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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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17-6

     ◇

 グレーデン家をお(いとま)するために、リーゼロッテ一行は静かな廊下を進んでいた。屋敷のメイドを先頭に、その後ろをエラとリーゼロッテがついて行く。カイはその背を追うように、少し距離を置いて歩いていた。


(カイ様は無事に任務を遂行(すいこう)できたのかしら……)


 ちらりと見やる限りでは、カイはどことなく考え込んでいるようだった。だが、これ以上は自分が立ち入るべきではないだろう。そう思って、リーゼロッテは歩く先へと意識を向けた。


 それにしても、空気の流れが感じられない屋敷だ。自分たち以外、人の気配がまるでしない。もし、時が止まったとしたら、こんな感覚に見舞われるのではないだろうか? そんなことを思わせるほど、グレーデン家は静寂に満ちている。


(ここはなんて寒いのかしら)


 先ほど会ったウルリーケを思い出し、リーゼロッテはひとりそんなことを思った。


 しばらく進むと、長く一直線に伸びる廊下へと出た。その廊下は片側がすべてガラス戸になっていて、雪が降り積もる一面の庭が目に飛び込んでくる。


 誰一人として踏み荒らすことのない、白一色の美しい庭だ。目の前に広がった突然の銀世界に、リーゼロッテは目を奪われた。

 しんしんと雪が降り積もるうつくしい庭園。風はなく、ただ雪は静かに舞い落ちる。


 その幻想的な風景に、リーゼロッテはいつの間にかその足を止めていた。


「リーゼロッテお嬢様?」

 振り返ったエラが、少し困ったように声をかけてくる。


「ごめんなさい。庭が美しくて、目を奪われてしまったわ」

 そう言って、リーゼロッテはエラの近くまで歩を進めた。それを見て取り、エラも再び歩き出す。


 長い廊下を半分ほど行き過ぎたとき、リーゼロッテはもう一度、ガラス戸の外に目を向けた。この純白のさびしい静かな庭は、春の雪解けを迎えたときに、色とりどりの花々が美しく咲き乱れてくれるのだろうか。


 ウルリーケのためにも、そうであってほしい。

 陰ってきた雪景色と、ガラス戸に映る自分の姿を、リーゼロッテはただ静かに見つめた。


『リーゼロッテ! 気をつけて!』


 突如、切羽(せっぱ)()まったジークハルトの声が響く。不自然に切られたマイクのように、その語尾が耳障(みみざわ)りにぶつりと途切れた。


 はっと、顔を上げる。

 ガラス戸の外に広がる雪景色。そこに映る自分の姿。そして、その自分の背後に、長い髪をした美しい女がひとり――


 ガラスに映った女と目が合った。肩の出た深紅のドレス。喉元(のどもと)には紅玉(こうぎょく)のブローチ。妖しくきらめく目を細め、紅の引かれた唇が形よくにいっと()を描く。


 瞬時に(あわ)立った全身に、反射的に後ろを振り向いた。

 誰もいない、寒々とした廊下の壁だけが目に入る。


 その瞬間、背にしたガラス戸一面が、大音響を立てて一斉に砕け散った。同時に、身に着けていた守り石の数々が、水風船が破裂するかのごとくに、ひとつ残らず弾け飛ぶ。

 リーゼロッテは悲鳴を上げて、崩れるようにその場にうずくまった。


 さえぎるものが無くなった長い廊下を、びょおと冷たい雪風が吹き荒れる。静寂は一瞬で消え去った。


【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。突然の惨事に何もできないわたし。カイ様が突きつける真実に、ただ驚くことしかできなくて。駆け付けたジークヴァルト様も加わり、事態は思わぬ方向へ!? この先、一体どうなちゃうの~⁉

 次回、2章第18話「龍の烙印」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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