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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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13-3

     ◇

 ある意味、王城は静まり返っていた。

 ここ最近、体調不良を訴える者が続出し、物が壊れたり怪我をする人間も少なからずいたが、今日になって突然その人数が激増していた。


 普段はせわし気に行き交う文官や城仕えの者も見当たらず、王城内は人気(ひとけ)がなく閑散としていた。ぴりとした静けさが王城全体を包んでいる。


 しかし、見る者が見れば、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。王城の廊下という廊下を、異形の者がひしめき合い埋め尽くしているのだ。どこから集まったのだと感心してしまうくらい数多(あまた)の異形だった。


「一体何がどうなっているのだ?」


 ハインリヒはその手を振り払いながらどちらに進むべきか躊躇していた。幼少期から過ごす王城だというのに、異形があまりにも多すぎて、方向感覚が狂ってくる。

 カイにはジークヴァルトを連れてくるようにと、執務室へと戻らせた。


 王城の護衛騎士団の近衛第一隊は、表向きは王太子の護衛専門であったが、その中には異形に対応する特務隊が存在しており、ジークヴァルトとカイをはじめ、その他、力ある者十数名がそれに所属していた。


 普段は異形がらみの事件であちこち散らばっている彼らには、最近の問題もあって、王城に戻るよう召集をかけてあった。しかし、遠方に赴いているものが大半で、対応が遅れて今に至っていた。ハインリヒは自身の対応の甘さに舌打ちをした。


「ハインリヒ様」

 キュプカー隊長が廊下の向こうから駆け寄ってきた。

「王城全体に何やら不穏な空気を感じます」


 キュプカーには異形の姿を視たり祓う力はなく、純粋に王太子の護衛として職務についていた。しかし勘が鋭い男で、見えていなくともその気配は敏感に感じることはできる。

 精神力の強い者に、異形たちは近づこうとはしない。無知なる者とはまた違った意味で、キュプカーは異形に対して耐性を持ち合わせていた。


「ああ、キュプカーも感じていると思うが、あり得ない数の異形が騒いでいる。そちらの対応はジークヴァルトが指揮をとる。キュプカーは、王城に残っている者がいたら城外へと避難させてくれ」

「御意に」


 そう言ってキュプカーがその場を後にしようとしたそのとき、先の廊下から誰かがこちらに向かって歩いてくるのをハインリヒは感じた。感じただけなのは、異形の者たちで廊下の先が見えなかったからだ。


「待て、キュプカー」


 そう制止すると、ハインリヒは右手を握り力を込める。その手をふるって廊下の先にためた力を放った。異形が一筋払われて、その先に人影が見えた。その場にそぐわないゆったりした足取りで現れたのは、戸惑うような表情のアンネマリーだった。


「アンネマリー?」

「ハインリヒ様。王城で何かあったのですか? 人が全くいないですし、こんなにも静かだなんて……」


 アンネマリーはハインリヒに礼を取った後、するりと異形をすり抜けてきょろきょろと辺りを見回した。


(彼女も無知なる者だったか)

 ダーミッシュ家の親類であれば、そうであってもおかしくない。無知なる者は、こんな状況でも全く影響を受けないものなのか。視える者にとって、この状況下では彼女の存在は異質に感じた。


「君はなぜここに?」

「はい、王妃様に休暇を頂いていたのですが、クリスタ叔母様、いえ、ダーミッシュ伯爵夫人からリーゼロッテに言付けを頼まれましたので、早めに戻ってきたのです」


 彼女がいくら無知なる者でも、今の王城の警備は手薄となっていた。こういった異形がらみの騒ぎでは、飲み込まれた人間が犯罪を犯すことがよくあるのだ。異形の被害は受けなくとも安全とは言い切れなかった。


 ハインリヒは迷ったが、アンネマリーをキュプカーに託すことにした。

「キュプカー、彼女を頼む」

 そう言って、足早にハインリヒはその場を去ろうとした。


「ハインリヒ様、リーゼロッテは大丈夫でしょうか?」

 アンネマリーは咄嗟にその背中に問いかけた。

「ああ、彼女はジークヴァルトといるはずだ」

 振り向いてそう答えた瞬間、アンネマリーの背後にいた異形がざわりと形を変えた。


「え?」


 アンネマリーは誰かに背中を押されたような感覚を覚え、後ろを振り返ろうとした。そのまま廊下に倒れこみそうになる。その先にいたのはハインリヒだった。


 ハインリヒは異形に囲まれ、その場を一歩も動くことができなかった。

 避けることも、アンネマリーを受け止めることもできずに、彼女の柔らかそうな肢体が自分に近づいてくるその光景を、スローモーションのように感じてただ立ち尽くしていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁおっとぉぉぉぉ」


 スライディングするようにその間に割り込んできたのはカイだった。ハインリヒを突き飛ばし、アンネマリーをその胸に抱きとめた。


「あっぶねー。マジ危ねー、心臓止まるかと思った」


 カイが心臓をバクバクさせながら、アンネマリーの背に回した腕に力を入れる。ぎゅっとカイに抱きしめられながら、アンネマリーは動揺したように言った。


「は、ハインリヒ様」

 廊下の端から端まで突き飛ばされたハインリヒが、呆然とそこで尻もちをついている。


「怪我はない? アンネマリー嬢」

「……わたくしは大丈夫です……ですがハインリヒ様が」


 のぞき込むようにカイに問われたアンネマリーはふるえる声で返した。目の前で王子が突き飛ばされたのだ。しかも、転びそうになった自分を助けるために。


「大丈夫。ハインリヒ様はすっごい静電気体質なの。触ったらバチっとなって、繊細なご令嬢にはめちゃくちゃ危険なんだ。もう心臓止まっちゃうレベルだよ。だから誰も被害に合わないよう気をつけるようにハインリヒ様にいつも言われてるんだ。ね! そうですよね、ハインリヒ様!」


 カイのやけくそのようなその言葉にアンネマリーが目を見開く。真偽を確かめるようにハインリヒに顔を向けると、ハインリヒは青ざめた顔のままコクコクと頷いた。

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