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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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26-3

「公爵、実はフーゲンベルク領で採れる鉱物について詳しく話が聞きたいと申している者がおりまして……。いやはや、公爵はなかなかこういった社交の場にお出にならないので、この機会を逃したくない人間が山ほどおるのですよ。わたしの顔を立てて、少しばかりお時間を頂けませんかな?」


 打って変わって宰相の顔となったブラル伯爵が言った。ジークヴァルトは眉間にしわを寄せてから、リーゼロッテの顔をじっと見やる。


「絶対にこの場から離れるなよ」

「はい、ご安心くださいませ」


 ここにはダーミッシュ伯爵夫妻をはじめ、エラやエーミール、ヨハンなど、無知なる者と力ある者ばかりが勢ぞろいだ。そんな者たちに囲まれているリーゼロッテが、異形に襲われる心配はまずないと言っていい。


「イザベラ、お前はしばらくニコラウスと一緒にいなさい。絶対にひとりになっては駄目だよ」


 その言葉に、ニコラウスが嫌そうな顔になる。

 ジークヴァルトもすぐに戻ると言い残して、ブラル伯爵と共にこの場を離れていった。


「ねえ、あなた、お兄様の恋人?」

 父親がいなくなるや否や、イザベラがエラに話しかけた。


「え? いいえ、違います」

「だってあなた、今日はお兄様のパートナーなんでしょう? いいじゃない、お兄様と結婚すれば伯爵夫人になれるのよ。もうあなたでいいから、お兄様と結婚しなさいな」

「イザベラ、お前、エラ嬢になんて失礼な物言いを」

「お兄様は黙ってて。さっさと爵位を継いでくれればそれでいいのに、お兄様が不甲斐ないからこうやって協力してあげているんでしょう」


 たれ目とたれ目がにらみ合う。周囲は困惑気味にイザベラの言動を見守っていた。


「何だか賑やかね」

「アデライーデお姉様!」


 リーゼロッテが驚いた声を上げる。そこには式典用の豪華な騎士服を着たアデライーデが立っていた。艶やかなダークブラウンの髪はポニーテールにされており、金の刺繍が施された黒い眼帯をつけている。それがかえって格好よく思えて、男装の麗人姿に思わず見とれてしまう。


「お姉様はどうしてここに……?」


 アデライーデは夜会には出ないと言っていた。リーゼロッテが不思議そうに問うと、アデライーデはニコラウスに視線を向けた。


「ニコラウスと警護の任務を交代したの。今は休憩中よ」

 げんなりした様子でニコラウスがため息をついた。


 アデライーデが公爵家でしてきた提案は、ふたりが任務を交代してニコラウスが夜会に出席、妹を見張りつつ、イザベラが差し向けた爵位狙いの令嬢除けとして、エラをパートナーとしてエスコートするというものだった。


 さらに横にエーミールを侍らせておけば、ニコラウス目当ての令嬢の大半が、イケメン貴公子であるエーミールに流れていくという寸法だ。

 それでも爵位目当てで寄ってくる令嬢がいるのなら、ヨハンがそれに立ちはだかる手順だった。ヨハンも子爵家の跡取りとして婚活中である。伯爵家よりは格は落ちるが、多少はそちらに流れていくとの算段だ。


(確かに令嬢は寄ってこないが……)


 ニコラウスはそもそもイザベラの暴走を止められる気がしない。父親はあの調子であてにならないし、アデライーデの提案を飲んだことを、今さらながらに後悔していた。


「お姉様、騎士服がとてもお似合いですわ」

「そう? ありがとう」


「ねえ、お兄様、そちらの方は公爵様のお姉様でしょう? わたくしも紹介してくださいな」


 割り込むように言ったイザベラをアデライーデはちらりと一瞥しただけで、すぐにリーゼロッテへと視線を戻した。


「ねえ、リーゼロッテ、折角だから一緒に踊りましょう?」

「え? ですが、ジークヴァルト様にここを離れるなと……」

「いいわよ、そんなこと」


 アデライーデは優雅に騎士の礼を取り、リーゼロッテへと手を差し伸べた。


「美しいお嬢様、わたしと一曲踊っていただけますか?」


 格好良すぎて眩暈がしてくる。リーゼロッテはぽーっとなって、気づくとその手に自らの手を重ねていた。


「エラはニコラウスと来なさい。せっかく夜会に来たのだから楽しみましょう」


 そう言ってアデライーデは、リーゼロッテをダンスフロアへと連れて行ってしまう。リーゼロッテの踊る姿を間近で見たいエラと、妹の元を離れたいニコラウスの利害が一致する。顔を見合わせたふたりは、頷き合って手と手を取った。


「イザベラはここで待っていろよ。ダーミッシュ伯爵、申し訳ありませんがしばらく妹の事をよろしくお願いします」

 ニコラウスはそれだけ言うと、エラを連れてフロアへ向かっていった。


 その背中をあっけにとられて見ていたエーミールの腕を、エマニュエルがぐいとひっぱった。


「エーミール様、わたしたちも行きますよ」

「待て、どうしてわたしがお前と……」

「リーゼロッテ様の元を離れたとあっては、旦那様に示しがつきませんわ。四の五の言わずにエスコートなさってください」


 エマニュエルの剣幕に押されて、エーミールもその場を離れていく。


「ははは、若い人たちは元気でいいね」

「そうですわね、あなた」


 ダーミッシュ夫妻が寄り添いながらのんびりと言う。その横でぽつんと取り残されていたヨハンが、同じく呆然としてたたずんでいるイザベラをちらりと見やった。その青ざめた横顔に、おずおずと声をかける。


「あの……イザベラ様、よろしければわたしと一曲、踊っ……」

「いやよ!」


 言い終わる前に即答される。イザベラは睨みつけるようにリーゼロッテの動きを目で追っていた。


「はは……ですよねぇ……」


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