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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

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第4話 哀れみの匙

【前回のあらすじ】

 迎えたジークヴァルトの誕生日に、忙しい中時間をつくってもらったリーゼロッテ。今までにないその態度に、自分の至らなさを再認識してしまいます。

 そんなときにやってきたツンデレ美少女ツェツィーリア。その彼女に守り石を奪われてしまったリーゼロッテは、異形の塊に襲われる羽目に。自力でそれを浄化できたものの、やはりジークヴァルトに心労を与えることとなり、再び落ち込むリーゼロッテなのでした。

「気に入らないわね」


 あの日以来、ツェツィーリアは公爵家にずっと滞在している。というより、リーゼロッテにべったりとくっついて片時も離れないでいた。それこそ、食事から湯あみ、寝る時間に至るまで、ストーカーのごとく付きまとっている状態だ。


 しかし、ジークヴァルトが登城する際にリーゼロッテを連れて行くものの、その時ばかりはツェツィーリアは留守番をさせられている。そのことが不満で、先ほどからエラに突っかかっていた。


「どうしてリーゼロッテお姉様は連れて行ってもらえるのに、わたくしは置いてけぼりなのよ」

「そうおっしゃられましても、ツェツィーリア様はまだ社交界デビューもされていませんし、後見人でもいらっしゃらない公爵様が王城へお連れするのは難しいかと……」

「そんなことは分かっているわ。どうしてお姉様は許されるのかと聞いているのよ。ただ婚約者というだけでしょう?」

「お嬢様は公爵様の託宣のお相手でございますし、王にお許しもいただいているとのことですので」

「龍が決めたからって何よ、気に入らないわ」


 何をどう言ってもこの調子のツェツィーリアに、エラはほとほと困っていた。


 エントランス近くにあるこのサロンでリーゼロッテの帰りを待っていたら、侍女を連れたツェツィーリアがやってきた。しばらく話し相手をしていたのだが、これ幸いとばかりにお付きの侍女がいつの間にかいなくなってしまったのだ。


 このままツェツィーリアをひとりにするわけにもいかず、エラは辛抱強く会話を続けていた。ああ言えばこう言う子供の相手をするのは、なかなかに疲弊する。しかも子供と言えど、ツェツィーリアは上位貴族だ。気分を害さないようにと言葉選びも慎重にならざるを得なかった。


 クッキーの欠片をぽろぽろとこぼしまくるツェツィーリアを前に、弟妹たちが幼かった時の頃を思い出したエラは、思わずその口元をやさしくぬぐった。不敬と咎められるかとも思ったが、ツェツィーリアはエラの好きにさせている。


「ねえ、エラはずっとリーゼロッテお姉様の侍女をしているの?」

「はい、今までも、これからも、わたしはリーゼロッテ様の侍女でございます」

「……気に入らないわ」


 むっと唇を尖らせてから、ツェツィーリアは不機嫌なまま俯いてしまった。小さな手に握っていたクッキーがぽきりと割れて、ソファの上へと崩れていく。粉にまみれた手を、ツェツィーリアは力なく下へと降ろした。


 その手を開かせ、クッキーの欠片をきれいに拭っていく。されるがままになってはいるが、ツンと唇を尖らせてツェツィーリアの機嫌は斜めなままだ。


「ツェツィーリア様……不敬を承知で申し上げますが、淑女の作法をきちんとお身につけになりませんと、恥をおかきになるのはレルナー公爵家なのですよ」

「……あんな家、どう思われようと知ったことではないわ」


 ぽつりと言ったまま、ツェツィーリアはそのまま黙りこくった。小さな指でエラの手をぎゅっと握り返してくる。


「ツェツィーリア様……」


 公爵家の令嬢であるのにも関わらず、ツェツィーリアはぞんざいに扱われている。エラの目から見てもそれは明らかだった。お付きの侍女が理由もなく主人を放り出していくなど、常識ではあり得ないことだ。


 他家の問題など、エラに首を挟む義務も権利もない。そうは思うものの、何か言葉を探している自分に気づく。


(こういった時、リーゼロッテお嬢様ならどうなさるかしら……)


 以前の自分なら、自分や身内に火の粉が飛んでこないのならば、無関心を決め込んでいたことだろう。


「エラ様、お探ししましたよ。ああ、ツェツィーリア様もご一緒でしたか」

 ふいにサロンの入り口からマテアスが姿を現した。


「何よ、気に入らない言い方ね。わたくしがエラといてはいけないって言うの?」

「とんでもございません。わたしはただエラ様に、旦那様とリーゼロッテ様が間もなくお戻りなられると、お知らせしに参っただけでございますよ」

「それを早く言いなさい!」


 握っていたエラの手をぱっと離すと、ツェツィーリアは公爵令嬢らしからぬ動作で、廊下へと走っていった。


「何しているのよ、早く案内しなさい」


 振り返って焦れたように言う。命令し慣れているその姿は、幼くとも一端(いっぱし)の貴族だ。エラは促されるままマテアスと共に、ツェツィーリアを連れてエントランスへと急ぎ向かった。


     ◇

「ヴァルトお兄様!」


 ジークヴァルトの姿を見つけると、ツェツィーリアはその腕に飛び込んだ。走り込んできたツェツィーリアを、ジークヴァルトは表情なく当たり前のように子供抱きに持ち上げた。


「遅いわ、お兄様。わたくし退屈でどうにかなりそうだったのよ」

「そうか」


 ツェツィーリアは甘えるようにしがみつきながら、ジークヴァルトの隣にいたリーゼロッテにふふんと得意げな顔を向けてきた。微笑ましそうに目を細めたリーゼロッテを見て、今度はむっとした顔をする。


「こんな時間まで起きていて大丈夫なのか? いつもはもう寝ている時間だろう」

「もう、お兄様ったら。わたくしもう八歳になったのよ? 子供扱いなんてしないでほしいわ」

「そうか」


 台詞とは裏腹に、ツェツィーリアはふぁと大きなあくびをした。


「ねぇお兄様、リーゼロッテお姉様のお部屋までこのまま連れてって」


 これ見よがしにジークヴァルトの首に手を回すと、再びリーゼロッテをどや顔で見やる。


「ツェツィーは今夜もダーミッシュ嬢の部屋に泊まるのか?」

「もちろんよ。だってわたくし、お姉様のことが大好きだもの」


 顔を覗き込みながら言うツェツィーリアに、ジークヴァルトの眉がピクリと動いた。ツェツィーリアには別で部屋を用意してある。しかし、その部屋が使われたのは、最初の一日だけだった。

 おかげでジークヴァルトはリーゼロッテと過ごす時間をゆっくりと取れない日々が続いている。それでなくとも忙しい毎日だ。


「旦那様、そろそろレルナー家に連絡いたしましょうか?」


 マテアスの言葉に、ツェツィーリアがおびえるように身を縮こまらせた。ジークヴァルトはツェツィーリアを軽く抱え直すと、リーゼロッテに目配せを送ってからそのまま歩き出した。


「いい。迎えが来るまで好きなだけいるといい」

「大好き、お兄様!」


 再び首にしがみつくとその肩越しにリーゼロッテを見下ろし、次いで勝ち誇ったような顔を向けてくる。ジークヴァルトの後を追いながら、リーゼロッテは困惑したような曖昧な笑みをツェツィーリアに静かに返した。


     ◇

 傍らで童話を読み聞かせるエラの声が、ふと止まった。同じ寝所の中で横になっていたリーゼロッテは、その話を聞きながら、ツェツィーリアと一緒にうとうとしていたようだ。


「眠ってしまわれた様ね」

 横ですやすやと眠るツェツィーリアの寝顔を見やり、リーゼロッテは静かに微笑んだ。


「お嬢様はこのままお休みになられますか? それともハーブティでもご用意いたしましょうか」

「そうね……もしも目覚めた時に隣に誰もいなかったら、ツェツィーリア様が悲しく思うかもしれないわ。明日はお茶会の準備で早起きをしないといけないし、今日はもう眠ってしまおうかしら」

「承知いたしました」


 絵本を閉じたエラが、寝室の明かりを小さくしようと立ち上がる。


「ねえ、エラ。ツェツィーリア様はわたくしにどうしてほしいのだと思う……?」


 あどけない寝顔を静かに見やりながら、リーゼロッテはぽつりと言った。

 初めはジークヴァルトを取られまいとする可愛い嫉妬なのかと思っていた。だがそれならば、ここまで執拗にリーゼロッテについて回る必要はないだろう。


「ツェツィーリア様は龍の託宣の事をご存じなのよね?」

「はい、お話中に託宣の話は何度も出てきましたから」

「そう……」


 (ひそ)やかな寝息が漏れる少し尖った小さな唇は、本当に可愛らしい人形のようだ。


「ツェツィーリア様はおさびしいのかもしれませんね」


 リーゼロッテが視線を向けると、同じように寝顔を見つめていたエラは、眠るツェツィーリアを起こさないように小さな声で続けて言った。


「ツェツィーリア様のご両親は、数年前に流行り病で亡くなられたと聞き及んでおります。レルナー公爵家はユリウス様のお兄様が跡を継がれて、ツェツィーリア様はそのまま養子に迎え入れられたそうです。ですが、レルナー公爵様にお世継ぎが誕生してからというもの、ツェツィーリア様は肩身の狭い思いをなさっているらしくて……」

「そうだったの」


 それでジークヴァルトはツェツィーリアの滞在を何も言わずに許しているのだ。リーゼロッテは小さく息をついた。


「嫌われているのでなければいいのだけれど」


 ツェツィーリアの態度はジークヴァルトを取られたくないというより、こちらの気を引きたい、ただそれだけのようにも感じられた。


「いずれにせよ、お嬢様が何かをしなければならないということはございません」

「大丈夫よ、エラ。わたくしはただ、ツェツィーリア様と仲良くなりたいだけよ」


 (さと)すようなエラの言葉の中に心配が見て取れて、リーゼロッテは安心させるように笑みを作った。


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