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「ったく、一日で調査しろとか無茶ぶりだよなぁ」
栗色の髪をかきながら、ニコラウスはくだんの異形の者が出たという廊下に立っていた。この一面のガラス戸が一斉に割れたらしい。そのガラスは、今では何事もなかったように、きれいに修復されている。
夕刻にはまだ早いが、そろそろ陽が陰って来る時間帯だ。この国の冬は雪に閉ざされ、日照時間もかなり短い。
グレーデン家に回されたのは、自分ただひとりだけだった。フーゲンベル家にいるのは禁忌の異形本体であるのだから、人員をそちらに割くのはもっともな話なのだが。
(貧乏くじ引かされた感が半端ないな)
ため息をつきながらも、廊下の先へ進んでいく。
(このあたりか……)
廊下の中央辺りで、肌がぴりぴりする感覚がする。何か不安を掻き立てるような、そんな嫌な空気感だ。
聞くところによるとその異形が現れた時に、あのカイ・デルプフェルトがそばにいたそうだ。直接の面識はないが、王妃の秘蔵っ子とされ、彼が持つ力も相当なものだと伝え聞く。
「だったらそのまま調査してくれればよかったのに」
そう言いながら、ガラス戸に手をやる。見えるのは雪をかぶった一面の庭だ。
グレーデン家の屋敷は、異形が入り込めないように大きな結界が張られている。触れるガラスにも、誰かの力が包んでいるようなそんな波動が感じられた。
そんなガラス戸を一斉に砕き落とすなど、普通に考えて異形ができることではない。奴らは人の精神に付け込んでくる。弱さを抱える者に憑りつき、様々な障りをおこすのだ。
ふと遠くから人の気配が近づいてきた。この静かなグレーデン家ではめずらしい足音に、ニコラウスは訝し気な顔をした。
「あれ? バルバナス様?」
大股で近づいてきたバルバナスは、通り過ぎざまニコラウスを睨みつけてくる。
「明日戻るときに、必ずアデライーデを連れ帰れ」
苛立ったようにそのまま去っていく。慌てたようなグレーデン家の使用人が、小走りでその背を追っていった。
「……何? アデライーデの奴、バルバナス様に黙ってここに来てたのか?」
てっきり気を利かせて送り込んでくれたと思っていたのに、アデライーデも何というチャレンジ精神だろうか。あの様子だと慌てて迎えに来たものの、反撃にあってすげなく追い返されたのだろう。
「あのふたりも、ほんとめんどくせーな」
片手で頭を掻きながら思う。アデライーデに何があったのかは知る由もないのだが、彼女はいまだ何かにもがき苦しんでいるのだろう。そのことが感じられる機会は幾度もあった。
(まあ、オレには関りのないことだしな)
気を取り直してガラス戸へと視線を戻す。本来なら複数人で一週間はかかるであろう調査を、一晩で終わらせなくてはならないのだ。
「今夜は徹夜かよ、どちくしょー」
そんなことを言っていても時間ばかりが過ぎていく。ニコラウスは気合を入れるように、自分の頬をぱんと叩いた。




