表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

279/495

19-7

 慌てて来た道を戻ろうとする。その瞬間、廊下の角から不意に人影が現れた。

 その人物とぶつかって、倒れそうになったリーゼロッテは身を縮こまらせた。両肩をぎゅっとつかまれ体を支えられる。


「申し訳ございません!」


 自分が邪魔になる場所でもたもたしていたのが原因だ。リーゼロッテは目の前にいる人物を、勢いよく見上げた。


「王子殿下……!?」


 すぐ目の前にハインリヒ王子がいる。いまだかつてない至近距離に、お互いが驚きの表情で見つめ合う。

 その刹那、ぶわりと目の前に熱を感じた。その熱風に押し出されるように、リーゼロッテの体が浮き上がる。


「――……っ!」


 眼下にうつくしい女がいる。バレーボールをトスするような格好で、その女はリーゼロッテをさらに上へ上へと押し上げていく。


 プラチナブロンドに紫の瞳をした、ハインリヒによく似たうつくしい女だ。リーゼロッテを押し上げる熱はあたたかく、とても心地がいいものだ。だが、女の顔は凍るように冷たく、そこに表情は見いだせない。あたたかい波動とは裏腹に、冷酷無比な印象だ。


 リーゼロッテを天井高くまで押し上げると、女は満足そうに微笑んだ。そのまま体を(ひるがえ)して、ハインリヒ王子へと向き直る。ゆったりとしたドレープのかかった白いローブをはためかせながら、女は王子へとまっすぐ手を差し伸べる。


 王子の元にたどり着いた女は、まるで我が子を慈しむかのように、王子の頭を包え込んだ。そのまま吸い込まれるように、ハインリヒの体の中に溶けて消えていく。


 その様子をリーゼロッテはスローモーションのように見守っていた。まるで映画のワンシーンを眺めやっているようだ。


 女が掻き消えた直後、青ざめたまま立ちつくす王子の脇をすり抜けて、カイが自分を見上げながら走ってくるのが目に入った。

 次の瞬間、リーゼロッテの視界に天井だけが広がった。放物線を描いて放り出された体が、のけぞるような姿勢に変わる。落下しはじめているのだと、他人事のように分析する自分がいた。


 体は階段上から落ちている。その先にある衝撃を思うと、大怪我を負うのは想像に難くない。

 だが、死ぬことはないのだろう。この身は龍の託宣を受けたのだから。

 スローモーションで遠ざかっていく天井の模様を見つめながら、リーゼロッテは冷静にそんなことを考えていた。


 どさりと背中に衝撃を感じた瞬間、時間の流れが元に戻った。どちらが本当の感覚なのか一瞬だけ混乱を招く。


 見上げた先の階段上から、あわてて駆け下りてくるカイの姿が見えた。同時にぎゅっと腹に巻かれた腕に力が入れられ、リーゼロッテはジークヴァルトの腕の中にいることに気がついた。

 足を投げ出したままのジークヴァルトの上で、リーゼロッテは抱きとめられていた。恐らく滑り込むようにして、落ちてくるリーゼロッテを受け止めたのだろう。


 肩で息をしているジークヴァルトに背中を預けたまま、リーゼロッテは血の気の引いたその顔をのけぞるように見上げた。


「ヴァルト様……王子殿下からとてもきれいな女の方が……」


 青い瞳と目を合わせたまま、呆けたような声で言う。今はそんなことを言っている場合ではないのだが、そんな言葉しか出てこなかった。


「リーゼロッテ嬢! 怪我はない!?」


 階段を駆け下りてきたカイが、青い顔のままやってくる。確かめるように自分の体を見やるが、どこも痛むところはなかった。


「問題ございません。ジークヴァルト様が受け止めてくださいましたから……」


 そのタイミングで、お尻のあたりがもぞりとした。驚いて身じろぎすると、リーゼロッテのスカートの下から、異形が一匹、二匹、三匹と、順番に這い出てくる。


「あなたたち……!」


 それは先ほど応接室にいた異形の者だった。リーゼロッテのクッションとなるべくその下に飛び込んできたらしい。


 三匹の異形はリーゼロッテの前に並ぶと、まるで騎士のような礼をとった。緑にきらめく体の輪郭ががぼやけて、小さな異形は甲冑を着た立派な騎士へと変化した。三人の騎士はリーゼロッテのスカートの裾に、忠誠の口づけを落としたかと思うと、そのままふわりと消えていく。


『我々は主を守れなかった騎士のなれの果てでした。最後にあなたを守れて本当によかった……』


 かき消えそうな小さな声で言い残すと、三人の騎士は白く大気に溶けていく。声をかける間もなく、リーゼロッテはただそれを見送った。


「……リーゼロッテ嬢」


 ハインリヒ王子の震える声がした。カイ以上に蒼白な顔をして、リーゼロッテを見下ろしている。その瞳に映る怯えを読み取って、ジークヴァルトの腕を振りほどき、リーゼロッテは自ら気丈に立ち上がった。


「わたくし怪我はしておりません。ジークヴァルト様と、異形たちが守ってくれましたから」

 力強く言うと、ハインリヒは青い顔のまま無言で頷き返してくる。


「王子殿下……先ほどの女の方は一体……」


 あの慈愛に満ちたうつくしい女は、ハインリヒ王子の体の内から湧きあがったように見えた。リーゼロッテが問いかけると、ハインリヒはぎゅっとその手を強く握り締めた。


「あれは、わたしの守護者だ」

「王子殿下の守護者……?」


 プラチナブロンドにアメジストのような紫の瞳。あの女は、ハインリヒ王子にとてもよく似ていた。


「リーゼロッテ嬢は、アデライーデの傷を知っているだろう?」

 突然の問いかけに、リーゼロッテは困惑しつつも頷いた。


「あの傷は、このわたしが負わせたものだ」

 感情を押し殺したようなその言葉に、リーゼロッテはただ息を飲む。


「少し、わたしの話を聞いてくれるか?」


 そう言ってハインリヒ王子は、過ぎ去った日を思うように、どこか遠くをじっと見つめた。


【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。王子殿下と共に、王城の奥深くへと行ったわたし。アデライーデ様が負った傷の真相を語る王子殿下に、ただただ驚くばかりで。過去に一体何があったか。その真実が今明らかに……!

 次回、2章第20話「心火の聖母」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ