上げたエラの口に、マテアスはひと(すく)いのケーキを差し入れた。するりとフォークを抜くと、ケーキはうまい具合に口の中に納まったようだ。目を丸くしているエラの顔を覗き込むようにして、マテアスはいたずらが成功した子供のような顔を向けた。


「悲しみに暮れる女性には、甘いものがいちばんだということは実証済みです。この方法で泣き止まなかった女性はおりません」


 ぽかんとなったあと、エラは涙が残る顔のまま、仕方なさそうに笑顔になった。


「随分とプレイボーイな発言ですね」

「それはどうでしょう? 試してみたのは母ロミルダと、エマニュエル様、アデライーデ様、それにツェツィーリア様ですから」

「それにわたしが加わったのですね?」

(まさ)に。この理論が間違いないことが再び立証されました」


 大仰(おおぎょう)に頷いたマテアスに、エラはふっと自然に笑った。


「ありがとう、マテアス」

「いえ、もう少し早く行くべきだったと後悔しております」


 迎えに来るはずのエラが現れないとリーゼロッテに懇願されて、マテアスはエラを探し回っていた。胸騒ぎを覚えたマテアスは、人気(ひとけ)のない区画でエーミールと一緒にいる姿を見つけたとき、一瞬その間に入るのを躊躇(ちゅうちょ)した。


「わたしリーゼロッテ様を迎えに行かないと……!」


 はっとして立ち上がろうとしたエラの手を取って、マテアスはその場に押しとどめた。


「リーゼロッテ様はわたしが部屋へとお連れしました。今はルチア様とともにベッティさんがついていてくれています」

「そう……ですか」


 力が抜けたように、エラは再びソファへと沈み込んだ。


「エラ様……余計な事かもしれませんが、エラ様はエーミール様のことを憎からず思っていらっしゃるのでしょう? エーミール様も同じ思いのご様子です。その手を取っても何も問題はないのではありませんか?」

「……わたしなど、エーミール様に相応(ふさわ)しくはありません。グレーデン家がそれを許すとも思えません」


 ぎゅっと唇を噛みしめる。そんなエラにマテアスは苦笑いを向けた。


「確かにグレーデン家は格式高いお家でございましょう。ですがウルリーケ様のご容態も思わしくない今、エラ様との婚姻を力づくでどうこうしてくるとは思えません」

「ですが……」

「エーミール様はフーゲンベルク家の護衛として、長年勤めあげておられます。それにリーゼロッテ様がエラ様のしあわせを望めば、我が(あるじ)もおふたりのことを最大限後押(あとお)ししてくださることでしょう」


 その言葉にエラは、ハンカチを握る手に力を入れた。


「それでも、貴族である以上何がおこるかわかりません。グレーデン家の跡取りであるエルヴィン様はご病弱だと伺っております。万が一、エーミール様が侯爵家を継ぐようなことになれば……」


 そこまで言って、エラは一度言葉を切った。マテアスは口をはさむこともなく、ただ静かに続きを待っている。


「わたしはこういった貴族のしがらみから抜け出したいのです。誰よりも、大事なお嬢様をお守りするために――」


「……エラ様のお気持ちはよくわかりました。このマテアス、もう何も申しません」

「ごめんなさい……」

「謝ることなど何もございませんよ。どうか、エラ様の思うままに」


 やわらかく微笑むとマテアスは立ち上がった。


「ロミルダを呼んでまいります。そのお姿のまま戻られては、リーゼロッテ様もご心配されるでしょう。エラ様は落ち着くまでここにいらしてください」


 そう言って部屋を出ていこうとするマテアスを、エラは咄嗟のように引き止めた。


「マテアス! ひとつだけお願いが……」

「何でございましょう?」


 振り返ったマテアスを、瞳を揺らしたエラが見上げてくる。


「あの……今日のことは、公爵様には言わないでいてくれませんか?」


 不安げな表情は、いまだエーミールの立場を思ってのことだろう。


「……わかりました。今回の件はこのマテアスの胸にしまっておきましょう。ですが二度目はございませんよ。もし同じようなことが起きたなら、必ずわたしにご相談くださると約束していただけますか?」


 それが条件ですとつけ加えると、エラは黙って頷いた。


「では、わたしはこれで」

 丁寧に腰を折ってから、マテアスは扉のノブに手をかけた。


「ああ、わたしとしたことが。もうひとつ大切な条件を言うのを忘れておりました」


 振り返ったマテアスの真剣な面持(おもも)ちに、エラが居住まいを正す。


「そちらの焼き菓子は、(ロミルダ)が来る前にお食べになっていただけますか? 隠していたことがバレると、後で何を言われるかわからないので」


 神妙な顔つきで言ったマテアスを、エラはぽかんと見上げた。


「ふ……ふふ、分かりました。ロミルダに見つからないよう、証拠隠滅しておきます」

「ご協力ありがとうございます」


 今度こそ扉を開けたマテアスに「たくさんありがとう」と小さく言葉がかけられる。


「お安い御用です。エラ様の笑顔のためでしたら、このマテアス、努力は惜しみませんよ」

 そう言い残して、マテアスは出ていった。


 ひとり残された部屋で、エラはゆっくりとケーキを口に運んだ。ブランデーの香りが、口いっぱいに広がっていく。


 もう、(さい)は投げられたのだ。自分の行くべき道が、今後変わることはない。


 ――この味を生涯忘れることはないのだろう

 エラは最後のひと口を、涙とともに飲み込んだ。


【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。自分の思いに区切りをつけたエラとともに、夜会出席の準備が進められていって。やるせない気持ちのままジークヴァルト様のパートナーとして、デルプフェルト家に向かいます。そこでイザベラ様から思いもよらないことを告げられたわたしは……?

 次回、3章第16話「初夏の夜会」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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