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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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22-4

     ◇

「王兄殿下、命により参上いたしました」

「おせぇな、ようやく連れてきたか」


 正午過ぎに公爵家に戻って早々、バルバナスの元をジークヴァルトと共に訪れた。淑女の礼を取るリーゼロッテをちらりと一瞥(いちべつ)しただけで、バルバナスはついて来るようにと歩き出す。

 慌ててその背を追おうとすると、後ろ手を引かれて、ジークヴァルトに抱え上げられた。驚きに思わずその首にしがみついてしまう。


「ヴァルト様……わたくし自分で歩けますわ。降ろしてくださいませ」

「駄目だ、却下だ」


 抱く手にぎゅっと力を入れたジークヴァルトは、有無を言わさず歩き出した。子供抱きにされたまま、ずんずんと廊下を進む。その顔を伺うも、機嫌はあまりよろしくないようだ。


 馬車の中でジークヴァルトは始終無言だった。ただジョンに会わせるとだけ言って、その後はずっと不機嫌そうに、膝に乗せたリーゼロッテの髪に指を絡めていた。


(そんなにジョンに会わせたくないのかしら……)


 泣き虫ジョンが星を堕とす者だと言うことに、リーゼロッテはいまだ納得できていない。

 自分が話したことがきっかけで、こんな大事になってしまった。ジョンには申し訳ないことをした。そんなことばかりが頭をよぎる。


 裏庭に出て、踏み固められた雪道を進む。日当たりの悪いこの方面は、寒さも倍増に感じられた。だが雪が降っていない分だけ、今日はまだましな日だと言えるだろう。白い息を吐きながら、一行は程なくして泣き虫ジョンの元へとたどり着いた。


 そこで待っていたのは、昨日と同じ面々だった。数人の騎士をはじめエッカルトたち公爵家の者の視線が、遅れてやってきたこちらに集まった。


 抱えあげられたまま、遠巻きにジョンの姿を見やる。枯れ木の周りだけ、円を描いたように雪が積もっていなかった。上を見上げると、あの日リーゼロッテが視たままに、木に絡みついた自身の力が鮮やかな緑の光を放っていた。


(ジョン……)


 心の中で呼びかけるも、ジョンは木の腹に片手をついたままじっと上を見上げている。もっと近くに行ってみたい。そう思うが、ジークヴァルトはここにいる誰よりも遠い場所から、その足を進めようとしなかった。


「抱えたままでいい。もっとあいつに近づけろ」

 命令し慣れているだろうその声に、それでもジークヴァルトは動こうとしない。


「……ヴァルト様」

 その冷えた頬を、リーゼロッテは小さな両手で包み込んだ。


「わたくし怖くはありませんわ。ヴァルト様がいてくださいますから」


 ぐっと眉間にしわを寄せると、バルバナスの焦れたような舌打ちを合図に、しぶしぶジョンへ向かって歩き出した。円の一歩手前で立ち止まると、「手前ギリギリまで進め」とすかさずバルバナスの声が飛ぶ。


「ジークヴァルト、まずはお前が一発叩き込め」


 リーゼロッテがはっと顔を上げると、すでにジークヴァルトはジョンに向かって手をかざしていた。制止する暇もなく、その手のひらから青い力が放たれる。

 しかし、濃縮された青の光がジョンへと届くことはなかった。放たれた力は反れるように上方へと向かい、そのまま枝に絡む緑に飲まれるようにかき消えた。


「っち、役立たずだな」


 ジークヴァルトの力は絶大だ。バルバナスはもとより、あのマルグリットの力をも(しの)ぐかもしれない。それでもバルバナスは忌々(いまいま)しそうに毒づいた。


「おい、リーゼロッテ。お前の力だ。お前がどうにかして来い」

「お言葉ですが……」

「おめえには言ってねぇ! リーゼロッテ、お前が行くんだ」


 ジークヴァルトに反論を許さず、バルバナスは顎で絡みつく緑を指し示した。


 ジョンへの恐怖はない。(かたく)なに自分を降ろそうとしないジークヴァルトの顔を、リーゼロッテはそっと覗き込んだ。


「ジークヴァルト様」

「駄目だ」

「ですが……」


 こちらを睨みつけているバルバナスを不安げに見やる。王兄の命令に背くなど、いかにジークヴァルトとはいえ、どんな処罰が待つか分からない。


「ちっ、めんどくせぇな。もういいからふたりで入れ。託宣の相手くれぇ守れんだろう? なぁ、ジークヴァルト」


 その言葉をジークヴァルトはジョンを見据えたまま聞いていた。


「離すなよ」


 リーゼロッテの耳元で言って、ジークヴァルトは円の中へと踏み込んだ。思わずその首筋へとしがみつく。ジークヴァルトが数歩歩いただけで、ジョンのすぐそばまでやってきた。だが、手を伸ばしても届かない。そんな距離に思えた。


 あの力をどうにかしろと言われたが、何がどうしてああなったのか、リーゼロッテにも皆目(かいもく)見当がつかなかった。いつもはふわりと大気に溶けてしまう自分の力が、なぜあそこに留まっているのか。むしろこちらが教えてほしいくらいだ。


「ジョン……」


 仕方なくまずはジョンに声をかけてみる。しかし、その呼びかけに反応する様子はなかった。ジョンは木の腹に片手をついて、ただじっと上を見上げている。


 ふと思ってジークヴァルトの顔を見る。その耳元で囁くと、ジークヴァルトは眉間にしわを寄せた。


「……ならばオレがやる。お前は力を抜いてただ感じていろ」


 頷くと、ジークヴァルトは慎重にリーゼロッテを地面に降ろした。そのまま後ろから抱え込むように手を回す。リーゼロッテは胸元で祈るように手を組んだ。その上からジークヴァルトが大きな手を重ねてくる。


 包み込んだ小さな手の中に、ジークヴァルトは緑の力を集めていった。きゅうとそれは小さな結晶となり、重なる手と手の隙間から幾筋かの光をこぼした。


「いくぞ」


 その言葉を合図に、リーゼロッテは握り込んだ手を開く。緑の結晶はまっすぐにジョンへと放たれ、その体を一瞬で包みこんだ。


 そのまま天へと還ってほしい。リーゼロッテはそう願った。

 無理やりに(はら)われてしまうというのなら、せめてこの手で送ってやりたかった。その願いを聞けずとも、自分ならば苦しまずに昇らせてあげられるはずだから。


 ジョンはその光の中でふいに振り返った。こちらを見てくれた。そう思ったのも束の間、耐え難いほどの憎悪が一瞬のうちにその場に広がった。


『……――ク』


 地を這うような声が響いた。それがジョンから発せられたものだと気づくまで、一体、幾秒(いくびょう)費やしただろうか。


 放った緑の力がその場に溶けて消えた後も、ジョンはその場に立ったままだった。ただ、こちらを凝視しながら、悪意に満ちた意識をむけてくる。


「ジョン……?」


 リーゼロッテの声は届かない。ジョンの前髪が風に巻き上げられ、その額で禍々しい紅玉が光を放つ。


(龍の烙印(らくいん)――)


 その(くれない)のしるしにリーゼロッテは青ざめた。目の前にいるジョンから放たれるその邪気は、あの日見た深紅の女と同等――いや、それ以上のものだった。


 ジョンの憎悪はまっすぐとこちらに向かっている。ジークヴァルトに再び抱えあげられて、リーゼロッテはその肩ごしの先にいた人物に、思わず目を見張った。


(違う、わたしじゃない)


 むき出しの感情はリーゼロッテを過ぎ、その少し後ろに立っていた人物へと向けられていた。

 そこいたのはカークだった。カークはゆっくりと歩を進め、ふたりをかばうようにジョンの前へと立ちふさがる。


『カーク……! レオン・カークぅ! お前が……お前さえいなければ……!』


 咆哮(ほうこう)を上げたジョンの憎悪が変化する。そこに満ちているものは、もはや殺意だった。絶望の深淵(しんえん)に沈む蓄積した(おり)が、その叫びと共に巻き上げられる。むき出しの憎しみはジョンの意識の表層へと濁流を描き、それはただひとりカークへと向けられた。


「いや! やめて、やめてジョン! 駄目よ! その光を放っては駄目……!」


 手を伸ばすも、ジークヴァルトがかばうように引き離してしまう。それでもリーゼロッテはジョンへと届くように必死に叫んだ。



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