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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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21-3

      ◇

「お待ちしておりました。ただいま当主は不在でして……」

「出迎えなどいい。さっさと例の異形んとこに案内しろ」


 迎えられたフーゲンベルク家のエントランスで、バルバナスは面倒くさそうに片手を振った。それを横で見ていたアデライーデが嫌そうな顔をする。


「王兄殿下にして騎士団総司令の仰せよ。従ってちょうだい」


 公爵家の家令であるエッカルトの視線を受けて、アデライーデは憮然と言った。バルバナスが来ることは事前に知らせておいたはずだ。当主であるジークヴァルトがいないなど、どれだけ使えない弟だ。


(大方、リーゼロッテから離れられないでいるのでしょうけど)


 気持ちはわからなくもないが、このバルバナスを前にして、いかに百戦錬磨のエッカルトでも対応に苦慮するのは目に見えている。


 グレーデン家でリーゼロッテが、星に堕とす者に遭遇したと聞いたときは驚きしかなかった。ジークヴァルトに対してさえ、そんなものが現れることなど一度もなかったのだ。


 しかも、泣き虫ジョンが星を堕とす者である疑いがあると言われてさらに驚いた。ジョンは公爵家に何百年も前からいる異形の者だ。それだけ長い間放置されていたのは、害がないと思われてこそだった。


 アデライーデも子供の頃、面白半分でジョンの元に行ったことはあったが、ただ泣いているだけのジョンはなんの面白みもなく、すぐにその存在も忘れてしまった。それが今さら禁忌の異形だと言われて、驚くなという方が無理な話だ。


(ったく、ヴァルトの奴、あとで絶対締め上げてやるんだから)


 ジークヴァルトは昔から、周りから言われるがまま、やるべきことをこなしていた。淡々とそつなく、完ぺきに片付けられるそれらは、義務感や責任感から行われているようには見えなかった。

 家の一大事よりもリーゼロッテのそばにいることを選んだと言うのなら、公爵位を継いだ後もその姿勢は変わらないということだろう。


(そんなところはお父様にそっくりなんだから。ほんと使えない)


 今、リーゼロッテは王妃の離宮にいると聞く。身の安全が確保されているなら、次に優先すべき事くらい、子供でも分かるというものだ。


 エッカルトの隣にマテアスとユリウスが並んでいるが、ユリウスはこういった時あまり役に立たない。

 ユリウスはエーミールの叔父であるのと同時に、アデライーデの父ジークフリートの従兄(いとこ)でもある。(れっき)としたレルナー公爵家の人間だが、中身はただの女好きの遊び人だ。ジークヴァルト不在の穴を埋めるべくこの場にいるのだろうが、立場的に同席しただけで、この場をまとめる気などさらさらなさそうだ。


「屋敷にいる力ある者は全員連れてこい。ひとりも欠けんじゃねえぞ」


 バルバナスの強い語調に、エッカルトは「仰せのままに」恭しく腰を折った。


「アデライーデ、お前はついてくるなよ」

「……公爵家の人間として、行く義務はあるはずだわ」


 先ほど、屋敷にいる力ある者は漏れなく集まるように言ったのはバルバナスだ。


「いいや。休暇を与えたとしてもお前は騎士団の一員だ。身内の捜査に関わらせるわけにはいかねえな」


 そう言いながらも、その実はアデライーデに危険なことをさせたくないだけだ。


 リーゼロッテの護衛でダーミッシュ領へ赴く時ですら、バルバナスは最後まで難色を示していた。まして今回は禁忌と言われる異形の者の調査だ。そんなものにバルバナスがアデライーデを近づけさせるとは思えない。

 それでもアデライーデが反論しかけると、バルバナスは有無を言わさぬ声で短く言った。


「命令だ」


 その言葉に一瞬ぐっとこらえる表情をした後、アデライーデは騎士服のまま優雅にスカートをつまみ上げる仕草をした。


「仰せのままに。王兄殿下」

 にっこりと礼を取ったかと思うと、ぷいと顔をそらしてその場を後にする。


「ああ? どこに行くつもりだ?」

「わたくし、休暇中ですの。久しぶりの生家でゆっくり過ごすだけですわ」


 それだけ言い残すと、アデライーデは振り返りもせずその場を後にした。数人の侍女が慌てたようにその後を追う。


「ったく、仕方ねぇなぁ」


 その姿が見えなくなると、バルバナスは再びエッカルトに視線を戻した。ふと、その後方にいた茶色がかった赤毛の侍女が目に入る。


「そこの侍女、お前、見ない顔だな」


 射貫くように見る先にいたのはエラだった。突然バルバナスの目に留まり、震える体を叱咤してエラは慌てて礼を取った。


「この方はエデラー男爵令嬢でございます。リーゼロッテ様の侍女として、ダーミッシュ領よりお招きしております」

「エラ・エデラーでございます、王兄殿下」


 エラは震える声でようやくそれだけ口にする。


「リーゼロッテの、ねぇ……」


 まじまじとエラを観察していたバルバナスは、すぐに興味を失ったようにエッカルトを見やった。


「そういや、ブシュケッターのお気に入りがいねぇな」


 バルバナスの言う“ブシュケッターのお気に入り”とは、エマニュエルの事だ。使用人ながらブシュケッター子爵に見初められたエマニュエルの事を、バルバナスはいつもこう呼んでいる。ただ、認識としては、エマニュエルはアデライーデの侍女にすぎない。


「子爵夫人は、今日にでもこちらに到着予定です」


 エッカルトは複雑な心境で、極力抑えめの声で答えた。今までのバルバナスの行いを考えると、公爵家としては穏やかな胸中でいられるはずもない。


「まあ、いい。とりあえず、今すぐ異形んとこに連れていけ」

「かしこまりました。マテアス、ご案内を」


 横にいたマテアスに目配せすると、マテアスはそつのない動きでバルバナスと数人の騎士を先導していく。


「……なあ、エッカルト。バルバナス様はアデライーデをこの先どうするつもりなんだ?」


 バルバナスたちを目で追っていたユリウスの問いかけに、エッカルトは困った顔をした。


「わたしごときには分かりかねますな」


 傷を負ったと言え、アデライーデは公爵家の令嬢だ。婚姻を望む貴族の数は今でも少なくはない。本来、その相手を吟味するのは父親であるジークフリートの役目なのだが、バルバナスがことごとくそれをはねのけ続けている。


「オレはてっきりバルバナス様が手を出してるもんだと思ってたんだが」


 自分の顎をさすりながらユリウスが考え込むように言う。先ほどのふたりの様子を見ると、アデライーデとバルバナスが深い仲ということはなさそうだ。


「もしかしてバルバナス様は、まだマルグリットのことが忘れられないでいるのか? エッカルトはどう思う?」

「ユリウス様。滅多なことは口になさらない方が御身のためでございますよ」


 エッカルトに渋い顔を返されて、ユリウスは軽く肩をすくませた。


「ちょっと聞いただけだろう? そんな怖い顔すんなって」


「とにかく我々もジョンの元へ向かいましょう」

「ったく、こんな面倒なこと、ジークフリートの代でおきてりゃおもしろかったのに」


 その言葉にエッカルトは、再び渋い顔をユリウスに向けた。


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