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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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16-3

 地下の奥まった薄暗い廊下の突き当りに、その部屋はあった。過去に降りた龍の託宣の記録がすべて眠るこの部屋は、(つね)ならば、新たな託宣が下りたその時にのみ開かれる。今回は王太子の申請により、王と神殿が双方許可したという形だ。


 鍵穴どころかドアノブすら見当たらない扉の前で、レミュリオはしみひとつないその手をゆっくりとかざした。手のひらがわずかに青銀色に輝くと、それに反応したかのように、目の前の扉はひとりでに開いていく。


 ここ十年以上、龍から託宣は降りていない。だが、開け放たれた部屋の中は清々(すがすが)しいといえるほどの空気感だ。


「時間は正午まで。記録は持ち出すことも書き写すことも厳禁です。それ以外はどうぞご随意(ずいい)に」


 道を譲るように一歩退(しりぞ)いたレミュリオの脇を抜け、カイはその書庫へと足を踏み入れる。(ただよ)清廉(せいれん)な気に、カイの顔は無意識にしかめられた。


「ああ、ここは青龍の気で満ちている……」


 後から入ってきたレミュリオが、瞳を閉じたまま感嘆混じりに部屋を見回した。書庫の風景は見えずとも、その気の流れは把握できるのだろう。


「本来なら、監視などなくてもよいのですがね。上が黙っていないもので、どうかご容赦を」


 邪魔にならないように壁際に移動したレミュリオは、書庫の(まと)う空気に身を任せるかのように、リラックスした様子で壁にもたれかかった。これ以上は会話をする気もないようだ。


 そんなレミュリオには目をくれず、カイは膨大な書物が眠る(たな)の前と移動した。


 レミュリオの言う通り、監視がいようといまいとカイの行動は制限される。ここに記されている情報を、書き写すことも持ち出すことも、龍が許すことはないからだ。カイにできることといえば、この膨大な量の記録から必要な情報を探し出し、それを頭の中に叩き込むだけだ。


(建国からの記録がすべて眠っているのか)


 カイはここ何年もの間、託宣にまつわる情報を集め続けてきた。そうは言っても高々(たかだか)ここ四・五十年の間の物だ。今、目の前にあるのは八百年以上の記録である。それに、昔は降りる託宣の数は、今よりもはるかに多かったと聞く。


 好奇心から中でも一番古そうな冊子を手に取る。時間がないのは分かっているが、二度とこんな機会はやってこないだろうことを考えると、その誘惑には勝てなかった。


(始まりの託宣……字体が古くて解読は困難か……)


 悠久(ゆうきゅう)の時を経てきたその古びた冊子(さっし)は、思いのほか丈夫なものだったが、ミミズがのたうち回ったような文字が、難解な言い回しで(つづ)られている。時間をかければどうにかなりそうな気もするが、今はそんな余裕があるはずもない。


 諦めてそれを棚に戻したカイは、下段の(はし)に置かれた一番新しそうな冊子を手に取った。


 ハインリヒの受けた託宣は、今から二年後に王位を継ぐというものだ。この国の王は、その次の託宣を受けた子を(さず)かった時点で、代替わりすることとなっている。


 現王であるディートリヒも、前王妃セレスティーヌとの間にハインリヒを授かった段階で王位を継いだ。それは龍が定めたことであり、この国の王は代々それに従ってきた。


 ハインリヒの託宣の相手の条件は、二年後にハインリヒの子を宿すことが可能な女性、かつ、その身に王家の血をひく者だ。


 その条件に当てはまる女性は、貴族だけでもかなりの人数がいる。未婚・既婚・未亡人問わず、その中に託宣を受けた証である龍のあざを持つ者がいないか、王家と神殿はあの手この手で調べつくしてきた。


 この国において婚姻は、十五歳の成人を迎えた年から許される。二年後にハインリヒと婚姻可能な、現時点で十三歳以上の女性を、カイはここ数年くまなく(さぐ)ってきた。


 だが、そのただひとりを探すのは困難を極めた。しかも、貴族の中で該当する者はいないときたから、あとは市井(しせい)(まぎ)れた貴族の()とし(だね)を探すよりほかはない。しかもそう方向転換したのは、ほんの数年前の話だ。


(鳥が運んで芽吹(めぶ)いた種を、森の中で探しまわるようなものだ)


 そうは思ってもやらないことには先に進めない。そもそも降りた託宣に漏れがあるなど、あってはならないことなのだ。王家と神殿で何重にもチェックが入る最重要事項のはずなのに、なぜそうなってしまったかも曖昧(あいまい)なまま、今に至っていた。


(とりあえず、最新の記録から辿(たど)っていくか……)


 カイが知る限り、最後に降りた託宣は、リーゼロッテが受けたものだ。

 手に取った冊子をぱらぱらとめくりながら、カイはその眉間にしわを寄せた。無言でそれを戻すと、その隣の冊子を引き抜いていく。


 一つの冊子はそれほど厚くなく、ひとりの人間に降りた託宣の内容を記しているようだった。製本はしっかりしているものの、()表紙(びょうし)はおろか表紙にも何の記載もない、ただ青い無地の上質な厚紙(あつがみ)で閉じられている。中を開いて確認しないことには、いつ(ごろ)誰に降りた託宣なのか分からないものとなっていた。


「……なんだよ、これ」

 無意識にカイの口からそんな言葉がもれる。


「ねえ、レミュリオ殿。コレ、なんでこんなにバラバラに並んでるの?」


 (いら)()ちを隠しもせず、カイは後ろにいるレミュリオに問いかけた。


「バラバラ、と申しますと?」

「冊子の並びが年代を無視して無茶苦茶なんだけど。これ管理の怠慢(たいまん)なんじゃない?」


 見ると順番がバラバラになっているのは、ここ百年くらいの冊子のようだ。それ以前はきちんと託宣が下りた順序で並べられているようだった。

 百年の間で降りた託宣となると、それなりの数がある。これを順に並べなおすだけでも骨が折れそうだ。


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