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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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25-2

 みなでソファに座り、談笑が始まる。アデライーデとリーゼロッテに加えてエマニュエルが横に並んで腰かけた。エラは給仕に回ろうとティーポットを手にすると、ベッティがエラも座るようにと促してくる。


「ここはわたしにお任せくださいましぃ。エラ様は男爵令嬢なのですから、遠慮することはございませんよぅ」

「え? でもわたしは……」


 肩を押されてエラはソファに腰を掛けた。その両脇にエーミールとニコラウスが座ってしまい、エラは身動きが取れなくなる。


(わたしだけ場違いなんじゃ……)


 自分以外はみな伯爵家以上の家柄の人間だ。しがない一代限りの男爵の娘には、無相応な場に思えてならない。身の置き場のないまま、おしゃべりに花を咲かせているリーゼロッテたちを、エラは黙って眺めているしかなかった。


「……何、この異形。めっちゃ目がきゅるんとしてるし」


 不意に右隣りに座っていたニコラウスが、床から何かを拾い上げる動作をした。その何かを指でつまみ上げ、それをしげしげと眺めている。しかし、エラの目には、ニコラウスが何かを持っているようには見えなかった。


「それはリーゼロッテ様に温情を与えられた小鬼だ」


 逆隣りに座るエーミールが、エラ越しにニコラウスを見やりながら言った。その言葉に、エラはピンとくる。


「もしや、そこに異形の者がいるのですか!?」


 食い気味に問うと、ニコラウスは驚いたようにエラと目を合わせた。


「えっと、あなたは……」

「彼女はエラ・エデラー。リーゼロッテ様の侍女だ」


 エーミールの言葉に、エラははっとした。


「申し訳ございません、ニコラウス・ブラル様。わたしはエデラー男爵の娘、エラ・エデラーでございます」

「エラは無知なる者だ。異形を視る能力はない」

「無知なる者?」


 ニコラウスは首をかしげると、手にした何かをぽいと後ろ手に放り投げた。そのままエラの両手をがばりと握る。


「どうりでさっきから居心地いいと思ったら! オレ、無知なる者に会うのは初めてだ!」


 たれ目を見開いて、興奮したようにエラの手を上下に揺さぶる。固まった状態でエラはなすがままにされていた。


「おい! 気安くエラに触れるな」


 苛立った様子のエーミールに肩を引き寄せられる。両手をつかまれたまま、エラはニコラウスごとエーミールにもたれかかった。


「え? おふたりはそういう関係で?」


 ニコラウスが倒れこんだエラの膝の上から驚いたように問うと、エラは慌てたように首をぶんぶんと振った。


「いいえ! そのようなことはございません!」


 突然の大声に、リーゼロッテたちの視線が向けられる。


「何? 痴情のもつれ?」


「「「違いますっ」」」


 アデライーデの突っ込みに、三人の言葉が重なった。と同時にそれぞれが居住まいを正す。


「ふふ、三人とも楽しそうですわ。……あら? あなた、この前の子ね」


 リーゼロッテが床へと視線を向ける。エラには何も見えなかったが、みなの様子を見る限り、そこには何かがいるようだ。


「お嬢様、そこに異形の者がいるのですか?」

「ええ、とても小さくてやさしい子よ」

「まあ!」


 感動したように言うも、自分には視えない存在だ。


「わたしも一度くらいは視てみたいものです……」


 エラのしゅんとした様子に、ニコラウスが突然笑いはじめた。


「ははは、エデラー嬢はおもしろい人だな。異形なんか視えない方がしあわせってもんだ」

「ですが……」


 悲しそうな顔のエラに、ニコラウスが懐から紙とペンを取り出した。さらさらと何かを描き上げると、それをエラに差し出してくる。


「お近づきの記念にどうぞ」

「これは……!?」


 そこには目がきゅるんとしたぶさ可愛い見たこともない生き物が描かれていた。


「あら、よく描けてるじゃない」

「まあ、本当! あの子そっくりですわ」


 ニコラウスに差し出された紙を手に取り、エラはとび色の目を見開いた。


「ではこれが……!」

「まあ、普通の異形とは見た目が全然違うけど」

「ありがとうございます、ニコラウス・ブラル様」


 エラに潤んだ瞳で見上げられ、ニコラウスの顔が赤くなる。


「あ、いや、オレのことはニコラウスでいいから」

「はい、ニコラウス様」

「よかったわね、エラ」


 リーゼロッテが微笑むと、エラはうれしそうに頷いた。


「む……そのくらいならわたしにも描けるぞ」

 おもしろくなさそうにエーミールがエラの持つ紙を奪いとり、それにペンを滑らせる。


「どうだ」

「「「「「……………………」」」」」


 どや顔で差し出された紙を見た一同は、一瞬押し黙った。だが次の瞬間、あまりにぶさぶさしいヘタウマな異形の姿に、サロンは大爆笑に包まれたのであった。


     ◇

「そこまで!」


 公爵家の片隅にある鍛錬場でエーミールの声が響く。目の前にいるのは、丸腰になったニコラウスと、その鼻先に細剣を突き付けているアデライーデだ。

()()()()()()()()()()

 取り落とした剣を拾い上げているニコラウスに、エーミールはそんな感想を抱いた。


「まったく、いつも手ごたえないんだから」

「だから最初にエーミール様と手合わせすればいいって言っただろうが」

「いやよ、エーミールはすぐに手加減するもの」


 アデライーデがぷいとそむけると、エーミールは内心苦笑した。そこら辺の騎士よりもアデライーデの腕が立つとはいえ、本気を出したニコラウスにかなうことはないだろう。


 アデライーデは気位の高い女性だ。わざと負けられるなど、そのプライドが許さない。だからこそ、ニコラウスの負け方は見事だった。アデライーデに気取られずにわざと負けるなど、エーミールには到底真似できそうにない。


「アデライーデ様に本気で剣を向けるなど、わたしにできる訳はないでしょう」

 エーミールの言葉にアデライーデの頬が膨らむ。


「その台詞は聞き飽きたわ」

「さすがグレーデンの貴公子! もてる理由がわかるなぁ」


 このニコラウスはどうにもつかめない奴だ。相変わらず気持ちの悪いことを言う男だが、エーミールと同じく細身に見えるその体躯は、グレーデン家で手合わせとした時にかなり鍛え上げていることが見て取れた。筋肉がつきにくい体質のエーミールにしてみれば、うらやましい限りだ。


(他人がうらやましいなど、馬鹿げているな)


 エーミールは自分に足りない部分を補うために、死に物狂いで剣技を磨いた。今ではあの筋肉の塊のようなヨハンにも、手合わせで十中八九は勝つことができる。


「次はわたしと勝負だ、ニコラウス」

「ええ? 勘弁してくださいよ! オレ、昨日の徹夜明けからの休暇中なんすよ」


 ニコラウスが助けを求めるようにアデライーデを見た。


「エーミール、今日は勘弁してやって。ねえ、ニコ。あなた今度の新年を祝う夜会で警護担当なんでしょう?」

「ああ、おかげで夜会に出なくて済んだ。そうだ! エーミール様にひとつお願いが!」


 不覚にも、いきなりニコラウスに両手を取られたエーミールは、やはり気持ちの悪い男だと眉をひそめた。


「オレ、一応長男なんすけど正妻の子供じゃなくて、家督は妹に譲ることになっているんですよ」

「ああ、そんな話は聞いたことがあるな」

「家を継げないことは別にいいんですよ。けど、妹が……」


 そこで言葉を切ったニコラウスが、アデライーデの顔を見やった。


「妹が?」


 アデライーデが小首をかしげると、ニコラウスがこの世の終わりのような顔をした。


「フーゲンベルク公爵に嫁ぐって言ってきかないんだよ! どうしたらいいと思う!? アデライーデ!」

「どうしたらって……ジークヴァルトにはリーゼロッテがいるし」

「じゃあ、公爵と妖精姫との婚約話は本当なんだな?」

「ええ、二人の婚姻は龍から受けた託宣だし」

「え? マジで!?」


 落ち着きなく表情を変えるニコラウスを、エーミールは苛立ったように睨みつけた。


「それで、わたしに何をしろというんだ?」

「いや、何かあった時、妹の暴走を止めてほしくて……」

「そんなもの兄であるお前の役目だろう」

「それができれば苦労がないんすよ……妹に託宣の存在は話せないし、親父が普段から甘やかしすぎて、何をしでかすか心配で心配で」


 うなだれるニコラウスを前に、エーミールとアデライーデは目を見合わせた。


「それでどうしてわたしに頼む。お前が横で見張っていれば済むことだ」

「妹の奴、オレになんとか家督を継がせようと、爵位狙いの令嬢を次から次に送り込んでくるんですよ! 白の夜会でも、それでひどい目にあって……」

「それくらいあしらえなくてどうする」

「社交界きってのモテ男にはできても、オレにはそんな器用なことできないんすよ! それに、妹は本当に猪突猛進な性格で……ああ、イザベラが公爵に突撃していく様が目に浮かぶ……!」


「ジークヴァルトに任せておけば大丈夫よ」

 アデライーデが興味なさげに言う。


「リーゼロッテへの執着ぶりを見れば、それ以上どうこうしようなんて気が起きるわけないわ」

「……妖精姫、むちゃくちゃ可愛かったもんなぁ」


 でへへとにやけているニコラウスは、限りなく締まりのない顔だ。アデライーデは半眼となり、ニコラウスを冷たく見やった。


「言っとくけど、リーゼロッテに変な気は起こさないことね。ジークヴァルトに殺されてもいいならかまわないけど」

「かまう! めっちゃかまいます!」


 青くなってぶんぶんと首を振るニコラウスに、アデライーデは人の悪い笑みを向けた。


「ねぇ、ニコ。そんなに妹が心配なら、わたしにいい考えがあるわ」


 にやりと笑うアデライーデを前に、するのはもはや嫌な予感ばかりだ。エーミールは、同様に感じているであろうニコラウスと、思わずその目を合わせた。


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