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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第3章 寡黙な公爵と託宣の涙

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3-3

     ◇

 何事もなかったかのように、日々は過ぎていく。相変わらず忙しそうなジークヴァルトの態度は、以前と変わることはまったくなかった。


 こうして今も公爵家の執務室で、守り石に力を()める練習を続けている。それをジークヴァルトは執務の傍ら見守っていてくれていた。


 変わったことと言えば、もうすぐ公爵家でお茶会を開くことくらいだ。招いたのはヤスミン・キュプカー侯爵令嬢とイザベラ・ブラル伯爵令嬢、それにクラーラ・へリング子爵令嬢だった。それに加えてエラとエマニュエルが参加する予定だ。


 リーゼロッテ主催の茶会だったが、実際に開くのはフーゲンベルク家だ。結局はマテアスに取り仕切ってもらって、リーゼロッテもお客様状態となっている。


(あれこれと言い出すくせに、ただみなの負担になっているだけね)


 自分の迷惑行為ぶりに、ため息しか出てこない。貴族とはそんなものだと言われても、庶民魂の(かたまり)のようなリーゼロッテに、ふんぞり返って割り切ることなど至難の(わざ)だった。


「そうだわ、マテアス。わたくしクラーラ様に、自分の守り石を差し上げようと思っているのだけれど」


 お茶会にクラーラを招くのは、元はと言えばアンネマリーが言い出したことだ。だが、昔の自分のように異形の者に()かれている彼女を、なんとかしてやりたいとリーゼロッテは思っていた。


「ええ? リーゼロッテ様の守り石でございますか?」

「まだうまく力が籠められないのは分かっているけれど……」


 大げさに驚かれて、リーゼロッテはしょぼんとうなだれた。


 クラーラに異形を寄せ付けない手立てのために、守り石はどうしても必要だ。だが、ジークヴァルトの守り石を他人にあげてしまうのは心苦しい。だったら自分の守り石を渡せばいいのではないかと、その答えに行き着いたのだが、マテアスは思った以上に渋い表情を返してきた。


「いえ、上手い下手の問題ではなく、リーゼロッテ様の守り石では余計に異形の者が寄って来るのでは……」


 その考えに至っていなかったリーゼロッテは、雷に打たれたかの(ごと)くの驚きの表情で、マテアスの顔を見やった。守り石(イコール)異形の者を寄せ付けないのではない。ジークヴァルトの力が込められた守り石だからこそ、魔よけのお守りとして機能するのだ。


「そ、そんな盲点が……」

「いえ、盲点と申しますか、リーゼロッテ様の守り石を他人に手渡すなどとてもとても……」


 何しろジークヴァルトはリーゼロッテの失敗作の守り石の数々を、いつどこでどうやって失敗したのかの記録も含めて、すべてコレクションしているのだ。それこそ粉々になった砂粒ひとつ残すことなくきっちりと回収している。幸い、マテアスのつぶやきはリーゼロッテには届かなかったようだ。


「だったら、わたくしの涙をさしあげようかしら。魔よけの香水と説明すれば使っていただけるかもしれないし」


 しかし、薄めた香水の効果はそれほど長いものではなかった。水に薄めてせいぜい二、三日といった所だ。


「リーゼロッテ様の涙を赤の他人に差し出すなどもってのほか!」

 マテアスが悲鳴のような声を上げた。


「そのようなことになったら、相手のご令嬢もただではすみませんよ」

「そんな……まるで劇薬の様に言わないで」


 悲しそうに瞳を伏せるリーゼロッテに、マテアスは内心そうじゃないと叫んでいた。(あるじ)がそんなことを許すはずはない。それだったら自分の守り石を渡すと言うに決まっている。


「ですが、旦那様の守り石をそのまま差し上げる訳には参りませんからねぇ」

「ヴァルト様にお願いしても駄目なのかしら……?」

「旦那様の力は強大ですからねぇ……知識を持つ(やから)が、悪用しようと思えばできてしまうような代物ですので」

「そうなのね……」


 再びしょんぼりするリーゼロッテを前に、マテアスはぽんと(こぶし)を手のひらに乗せた。


「それならこのマテアスでよろしければお力をお貸しいたしましょう」

「マテアスが?」

「はい、旦那様ほどではございませんが、わたしの守り石でも小鬼を追い払うくらいはできると思いますので。旦那様にお伺いして、リーゼロッテ様の茶会までにご用意いたしましょう」

「ありがとう、マテアス!」


 その手を取って目を潤ませる。糸目で笑顔を返しながらも、マテアスはやんわりとその手をほどいてきた。


「お安い御用でございます。ですが、わたしもまだ死にたくはありませんので」


 手を握っただけなのに、どんな危険物扱いだ。マテアスの中で自分はどのようになっているのだろうと、リーゼロッテは悲しそうな顔をした。


「いえ、こんな場面を旦那様に見られでもしたら……」

「見られでもしたら?」

「ですから命が危うくなると……」


 言っている意味がまるで理解できない。リーゼロッテは不思議そうに首を傾けた。


「何の話だ?」

 書類に集中していたジークヴァルトがこちらを睨みつけている。


「いえ、リーゼロッテ様とお茶会のご相談をしていただけですよ」

 しれっとマテアスが言うと、ジークヴァルトは納得したように書類へと視線を戻した。


「セーフ」


 小さく漏れでたマテアスの言葉に、リーゼロッテは再びこてんと頭を傾けた。


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