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◇
王城の中央最上部にある玉座の間を中心に、リーゼロッテの力が広がっていく。ジークハルトは、城の上空からその様を無言で見つめていた。
ふと、王城の一角に見知った影を感じたジークハルトは、すいと移動し、そちらを目指した。
『大公、どうする? じきに聖女の力がここにも来る』
問いかけた相手は、鎧の首無し大公だった。
『これは悠久の守護者殿。いや、王子殿下というべきか』
軽く礼を取って鎧の大公が答えた。
『いや、今はただの守護者だよ。それより』
ジークハルトは、もう一度大公に言った。
『じきに聖女の力が来る。大公はどうする? 留まるなら力を貸すけど』
その言葉に、鎧の大公は遠い何かに馳せるように言葉を紡いだ。
『嬢は……。マルグリット嬢は、龍のもとにいったのだな?』
『みたいだね』
ジークハルトも遠くを見つめるように言った。
『この国も、もう終いかもしれんな。このままでは、じきに、嬢の娘子も……』
『…………』
『……わしもそろそろ潮時じゃな。楽しい時を過ごしすぎて、帰り時を逃してしもうた』
大公のその言葉を聞くと『じゃあお別れだ、大公』と言って、ジークハルトはふわりと浮き上がった。
『守護者殿も、引き際を見誤るでないぞ?』
『肝に命じるよ』
ジークハルトは肩をすくめてから、そのまま上を目指そうとした。
『ああ。リーゼロッテといったか。嬢の娘子に、ありがとうと伝えてくれまいか』
大公の言葉に頷いて『わかった、必ず伝えとく』と返すと、ジークハルトは再び上空へと登っていった。
それを見送った大公は、小脇に抱えた兜のベンテールをかしゃりと開けた。
『なんとも眩しくあたたかな光よ』
そこまで迫っている力に目を細め、大公は幸せそうに笑いながら緑の光にのまれていった。
◇
わたしは階段を昇っていた。先の見えない長い長い階段だ。階段は天空に伸びていて、その先にそびえたつ大きな扉に向かっていた。
昇っても昇っても、扉に遠く近づくことはできない。ふと気づくと、わたしは両手に水の入った入れ物をかかえ、背中には大きな荷物を背負っていた。落としてはいけない。上にはこれを必要とする人が待っているのだから。
わたしは階段を昇り続けた。足が上がらなくなってもう休みたいと思っても。腕がしびれて荷物を置いていってしまいたくなっても。わたしは階段を昇り続けた。そこに、待っている人がいるから。
一向に近づかない扉を見るのはやめた。自分の足元だけを見て、水を一滴もこぼさないよう、一歩一歩階段を昇った。
ふと見ると、目の前に扉があった。荷物を足元に置き、扉を押し開いた。そして、そこにいた人たちに荷物と水を手渡した。
荷物の中には食べ物と、薬や包帯が入っていた。中身はあっと言う間に空になった。
わたしは気づくと水と荷物を持ち、階段を見上げていた。階段の上にある扉は遥か彼方だ。また一歩一歩階段を昇り始める。
水をこぼしてはいけない。そこに、待っている人がいるのだから。わたしは力の限り、荷物を運び、階段を昇り続けた。
足が棒のように感じられて、がくがくと震える。手がしびれて、手に持った水を取り落としそうになる。
ふと、背中の荷物が軽くなった。後ろを振り向くと、誰かが荷物を押して、一緒に階段を昇っていた。その人は、さっきはありがとう、と笑顔で言った。
みると、隣で同じように水を運んでいる人がいた。その人は、ひとり、またひとりと増えていく。力のない子供たちは、バケツリレーのように、列を作って小さい入れ物で水を手渡していた。
みんなで運び続けた。扉はいつの間にか近くにあった。扉の中に、みんなで水と荷物を運んでいった。
中の人はみんなうれしそうに水を飲みほした。傷の手当てを受けて、安堵の表情をする人がいる。食べ物を受けとって、子供たちはうれしそうにはにかんだ。
運んでいる人も、水を飲む人も、みんな笑顔になった。水をもらってから満足すると、残りを誰かに手渡す人もいた。自ら荷物を運びに戻る人もいた。
階段は果てしなく、求める人はまだまだ後を絶たないけれど、わたしは足が棒になって腕の感覚がなくなっても、ただひたすら荷物を持って、階段を昇り続けた――
◇
気づくと、リーゼロッテの目の前に、クッキーを片手に持ったジークヴァルトがいた。ぼんやりとそれを見ていると、ジークヴァルトがそっと自分の口にクッキーを差し入れた。
香ばしく甘い味が口の中に広がる。すこし水分がほしい。リーゼロッテはそう思った。
口の中でもごもごやっていると、口もとにコップのふちが当たったように感じた。大きな手からコップをうけとると、ゆっくりその水を含んだ。
しみこむように水分がのどを通っていく。みんなののどはちゃんと潤っただろうか。
ふいにジークヴァルトと視線が合った。
無表情の顔の眉間に一瞬だけしわが寄ったように見えたが、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。背中がぎゅうと締めつけられ息が苦しくなる。
「ヴァルト様、なんだか目の前が暗くてくるしいです……」
ようやくそう言うと、息苦しさはすっと解消した。
視界は暗いままだったが、髪をなでられて、背中をぽんぽんと叩かれた。
それがなんだか心地よくて、自分がまぶたを閉じているのだと思い至った。だからきっと目の前が暗いのだ。
納得して、リーゼロッテは心置きなく眠りに落ちた。
眠りに落ちる寸前に、たくさんの『ありがとう』が耳に木霊した――
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。王城の異形たちを一掃したわたしの力は、相変わらずのポンコツで!? チートはいったいどこ行ったの~! こうなったら修行あるのみ? ヴァルト様、お手柔らかにお願いします!
次回、第15話「母の面影」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




