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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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27-8

     ◇

 引き()れたような声を上げて、ミヒャエルは無理やり意識を戻された。押さえる片腕からは血が滴り落ちている。女神にたまわった紅玉の指輪も、あの一瞬で砕け落ちてしまった。


「マルグリット・ラウエンシュタイン……」


 圧倒的な女神の力をも簡単に押し戻された。それこそ赤子の腕をひねるかのように。


「なぜだ……あの女は龍の(にえ)になったはずだ……」


 呆然自失で立ち尽くすも、王城が鎮圧されていく様子が伝わってきた。忌々しいことにバルバナスが到着したようだ。


「女神に……女神にご報告さしあげねば……」


 配下の貴族たちの記憶は消してある。捕らえられたところで、騎士団がこの自分にたどり着くことはないだろう。今はこの場を去るのが得策だ。未来の王たる自分が、ここで捕まるわけにはいかなかった。


 ぶらりと動かぬ腕をかばいながら、ミヒャエルは神殿へとひとり目指した。


     ◇

(じき)に騒ぎも平定される。だからもう少しだけ辛抱してほしい」


 そう静かに言ったハインリヒに、アンネマリーはただ頷き返した。もう間もなく、この時間は終わりを告げる。ハインリヒのそばにいられることなど、きっと、もうないのだろう。


 泣きそうになるのを必死にこらえた。最後の最後まで気分を害することはしたくない。それなのに、じわりと溢れる涙は抑えられなかった。目の前で再び王子の顔が歪められるのを、アンネマリーは悲しくみやった。


 それなのに、自分のことで心を動かすハインリヒに心を躍らせる自分がいた。なんとあさましい女なのだろうか。こんな自分がハインリヒに相応(ふさわ)しいはずもない。

 ぐっと唇をかみしめ、嗚咽をこらえる。瞳から零れた涙がぱたりと下に落ちたその瞬間、アンネマリーの立つ床が白くまばゆい光を放った。


 石畳に描かれた円陣の形そのままに、何の前触れもなく白い光が輝きを天井高く立ち昇らせる。奇妙な浮遊感に包まれて、アンネマリーは恐怖から自身の腕をかき抱いた。


 光の向こうでハインリヒが驚いたように立っている。目が合った瞬間、浮遊感がさらに大きくなった。バランスを崩すようにアンネマリーはその場に膝をついた。


 円陣に描かれた古代文字が、浮かび上がるように光を放っている。それを認めた瞬間、立つ床の石畳が(いびつ)に形を変えた。ブロックが押し崩されるように、床の一部が盛り上がる。かと思うと別の場所では床がへこんでがらがらと崩れ落ちていった。


 不安定な動きに翻弄され、アンネマリーは咄嗟に手を伸ばした。ハインリヒもその手を取ろうと必死に手を差し伸べてくる。


「アンネマリー!!」

「ハインリヒさま……!」


 名を呼ぶも指先は僅かに届かず、アンネマリーは遠のくハインリヒの顔を見つめたまま、その崩れゆく深淵へと飲み込まれていった。どこまでもどこまでも落ちていく。真っ暗で何も見えはしない。


 ただ離れゆく自分の涙の粒だけが、その暗闇の中、輝いた。


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