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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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16-2

     ◇

 さかのぼってその日の早朝、カイは神殿の長い廊下の先の、奥まった部屋へと通されていた。


 そこで待っていたのは、ひとりの若い神官だった。白銀の長い髪をしたその神官は、美女と言っても差し支えないほどの容姿を備えた男だ。閉じられたままの両眼が開かれることはなく、彼の瞳は光を失っているだろうことがうかがえる。


 案内を務めた別の老齢の神官は、カイをそこまで送り届けると、言葉を交わすこともなくそそくさとこの場を退場していった。残されたふたりは対峙(たいじ)したまま、しばし部屋の中に沈黙がおりる。


「……まさかレミュリオ殿が来られるとはね。神殿はオレを買いかぶりすぎのようだ」


 その静寂を破ったのはカイだった。探るようなその声音(こわね)に、神官は静かに笑みを作った。


「みな、あなたをどう扱っていいのか、判断に困っているのですよ。わたしのように使えない人間をよこすのがいい証拠です」

「はは、使えないだなんて謙遜(けんそん)もすぎるんじゃない?  レミュリオ殿が次期神官長候補ってことくらい、このオレの耳にも届いているよ」

「根の葉もない(うわさ)ですよ。カイ・デルプフェルト様ともあろう方が、そのような()迷言(まいごと)に惑わされるとは思えませんが」

「世迷言、ね」


 カイが胡散(うさん)(くさ)そうに見やると、レミュリオはうすく口元に笑みを浮かべながら、迷いのない足取りで扉へと向かった。


「このような早朝をご指定なさったのは、時間が惜しいからでしょう?  早速、託宣の書庫へとご案内します」


 そこに異論も反論もなかったカイは、レミュリオの後をおとなしくついていった。レミュリオは瞳を閉じたままの状態で、なんの戸惑いもなく廊下を進んで行く。


「……レミュリオ殿は、実は見えてるんじゃない?」

「だったらいいのですが。ここでの生活も長いですし、勝手知ったる、というやつですよ」


 気を悪くしたそぶりもみせず、レミュリオは歩を(ゆる)めることなく静かに答えた。


「それに人間、ひとつのものを失うと、他の感覚が研ぎ澄まされるようになるものです。人の体とは面白いものですね」


 そう言ってレミュリオは、すれ違った神官に道を譲るように廊下の端へと移動した。その神官はカイの姿を認めると、驚いたようにそそくさと走り去っていく。

 それを気に留めるでもなく「なるほど。人一倍他人の気配に敏感ってわけか」と、カイはレミュリオの背にむかってつぶやいた。


「もっとも、あなたのように気配を隠すのがうまい人間相手では、なにかと苦労しますがね」


 その言葉の直後、立ち止まって振り返ったレミュリオの顔面(がんめん)目がけて、カイは素早く(こぶし)を繰り出した。(かざ)()(おん)を立てたその拳は、その端正な顔の(すん)でで止められる。


「……無駄な殺生(せっしょう)は感心しませんね」


 身じろぎひとつしなかったレミュリオの声が、静かな廊下に響く。カイは拳を開くと、閉じ込めていた羽虫(はむし)を一匹、その手のひらから解放した。弱々しい軌道(きどう)(えが)きながら、羽虫は肌寒い廊下の奥へと飛んでいく。


「おや? カイ・デルプフェルト様は、思いのほか慈悲(じひ)(ぶか)いお方のようですね」

「どうせ冬を()せない(いのち)だ。オレがどうしようと結末(けつまつ)は変わらないよ」


 その返答に口元に笑みを作ったレミュリオは、再び長い廊下を歩き始める。その後は会話も(はず)まないまま、目的の扉の前と到着した。


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