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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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16-5

     ◇

「よい、顔を上げよ」


 ディートリヒ王の重く響く声に、カイは(ひざまず)いたままの姿勢で顔を上げた。視線の先の玉座には、ひじ掛けに頬杖をついたディートリヒ王がいる。その隣に鎮座する王妃のための座には、今、イジドーラの姿はない。


「文書での報告が叶わなかったため、このように急遽お時間をいただきましたこと、お詫び申し上げます」

「龍とはきまぐれなもの。よい、申してみよ」


 人払いがされた静かな空間に、王の重い声が響く。貴族が王と謁見(えっけん)するための場所であるこの玉座の間には、カイとディートリヒ王のふたりきりだ。必要以上に感じる重圧に、カイは(おのれ)(ふる)い立たせて口を開いた。


「託宣の書庫にて確認しましたところ、『ルィンの名を受けしこの者、イオを冠する王をただひとり癒す者』との記述がみつかりました。ハインリヒ様の託宣のお相手は、確かに存在するようです」


『イオ』とはハインリヒが受けた託宣名だ。この『イオを冠する王』とは、未来のハインリヒに他ならない。ルインの託宣名を受けたその者こそが、ハインリヒの対の相手ということになる。


「ですが」と続けたカイは、王の視線の圧に耐えきれずに思わず目を伏せてしまう。いつも平然とその隣に立つイジドーラは、やはりすごいとしか言いようがない。


「その託宣を受けた人物が誰なのか、書庫でも知ることは叶いませんでした」


 それはまるで龍の意思のように。そう言おうとしてカイは口をつぐんだ。言葉にできないということは、龍が目隠しをしているという証だ。


(龍は明らかに、ハインリヒ様の託宣の相手を隠そうとしている)


 ここまでくると、託宣が消えたのは龍の仕業としか思えない。だがどうして? 託宣を(たが)えることはこの国では最大の禁忌(きんき)だ。そうさせてきたのは、他でもない龍自身だというのに。


(龍はこの国を()(かぎ)ろうとしているのか……)

 さすがにその言葉を口にしようとは思わなかったカイは、無言のままでいる王をゆっくりと見上げた。


「そして今回、新たな託宣がふたつ見つかりました。王家が、そしておそらく、神殿も把握(はあく)していない託宣だと思われます」

「その内容とは?」

「ひとつは『リシルの名を受けしこの者、異形の者に命奪われし定め』と」

「異形に命奪われし定め、か」


 カイは無言で(こうべ)()れた。龍が落とす託宣にしては物騒(ぶっそう)すぎる。カイが知る中でも、こんな内容の託宣は今まで他に見たことがない。


「して、もうひとつとは?」

「はい、もうひとつの託宣とは……」


 口を開きかけて、カイはぎゅっと眉根をよせた。王の前でする行為ではないが、カイにはそうする以外できなかった。


「目隠しか。言えぬのならば言わずともよい」


「……もう一点だけご報告が。書庫での記録と、王家が把握している託宣の数が、一致しない年が確認できました。八百十三年にひとつと、八百十五年にふたつ、我々が知らない託宣が降りた形跡があります」


 今回新たに見つかったふたつの託宣と、ハインリヒと対をなす託宣、それらがその各年に降りたというのなら数が合う。


「ですが、ハインリヒ様のお相手を含めて、どの託宣がいずれの年に降りたのかまでは、調べることは叶いませんでした」

「そうか」


 ディートリヒ王は静かに立ち上がる。もう聞くことはないとの意思表示に、カイは開きかけていたその口を閉じた。ルチアの存在を報告しようと思っていたが、まだ確定ではないため、もう少し情報を集めてからでもいいだろう。


「王妃には()から話しておく。王太子にはそなたから報告するがよい」

「ディートリヒ王……! 最後にひとつだけお聞かせください」


 そのまま去ろうとする王の背に、思わずカイは言葉を発した。


「……申してみよ」


 (わず)かに振り返り、ディートリヒ王はカイを見下ろした。吸い寄せられるようにカイの視線が、王の金色の瞳に縫いつけられる。


「王は、すべてを知っておられるのではありませんか?」

「なぜそう思う」

「王は、どうしてそう平然としておられるのでしょう。ハインリヒ様のお相手が見つからない現状は、国として最も憂慮(ゆうりょ)すべき事態だというのは、王がいちばん理解しておいででしょうに」


 ハインリヒの託宣が守られないということは、この国が破滅(はめつ)を迎えると言うことだ。建国以来、龍の託宣が守られなかったことは一度もない。

 神殿をはじめ、この国の成り立ちを知る誰もが、右往左往している前代未聞(ぜんだいみもん)の事態に、ディートリヒ王だけが悠然(ゆうぜん)とした態度を貫いている。


「……すべては龍の(おぼ)()しだ」


 静かに言い残すと、ディートリヒ王はマントを(ひるがえ)してカイに背を向けた。息が詰まるような静寂の中、カイは頭を垂れてその背をただ見送った。


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