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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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13-5

     ◇

 エラの淹れた紅茶の香りが部屋に漂う。

 ハインリヒとカイ、ジークヴァルト、それにリーゼロッテが、客間の応接室のソファに腰かけていた。アンネマリーには、エラと一緒にエラ用の部屋で待機してもらっている。


「明らかにリーゼロッテ嬢狙いだよね」


 カイの言葉に「なぜわたくしが……」とリーゼロッテは身を震わせた。

 先ほどの異形たちの叫びが、今も耳に残っている。今はジークヴァルトの結界のおかげか、遠くの方でざわめきが聞こえる程度になっていた。


「リーゼロッテ嬢はヴァルトの託宣の相手だ。しかし、狙われる理由はあるにしても、リーゼロッテ嬢に集中しすぎている」

「ジークヴァルト様の託宣の相手ですと、なぜ狙われるのですか?」

「ああ、フーゲンベルク家は降りる託宣の内容のせいで、代々異形に狙われやすいんだ。託宣を終えれば身の危険は去るのだが……」


 ハインリヒの言葉に「託宣の内容?」とリーゼロッテは首をかしげた。しかし、ハインリヒは考えこんだ様子でそれ以上説明はしてくれなかった。


「にしても、この状態をどう切り抜けるかですよねー。このまま籠城してても埒が明かないし」


 カイはいつもの軽い調子で言った。

 外回り組の救援を待つにしても、いつになるかはわからない。王城の機能が停止している影響もどう出るか、ハインリヒは正直考えたくもなかった。


「浄化しても浄化しても湧いて出てくるんだもんなー。ホント勘弁してほしいよ」

 ため息をついたカイが、至極真面目な顔で続けた。

「いっその事、リーゼロッテ嬢を囮にして、奴らを一網打尽にするっていうのはどうでしょう?」


 それを聞いたハインリヒが疲れた顔で「危険すぎる。許可はできない」と首を振った。

「とりあえず、一時間だけ救援を待とう。こちらの消耗もはげしい。回復する時間も必要だ」


 そんなやり取りをおとなしく聞いていたリーゼロッテは、隣に座るジークヴァルトの顔をちらりと見た。正面に向き直ると、ジークヴァルトの守護者であるジークハルトが、例の如く浮遊しながらリーゼロッテの顔をジーっとのぞき込んでいた。


 この客間に戻ってからずっと顔をのぞき込まれているので、気になって仕方ない。助けを求めるように、もう一度ジークヴァルトに視線をむけるが、こちらの様子を気に留めるでもなくジークヴァルトは無表情を貫いていた。


 仕方なくリーゼロッテが「あの、ハルト様」と小声で、目の前で浮いているジークハルトに声をかけた。


『何?』

 ニコニコしながらジークハルトが答える。


「あの……わたくしの顔に何かついておりますか?」

『目と鼻と口?』

「いえ、そういうことではなくて」とリーゼロッテが言うのにかぶせて、ジークハルトは『ねえ、リーゼロッテ。ちょっと目を閉じてみてよ』と言葉を続けた。

「?? ……こうですか?」


 言われるがままリーゼロッテが目を閉じると、ジークハルトはそのままさらにリーゼロッテに顔を近づけた。


 その様子をジークヴァルトは黙って横目で確認していたが、自分の守護者がうっとりした表情でリーゼロッテに顔を寄せていくのを見て、無意識に半眼となった。


「おい」


 ジークヴァルトは低い声で言うと、いきなりリーゼロッテの二の腕を掴んで真横に引いた。目を閉じたままリーゼロッテは、隣に座っていたジークヴァルトの膝の上にころんと倒れこんだ。


「何をやっているんだ、お前は?」


 怪訝な顔でハインリヒがジークヴァルトを見やる。ハインリヒとカイには、ジークハルトの姿は見えないしその声も聞こえない。ふたりには、ジークヴァルトがいきなりリーゼロッテを膝に引き寄せたようにしか見えなかった。


「少し席を外す」


 そう言うとジークヴァルトはリーゼロッテをひょいと抱え上げ、居間の隣にあるリーゼロッテの寝室へと足を踏み入れた。ぽかんとしているハインリヒとカイをよそに、後ろ手で扉を閉める。

 そのまま寝台まで歩を進めると、ジークヴァルトはリーゼロッテをベッドの上にそっと降ろした。肩を押されて、リーゼロッテは仰向けに寝かされる。


「ジークヴァルト様?」


 困惑気味にリーゼロッテが言うと、ジークヴァルトは無表情のまま「お前、今すぐ眠れ」と返した。


 ジークヴァルトは、リーゼロッテが眠ったときに漏れ出た力が気になっていた。あの夜、あまりにも強い力を感じたからだ。あの力と、リーゼロッテが狙われる理由に何か関係があるかもしれない。


「こんな時に何をおしゃっているのですか? この状況でのんきに眠れるはずもありません」

『ええ? リーゼロッテが眠るんだったらオレどっか行ってるよ』


 ふわりと天井近くまで高度を上げ、ジークハルトがどこかで聞いたことがあるような台詞を言った。


「ダメです! ハルト様はヴァルト様の守護者でしょう? 離れるなんていけません」


 あわてて上半身を起こしてリーゼロッテは言ったが、似たようなやりとりをした覚えがあって、ん? と首をかしげた。


『うーん、でもなあ……リーゼロッテの神気って、ちょっとこの身にはツライんだよね。オレまで浄化されちゃいそうだし……』と、ジークハルトが頬をかきながら言った。

「どういう意味だ? お前、何を知っている?」

 ジークヴァルトが自身の守護者を睨みつけた。


『あは、ジークヴァルトがオレに話しかけるのなんて、何年振りだろ?』

「茶化すな」と、ジークヴァルトが言葉を続けようとしたとき、ジークハルトがリーゼロッテを振り返った。


『ねえ、リーゼロッテ。今の状況をどうにかしたい? 君にならできるけど、やってみる?』


 突然の言葉に、リーゼロッテはエメラルドのような目を見開いた。それを、ジークハルトは逆立ちのような格好で覗き込むように見つめた。


「わたくし、やります」と、リーゼロッテはかすれた小さな声で言った。このまま異形の叫びを聞き続けるのはつらすぎる。


『そっか、わかった。でも、それをするにはヴァルトの力が邪魔なんだよね』


 ジークハルトがリーゼロッテの胸元を指さすと、首にかけられたペンダントの石がふわりと浮いた。


「どういうことだ」

 ジークヴァルトが苛立ったように言った。


『おもしろいから黙って見てたけど。でも、もっとおもしろくなりそうだし、ね』


 だから今回は特別だよ、と言って下に降りてきたジークハルトは、今度はリーゼロッテを斜め下からのぞき込んだ。


『そのかわりリーゼロッテ。後でオレのお願い聞いてくれる? この件が落ちついてからでいいからさ』


(ヴァルト様と同じ顔で、満面の笑顔で言わないでほしい)

 至近距離で言われ、リーゼロッテは思わず頬を赤らめてしまう。


「お願い、でございますか? わたくしにできることならばかまいませんが……」

『大丈夫。()()()()、できないことだよ』


 そう言って、ジークハルトはうれしそうに笑った。


「それで……異形を浄化するために、わたくしは何をすればいいのですか?」

『簡単だよ。リーゼロッテはただ眠ればいい。ただし、ヴァルトの(おり)を出てね』


 不安そうに尋ねるリーゼロッテに、ジークハルトは笑みを浮かべたまま言った。


「ジークヴァルト様の檻……?」

『リーゼロッテの守護者は、今のところ眠ってる間にだけその力を発現してる。だからその力を開放すればいいんだけど……』

「わたくしの守護者が? ……眠っている間に、力を?」

『うん、そう。起きてるときは、リーゼロッテと守護者が拒絶し合ってるからね』

「拒絶……? どうして……」

『なんでだろうねー』


 にっこり言うジークハルトはまるで他人事のようだ。


『とにかく、その守護者の力さえ引き出せれば、あの異形たちはまるっと浄化できるよ。だけど今はヴァルトの守り石がその守護者の力の発現を邪魔してる。要するに、リーゼロッテが石を外して眠りにつけば万事解決ってわけだ』

「それが本当だとして、ダーミッシュ嬢の守護者が異形を浄化できる保証はどこにある」


 ジークヴァルトが眉間にしわを寄せた。なにしろ前代未聞の異形の数だ。いくら守護者の力だろうと、力を扱えないリーゼロッテにそれができるのか。


『信用ないな~。ヴァルトだってあの夜、リーゼロッテの力を目の当たりにしたろう?』


 ふわふわ浮きながらジークハルトは大げさに肩をすくめた。


『それに、アレ、みーんなリーゼロッテに引き寄せられて集まってきてるんだよ。限界までたまったその力が魅力的なんだろうね』


 ジークハルトがリーゼロッテの胸元、龍のあざがある場所を指さしながら言った。


「ええ? わたくしが原因なのですか?」

『さっきうっかり小鬼を浄化しちゃったでしょ? あれが引き金で、こうなった、と』


 リーゼロッテは顔を真っ青にした。


『言い換えると、今、城に集まってる異形たちは、リーゼロッテにしか祓えない。どうする? やる? やらない?』


 ジークハルトが問うと、リーゼロッテは寝台から降りて、ふらつく体で立ち上がった。


「わたくし、やります」


 決意のこもったリーゼロッテのその言葉に、ジークヴァルトは知らず目を(すが)めた。

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