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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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24-2

     ◇

「それでは、わたしたちは隣の部屋で控えております」


 テーブルにティーカップと茶菓子を並べると、エラとベッティは隣室に下がっていった。

 隣り合わせに座ったジークヴァルトは、開口一番「あーん」とクッキーを差し出してくる。目の前に突き付けられたバターの香りに、リーゼロッテのお腹がきゅるると鳴った。

 力を使い果たした後は、しばらくの間、空腹が続く。分かってはいるが、恥ずかしさに頬が熱くなるのは乙女心というものだ。


 ぱくりとそれを口にしたあと、リーゼロッテはジークヴァルトの口元にクラッカーを差し出した。


「あーんですわ、ヴァルト様」


 顔を見合わせながらぐもぐし合う。このルーチンワークにもはや疑問すら浮かばない。クッキーを飲み下すと、リーゼロッテはさっそく本題を切り出そうとした。


「今日は腹がすいているだろう。もっと食べろ」


 すかさずクッキーが放り込まれる。無表情のまませっせと運び続けるジークヴァルトを前に、口の中が空になる隙がない。


(クッキーは自分で食べられますから……!)


 そう声にすることができないまま、並べられていたクッキーは無事にすべてがリーゼロッテの胃の中に納まった。最後に紅茶を差し出され、ようやくの思いで息をつく。口を開くなら今しかない。口元をハンカチでブロックしながら、リーゼロッテは隣に座るジークヴァルトの顔をじっと見上げた。


 怒りに我を忘れたジョン。その憎しみの波動にのまれたカーク。自分から溢れ出した力は、まっすぐにジョンに向かっていった。だが、記憶はそこで途切れてしまっている。


「ヴァルト様、隠さずに教えてくださいませ。あの後、ジョンとカークはどうなったのですか?」

「……ジョンはお前の力に包まれて沈静化している。この雪で調査は続行不可能だ。春の雪解けを待って再開予定となった」


 あの裏庭は、一晩で異常にも思えるほどの雪で埋め尽くされた。今では誰も近づくことすら困難だ。そう説明され、ジョンの処断が先延ばしにされたことに安堵する。


「ではカークは……」


 ジョンの悪意が広がるとともに、カークの思念がかき消えた。自分がもう一歩早く力を使っていたら。最悪の事態を想像して、目が覚めてからずっと、そんな考えが頭を巡っていた。

 静かに顔をそらしたジークヴァルトに、リーゼロッテの顔が青ざめる。


「今だけ許す。入ってこい」


 だが、ジークヴァルトは廊下へ続く扉に向けて声をかけた。次の瞬間、扉を抜けてカークがその厳つい姿をあらわした。


「カーク……!」


 思わずカークの元へと駆け寄った。見上げるカークはいつも通りだ。だがその思念は、いつもよりもずっとクリアに感じられた。


 ジョンの記憶の中で、カークはオクタヴィアと愛しあっていた。雨が降りしきる裏庭にひとり立たされたカークは、そのときに強い思いとしてあの場に焼き付いたのだろう。


「カーク……あなたが守りたかったものはオクタヴィアだったのね……」


 その言葉にカークは不思議そうに首を傾けた。そしてゆっくりと首を振る。


 ――守りたい


 カークの思念が伝わってくる。あたたかなそれは、まっすぐにリーゼロッテへと向けられている。いつも感じていたふてくされた感情は、そこに微塵も感じられなかった。


『カークはただの思念だからね。リーゼロッテの力に触れて、思いが純化したんじゃない?』

「ひょあっ」


 前触れなく横にあらわれたジークハルトを見上げようとした瞬間、いきなり大きな腕に抱え上げられた。高くなった視界に驚き、おもわずその首にしがみつく。


「ヴァルト様、突然抱き上げるのはやめてくださいませ」

「非常事態だ」


 ふいと顔をそむけると、ジークヴァルトは守護者を睨みつける。


『やだなぁ、もう何もしないって。はいはい、邪魔者は退散するよ。ほら、カークも行った行った』


 カークの背を押すようにジークハルトはそのままドアからすり抜けて出て行ってしまった。それをしり目に、ジークヴァルトはリーゼロッテをソファへと運ぶ。そのまま当たり前のように、リーゼロッテを膝に乗せて抱え込んできた。


「あの、ヴァルト様」

「なんだ?」

「ソファは十分に広いですから」


 となりの空いたスペースを見やる。ジークヴァルトは「却下だ」と憮然と答えると、リーゼロッテの髪をそっと梳きだした。なぞる指先から感じる力に、思わずリーゼロッテは身をよじった。


「ん……ヴァルト様、それはくすぐったいので」

「じっとしてろ」


 確かめるように力を流すジークヴァルトにしがみつく。力を使い果たした後なので、余計に心配なのだろう。そう思うとリーゼロッテも我慢せざるを得なくなる。


 一通り確かめて満足したのか、ジークヴァルトがその手を止めた。かと思うとリーゼロッテの頬に手を添えてくる。顔を上向かされて、リーゼロッテはジークヴァルトの瞳を覗き込んだ。


(あれ……?)


 いつもの流れでは青い瞳と見つめ合うのだが、ジークヴァルトの視線がずれている。試しに明後日の方に目を向けてみたが、ジークヴァルトはじっと同じ場所を見ているようだ。


 なんとなく口元を見られているような気がして、リーゼロッテは口角を少しばかり上げてみた。すると微妙にジークヴァルトの口の端が動いた。続いて口をへの字にしてみる。つられるようにジークヴァルトの口もへの字に曲がった。


 それを見て取ったリーゼロッテは、にゅっと唇を突き出した。タコのような変顔をすれば、ジークヴァルトはもっと反応するのではないか? そんな思いでやったことだ。


 ジークヴァルトがカっと目を見開いた瞬間、ドンっ、と空気が揺れた。その振動に思わずジークヴァルトの首筋にしがみつくと、さらに部屋中の物が飛び跳ねた。


(こ、公爵家の呪い!?)


 エッカルトに聞いた話だが、公爵家では時々異形が騒ぎ出す。思わず上を見上げると、先ほどより近い距離にジークヴァルトの顔があった。驚いたような表情で、やはり自分の口元を見つめている。


「ひゃあっ」


 ますます揺れる部屋の中、リーゼロッテはさらに強くジークヴァルトにしがみついた。いつぞやの執務室を思わせる騒音だ。


「公爵様ぁ。お気持ちは重々お察しいたしますがぁ、どうぞご自制くださいませねぇ。マテアスさんからの伝言ですよぅ」


 隣の部屋から顔を出したベッティが、のほほんと声をかけてきた。その後ろでエラが青い顔をしている。


 ぐっと奥歯を噛みしめると、ジークヴァルトはうなだれて大きく息を吐いた。そんなめずらしい様子に、リーゼロッテが心配そうにのぞき込む。


「とにかく今日はゆっくり休め。明日からはカークを連れて行けば、屋敷の中ならどこへ行っても構わない」


 そう言うとジークヴァルトは、リーゼロッテを膝から降ろした。部屋の中はいつの間にか沈静化している。


「もうすぐ新年を祝う夜会がある。今回は公爵家から連れて行くからそのつもりでいろ」

「わたくしも出席してよろしいのですか?」


 リーゼロッテの瞳が輝く。


「ああ。だが、絶対にオレのそばを離れるなよ」


 くぎを刺すように言うジークヴァルトに、リーゼロッテは何度もこくこくと頷いた。


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