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「何をやっているんだ、ヴァルトのやつは?」
苛立つようにハインリヒは言った。リーゼロッテを連れてジークヴァルトが隣室に行ってから、小一時間は経とうとしている。
「リーゼロッテ嬢を休ませているんじゃ? 間取りからして、あっちは寝室ですよね?」
そう言われて、そこまで思い至っていなかったハインリヒはぎょっとした顔をした。婚約者同士とはいえ、男女が寝室に二人きりというのはいかがなものか。
「いや、さすがにこの状況で、そんなことは……」
ハインリヒの自分を納得させようとするつぶやきに、カイが深刻そうな声音でぽつりと言った。
「オレ、昔、イグナーツ様に聞いたことがあるんですけど……託宣の相手同士が肌を合わせると、すごく、気持ちがいいんだそうです」
その言葉に、ハインリヒは思わず腰を浮かせた。
「ヴァルトだぞ!? そんなことが」
「あり得なくはないですよ。だってあんなジークヴァルト様、今まで見たことありますか?」
カイの言葉に、ハインリヒは言葉を失った。
確かに、笑みを浮かべるジークヴァルトなど天変地異が起こらない限りあり得ないと思っていたが、最近のジークヴァルトはリーゼロッテ相手に頻繁にその口元を綻ばせていた。たとえそれが、悪魔のような笑みであったとしても。
しかも、今までどんな美女に言い寄られても眉間にシワしかよせなかったジークヴァルトが、自ら女性に触れるなど、いまだに我が目を疑ってしまう。そんなジークヴァルトの様子がおかしくて、リーゼロッテには悪いと思いつつ、ハインリヒはついつい笑ってしまっていたのだが。
「いや、だが、しかし、さすがにこの状況で」
「何言ってるんですか! こんな状況だからこそ燃え上がるんです!」
バンっとテーブルを叩きながら、カイが声高に叫んだ。妙に実感のこもったカイの台詞に、ハインリヒの顔が赤くなる。
「ば、馬鹿なことを言うな」
(扉をたたいて確かめるか? いや、いきなり女性の寝室に行くなど……。アンネマリーか侍女に頼む? いやいや、万が一コトが行われたとしたら一体どうするのだ!)
高速でハインリヒの頭がそんなことを考えていると、寝室の扉がいきなり開いた。
「ハインリヒ、玉座の間に向かうぞ」
ジークヴァルトがリーゼロッテを連れてそのまま居間を出ていこうとする。ハインリヒは思わずふたりの着衣を確認してしまった。
「なんだー、残念。ジークヴァルト様も案外ヘタレですね」
カイがつまらなそうに言うと、からかわれたことに気づいたハインリヒは「おい」とカイを一睨みした。カイは嗤いながら肩をすくめてみせた。
「ヴァルト様、わたくしエラに薬をもらってきます」
「ああ」
リーゼロッテはエラの部屋に行くと、しばらくして小さな紙に包まれた白い粉を手に戻ってきた。それは、お茶会から帰るときに使う予定だった眠り薬だった。
「一体どういうことだ?」
ハインリヒは困惑したようにジークヴァルトを見やった。
「ダーミッシュ嬢が異形を浄化する。玉座の間までハインリヒもついてきてくれ」
「カイ様はこのままここに残って、アンネマリーとエラを守っていただけますか?」
リーゼロッテにそう言われたカイは、「ええ?それはいいけど、いきなり何でそうなるの?」とこちらも困惑した声で言った。
「話はあとだ」
そう言って、ジークヴァルトはリーゼロッテの前に跪いた。
リーゼロッテはそっと手を伸ばし、自らジークヴァルトの腕に身をゆだねた。ジークヴァルトはリーゼロッテを大事そうに抱き上げると、そのまま廊下への扉に手をかけた。
「ハインリヒ行くぞ。カイは部屋の結界を守れ。オレの張った結界もじきに持たなくなる」
ジークヴァルトは何のためらいもなく扉を開けた。ぐおっと異形たちの熱気とも冷気ともとれる圧がその身を襲う。
「カイ、これをアンネマリーに渡しておいてもらえないか? ただの気休めにしかならないが」
振り返りざま、ハインリヒはカイにそれを手渡した。カイが受け取ったのは、ハインリヒがいつも愛用している懐中時計だった。
「わかりました。ご武運を」
カイがそう言うと、ハインリヒはそのまま部屋から飛び出し、急いで扉を閉めた。玉座の間に向かえと言うなら、そうするしかない。何か算段あってのことでなければ、後でジークヴァルトを殴り飛ばそう。
そう思ったハインリヒは、異形が渦巻く王城の廊下へと一歩踏み出した。
部屋に残されたカイは、「さてと」と言うと、おもむろに紅茶を淹れだした。
「はーい、お嬢様方。もうこちらに来て大丈夫ですよー」
楽し気にエラの部屋をノックする。
ドン! と客間全体が強い力で揺さぶられるのを感じながら、カイは女性陣をどうおもてなししようか考えを巡らせていた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。異形の声が木霊する中、玉座の間に向かったわたしたち三人。異形を浄化するために、ジークヴァルト様の腕の中でわたしは眠りに落ちて!?
次回、第14話「天のきざはし」 転生令嬢の名に懸けて、一世一代のチート咲かせて見せます!




