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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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18-2

 そのタイミングで、ばあんと部屋の扉が開け放たれた。その音でエラが驚いて飛び起きる。


 扉を開けた主は、想像通りジークヴァルトだった。息を乱して雪まみれだ。その後ろから、カークがおろおろしながら部屋の中を覗き込んでいる。

 濡れた外套(がいとう)をそこらへんに放り投げると、ジークヴァルトは(けわ)しい顔つきのまま、つかつかとリーゼロッテの前まで無言で歩み寄った。


 慌てて立ち上がったリーゼロッテを性急に引き寄せる。ジークヴァルトは自身の力を、前触れもなくリーゼロッテめがけて一気に解き放った。


「ふひあっ」


 よくわからない声がリーゼロッテの口から漏れる。その瞬間、ジークヴァルトの力が、体の内に、外に、急速に駆け巡ったのだ。その上、物理的にもぎゅうぎゅうと抱きすくめられて、リーゼロッテは息苦しさのあまりにジークヴァルトの服をぎゅっと握りしめた。


「ヴァルト様、苦しいです……!」


 はっとして、ジークヴァルトはその腕を緩めた。(わず)かに空いた隙間から、リーゼロッテが大きな瞳で見上げてくる。


「わたくし、大丈夫です。カイ様がいてくださいましたから……。ご心配おかけして申し訳ありません」


 公爵領から雪の中、馬で駆けつけてくれたのだろう。カークが知らせたのか、ジークハルトが知らせたのかはわからないが、またいらない迷惑をかけてしまった。


 しょんぼりしていると、ジークヴァルトはそんなリーゼロッテを無言で抱き上げ、そのままソファへと腰かける。(ひざ)にリーゼロッテを乗せたまま、守り石がなくなった髪飾りをそっとその髪から引き抜いた。

 その後、まとめた髪に刺されている何本ものピンを、一本一本丁寧(ていねい)に抜き取っては、ジークヴァルトはそこら辺の床に放り投げていく。


「ジークヴァルト様……!?」


 困惑するリーゼロッテをよそに、大方ピンを抜き終えると、ジークヴァルトはその髪に指を差し込んで、崩れた髪をするりとほどけさせていく。リーゼロッテの蜂蜜色の長い髪が舞って、ふわりと甘い香りが広がった。

 ジークヴァルトは続けて手櫛(てぐし)で髪を()きながら、同時に指先に力を流していった。


「ひあ」


 再び、よくわからない声が口をついた。ジークヴァルトの指が髪をすり抜けるたびに、その力がなぞるようについてくる。


 なんだかもう全部がジークヴァルトだ。髪も頬も首筋も、体の表面から身の内側にいたるまで、まるっとジークヴァルトに包まれているような、そんな妙な気分になる。


「あ、あの、ヴァルト様……それはくすぐったいので、その」

「却下だ」


 憮然(ぶぜん)と言ってジークヴァルトは、リーゼロッテへの体へとダメ押しのように自身の力を注いだ。ひあっともう一度言って、リーゼロッテはジークヴァルトの体にしがみついた。


 それをしばらく黙って見ていたカイが、ようやく声をかける。その声音はいつも以上に硬いものだ。


「ジークヴァルト様、今回のことは……」

「いい。事情は承知している」


 ジークヴァルトは守護者の目を通してすべてを見ていた。その場にいるような臨場感があるのに、リーゼロッテははるか遠く手の届かない場所にいた。

 思わずリーゼロッテを抱く手に力が入る。この温もりを失ったら、一体自分はどうなってしまうのか。ジークヴァルトには、もはや想像すらできない。


「でしたら、話は早いです。リーゼロッテ嬢はこのまま王城へ連れて行かせてもらいます。オレは今、王妃殿下の権限で動いていますから。フーゲンベルク公爵と言えど、拒否はさせませんよ」


 ジークヴァルトがぐっと言葉を飲み込むのが分かった。


「……ならばオレが連れて行く」

「わかりました。王城では、できる限りジークヴァルト様がそばにいられる環境を整えます。そのくらいはごり押ししとくんで」

「ああ……たのむ」


 ジークヴァルトは低く答え、再びリーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。


「エラ嬢、悪いけど、今回、君は連れていけない。グレーデン家に馬車を出してもらうから、とりあえず、ひとりで公爵家に戻ってくれる?」

「え!? そんな、お嬢様のおそばを離れるだなんてできません!!」


 エラがとんでもないとばかりに首を振った。


「これは命令だよ。リーゼロッテ嬢の安全を確保するためなんだ。リーゼロッテ嬢もわかってるよね? きちんと確認が取れるまで、ジョンのいるフーゲンベルク家に君は帰せない」


 はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。次いでエラと目を合わす。

 訪問先の屋敷の窓が割れて、いきなりリーゼロッテを王城に連れて行くという、そんな強引な流れだ。エラにしてみれば、どうしてそんなことになるんだと思わざるを得ないだろう。


「エラ、大丈夫よ。きっと少しの間だけだと思うから……。何かあったらすぐに連絡をするわ。だからエラはカイ様のおっしゃることに従ってちょうだい」

「お嬢様……」


 今にも泣きそうなエラに駆け寄りたいが、ジークヴァルトにがっちりホールドされているため、それもままならない。仕方なくリーゼロッテはエラを安心させるように、にっこりと笑って見せた。


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