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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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16-4

「はて、怠慢と言われましても、この書庫に入れるのは時の神官長のみ。しかも、新たな託宣が降りたときのみ開放されると聞いております。今回は、特例中の特例ですよ」


 そんなことは言われなくとも分かっている。カイは(はばか)りもせず大きく舌打ちをすると、棚から百年分の冊子をすべて引き抜き、()造作(ぞうさ)に床の上にぶちまけた。

 次いで、山積みになった冊子の前にどっかとあぐらをかくと、一冊一冊を手に取ってはページを(めく)っていく。


「おやおや、乱暴な」


 レミュリオは見えずとも状況を察したのか、そんなことを口にする。だがそれ以上は何も言う気はないようだ。そうできるということは、龍がその行為を容認しているという(あかし)なのだ。


 カイは一冊一冊を素早く確かめながら、振り分けるように背後の床へと移動させた。冊子の中に、ハインリヒやジークヴァルト、リーゼロッテの物もあったが、とりあえず年ごとに振り分けることだけに注視する。


 その振り分けられた小山がいくつもできたころ、カイはある一冊(いっさつ)で手を止めた。


(これは……託宣者の名前が()鮮明(せんめい)だな。故意(こい)に消されたのか? しかも託宣が降りた時期も分からない……)


 山積みの冊子がほぼ振り分けられようとする頃には、似たような不鮮明な冊子がもう二冊(にさつ)出てきた。


 最後の一冊となったとき、手にした冊子を開いたカイが、一瞬だけ固まった。

 カイ・デルプフェルト――自身(じしん)()(しる)された冊子を前に、カイの表情がわずかにゆがむ。


「……最後の最後で出てくるあたり、龍って絶対性格悪いよな」


 そうひとりごちると、その冊子を後ろ手に小山のひとつに振り分け、()けてあった三冊(さんさつ)を改めてその手に取った。


(この三冊……時期、託宣者名ともに記載が薄れている。しかも一冊は、ハインリヒ様の対の託宣を受けた者だ)


 すべての冊子には、託宣が下りた時期、すなわちその者が誕生した日付が記載されており、名前と託宣名、託宣の内容、託宣を受けた証である龍のあざの形が記されていた。


 龍のあざはそれぞれ形が異なっているが、対の託宣を受けた者同士は、(かがみ)(うつ)しの形を取っている。手にした冊子のひとつに記されているのは、確かにハインリヒの左手の甲に刻まれたあざを鏡で映した物だ。


(『ルィンの名を受けしこの者、イオを(かん)する王をただひとり(いや)す者』か……)


 ここに記されている名前、せめて託宣が下りた日付だけでも分かれば、ハインリヒの託宣の相手はすぐにでも探し出せるだろう。カイはページをすかしてみたり、(なな)めから(のぞ)いてみたりと、なんとか薄れた文字が読み取れないかいろいろとやってみた。


「くそ、見えやしねぇ」


 諦めて、他の二冊を手に取る。こちらも同様に、託宣を受けた者の名前と日付が薄れていて、まるで読み取ることができない。


(なんだ、この託宣は……?)


 二冊を同時に開いて確認していたカイははっと息をのんだ。


(こっちは『リシルの名を受けしこの者、異形の者に(いのち)(うば)われし(さだ)め』?  もうひとつは「オーンの名を受けしこの者、ラスの(つい)となる……」)


「星に()とす者」


 無意識に続きを声にしたカイに、レミュリオが(いぶか)()な顔を向けた。


(……星に、堕とす者)


 自分の中に落とし込めるように、もう一度その言葉を胸中でつぶやくと、カイは驚き顔から一転、突如(とつじょ)、大声をあげて笑いはじめた。


「はっはは、ははは……!  ほし、に、おとすものっ、ははっほしにっ、おとっすっははっははははははは……っ!」


 壊れたおもちゃのように笑い続けるカイを前に、レミュリオが困惑顔となる。


 まなじりに涙をためて笑い続けながら、カイは立ち上がって床に積まれた冊子を手際(てぎわ)よく棚の中へと戻していった。()造作(ぞうさ)に積み上げられていたかのように思われた冊子は、年代ごとに順番に並べなおされていく。


 最後の一冊を差し込んだその直後、前触れなく棚の上から一つの冊子が落ちてきた。一瞬()(がま)えたカイだったが、床に落ちたそれを無言で拾い上げ、なんとはなしに開いてみる。

 それは年代と数字だけが並べられている、今までの冊子とは異なるものだった。笑うのをやめたカイは、再び真剣な表情となる。


(これは、その年に降りた託宣の数か……?)


 年によって数字が異なり、何もない年もある。カイは自身が記憶している各年に降りた託宣の数と、そこに記載されている数字と照らし合わせてみた。


(数が合わないのは八百十三年と、八百十五年……)


 その答えに行きつくと、カイはその冊子を乱暴に棚に戻し、部屋の出口へと向かった。


「おや? もうよろしいのですか?」


 壁にもたれかかったままのレミュリオの脇を素通りして、カイは足早に神殿の出口を目指し去っていく。


「せっかちな方だ。もうしばし、この空気に触れていたかったのですがね」


 残念そうに姿勢を正すと、レミュリオは静かに扉をくぐった。数歩出て振り返る頃には、書庫の扉はひとりでに閉じていく。薄暗い廊下は再び重い沈黙に閉ざされた。


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