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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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第28話 安寧のとき

【前回のあらすじ】

 ミヒャエルの陰謀により混乱の渦と化した夜会。リーゼロッテの涙により不穏な力も終息を見せ、異形たちも落ち着きを取り戻します。

 バルバナスら騎士団の到着で反乱分子が鎮圧される中、ミヒャエルの怒りはリーゼロッテへと向けられて。紅の瘴気に包まれるも、母マルグリットの力に救われその姿を垣間見ます。

 一方、孤立したハインリヒとアンネマリーは、すれ違いながらも互いに思いが募るばかり。ディートリヒ王に背中を押され、階下に落ちたアンネマリーを求めてひた走るハインリヒ。

 たどり着いた託宣の間で、アンネマリーが対の託宣の相手と知ったハインリヒは、その体をきつく抱きしめるのでした。

 分刻みで進むタイトなスケジュールに、ハインリヒは苛立っていた。


「王太子殿下、この度はご婚約おめでとうございます。このようにお美しいご令嬢を王太子妃殿下に望まれて誠に喜ばしい限りです」


 先ほどから異口同音に繰り返される。隣に座るのはアンネマリーだ。それはいい。いいというか滅茶苦茶いい。そこは何度もその可愛い顔を確かめてしまうほどのことなのだが、先ほどからハインリヒの表情はずっと凍ったままだった。


 アンネマリーが託宣の相手だったことは、いまだに天にも舞い上がる心持だ。それなのに、まったくと言っていいほど、ふたりきりになれる時間が取れなかった。触れられる位置にいるというのに、その白い手を取ることすらままらない。


(ああ……アンネマリーに触れたい……触れてこの腕に抱きしめたい)


「本日、ご挨拶に上がりましたのは、先日王太子殿下に却下されました領政の件なのですが、こちらとしてもこれ以上の譲歩はできぬ状況でして、なんとか再考頂けましたらと思っておりまして……」


 目の前の貴族がおずおずと王太子を見やる。ハインリヒの瞳は刺すように冷たい視線のままだ。返答すらもらえない男は、困ったようにアンネマリー顔を伺い見た。


(なんなんだ、この男は。アンネマリーのことばかりちらちらと見て)


 ぎりと睨みつけると、男はさらに助けを求めるかのようにアンネマリーに視線を送った。アンネマリーも戸惑ったようにハインリヒを見やるが、男に言葉を返す様子はない。

 近くに立つブラル宰相に目を向けると、アンネマリーに向かって笑顔で頷いた。小さく頷き返し、アンネマリーは目の前の貴族に声をかけた。


「王太子殿下は領民の生活を憂いておられます。子爵の譲歩案ではやはり貧困層の増加は懸念されますし、王政においてもこの冬の寒さ対策として各領地への支援を検討中とのこと。それを踏まえて、もう一度計画書を提出していただくのがよろしいでしょう」

「は、はい。ありがたきお言葉! ぜひそのようにして改めさせていただきますっ」


 アンネマリーに助け舟を出されて、男は逃げるようにこの場を辞していった。その際にアンネマリーに向かってペコペコと頭を下げていく。


(どいつもこいつもわたしのアンネマリーを見過ぎだぞ……しかもあの柔らかそうな胸ばかり見ているのではないか!?)


 去っていく男の背中を射殺さんばかりに睨みつける。その様子を黙って見ていたブラル宰相がニコニコ顔で近づいてきた。


「さすがはアンネマリー様。社交界随一の才女と謳われたジルケ様のご息女だけはありますな。あの融通のきかない子爵からさらなる譲歩を引き出すなど、いやはや、なんとも素晴らしいことです」


 ハインリヒの潔癖なまでの政務方針を、快く思わない貴族たちは多い。正論で従えさせようにも、うまくいかないことが多かった。


 厳しく追い詰めるハインリヒに、その横で柔らかく笑みを向けるアンネマリー。精神的に圧迫を受けた人間は、直後にやさしくされるとつい(ほだ)されてしまうものだ。まさに(あめ)(むち)な対応に、(かたく)なだった貴族たちが、王太子の意見にも耳を傾けるようになってきた。


「誠に良き伴侶をお迎えになられました。アンネマリー様はさぞやご立派な王妃となられることでしょう。これで益々我が国も安泰ですな。いやはや実に喜ばしい」


 うんうんと頷く宰相の言葉に、ハインリヒはアンネマリーの顔を見やった。はにかむような笑顔を向けられて、その凍った表情が瞬時に氷解する。


(ああ、アンネマリー……!)


 もう抱きつぶしてあちこちに口づけたい。そんな思いがこみ上げて来るが、ここは貴族との謁見室だ。衛兵もそこここに立っていて、とてもそんなことができる状況ではなかった。


「王太子殿下はこれからわたしどもと会食ですな。アンネマリー様は一度王妃殿下の離宮にお戻りになっていただいて、午後に再び貴族と謁見予定です。また後程お向かえに上がりましょう」

「ではわたしが義母上の離宮まで送っていこう」


 会食の時間が迫っているが、ハインリヒは頑として譲らなかった。微笑ましそうに見送るブラル宰相を残して、ふたりは必要以上にゆっくりとした足取りで王妃の離宮へと向かっていった。

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