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グレーデン家をお暇するために、リーゼロッテ一行は静かな廊下を進んでいた。屋敷のメイドを先頭に、その後ろをエラとリーゼロッテがついて行く。カイはその背を追うように、少し距離を置いて歩いていた。
(カイ様は無事に任務を遂行できたのかしら……)
ちらりと見やる限りでは、カイはどことなく考え込んでいるようだった。だが、これ以上は自分が立ち入るべきではないだろう。そう思って、リーゼロッテは歩く先へと意識を向けた。
それにしても、空気の流れが感じられない屋敷だ。自分たち以外、人の気配がまるでしない。もし、時が止まったとしたら、こんな感覚に見舞われるのではないだろうか? そんなことを思わせるほど、グレーデン家は静寂に満ちている。
(ここはなんて寒いのかしら)
先ほど会ったウルリーケを思い出し、リーゼロッテはひとりそんなことを思った。
しばらく進むと、長く一直線に伸びる廊下へと出た。その廊下は片側がすべてガラス戸になっていて、雪が降り積もる一面の庭が目に飛び込んでくる。
誰一人として踏み荒らすことのない、白一色の美しい庭だ。目の前に広がった突然の銀世界に、リーゼロッテは目を奪われた。
しんしんと雪が降り積もるうつくしい庭園。風はなく、ただ雪は静かに舞い落ちる。
その幻想的な風景に、リーゼロッテはいつの間にかその足を止めていた。
「リーゼロッテお嬢様?」
振り返ったエラが、少し困ったように声をかけてくる。
「ごめんなさい。庭が美しくて、目を奪われてしまったわ」
そう言って、リーゼロッテはエラの近くまで歩を進めた。それを見て取り、エラも再び歩き出す。
長い廊下を半分ほど行き過ぎたとき、リーゼロッテはもう一度、ガラス戸の外に目を向けた。この純白のさびしい静かな庭は、春の雪解けを迎えたときに、色とりどりの花々が美しく咲き乱れてくれるのだろうか。
ウルリーケのためにも、そうであってほしい。
陰ってきた雪景色と、ガラス戸に映る自分の姿を、リーゼロッテはただ静かに見つめた。
『リーゼロッテ! 気をつけて!』
突如、切羽詰まったジークハルトの声が響く。不自然に切られたマイクのように、その語尾が耳障りにぶつりと途切れた。
はっと、顔を上げる。
ガラス戸の外に広がる雪景色。そこに映る自分の姿。そして、その自分の背後に、長い髪をした美しい女がひとり――
ガラスに映った女と目が合った。肩の出た深紅のドレス。喉元には紅玉のブローチ。妖しくきらめく目を細め、紅の引かれた唇が形よくにいっと弧を描く。
瞬時に粟立った全身に、反射的に後ろを振り向いた。
誰もいない、寒々とした廊下の壁だけが目に入る。
その瞬間、背にしたガラス戸一面が、大音響を立てて一斉に砕け散った。同時に、身に着けていた守り石の数々が、水風船が破裂するかのごとくに、ひとつ残らず弾け飛ぶ。
リーゼロッテは悲鳴を上げて、崩れるようにその場にうずくまった。
さえぎるものが無くなった長い廊下を、びょおと冷たい雪風が吹き荒れる。静寂は一瞬で消え去った。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。突然の惨事に何もできないわたし。カイ様が突きつける真実に、ただ驚くことしかできなくて。駆け付けたジークヴァルト様も加わり、事態は思わぬ方向へ!? この先、一体どうなちゃうの~⁉
次回、2章第18話「龍の烙印」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




