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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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15-6

(あった、クラッセン侯爵家。当たり前だけどアンネマリーも赤ん坊ね)


 若いトビアスとジルケの絵姿の下に、アンネマリーが描かれている。何となくアンネマリーが生まれた年と翌年の絵姿を見比べてみた。


(ふふ、アンネマリーは赤ん坊の時から髪がふさふさだわ。ふわふわの髪は赤ちゃんの頃から変わらないのね)


 アンネマリーの亜麻色(あまいろ)の髪はふわっふわで、触れるととてもやわらかな手触りだ。ハグし合ってその髪に顔をうずめると、とても気持ちがいいのだ。


(でも特に変わったところはなさそうね)


 リーゼロッテはカイの手伝いのために名鑑を見ていることを思い出して、改めて先頭のページへ移動した。貴族名鑑は爵位の高い家から記載されているようだ。何ページかまくって、リーゼロッテはある公爵家のページで手を止めた。


(ザイデル公爵家……あ、王妃様のご実家だわ)


 一年違いの名鑑を見比べると、その一年で当主が代替わりしたようだ。しかしそれは父から子ではなく、兄から弟への代替わりだった。(あと)()りのいない当主が亡くなった場合、その兄弟に爵位が譲られるのはよくあることだ。


(あれ? でも、お兄さんの方は亡くなったわけではないみたい)


 前年にザイデル公爵であった兄の名は、翌年の年鑑では二重線が引かれている。亡くなった場合かっこでくくられると、カイには説明を受けたはずだ。


「あの、カイ様……こちらの方はなぜ二重線が引かれているのでしょうか?」


 ぱっと顔を上げたカイが、リーゼロッテの見ているページをみやって「ああ」と言った。


「その人は貴族を除籍(じょせき)になったんだ。国家(こっか)転覆(てんぷく)(たくら)んでね」

「え!?」


 不穏(ふおん)なことをさらっと言われて、リーゼロッテは言葉を失った。王妃の実家がそんなことをしでかしたなど、聞いた事もない。


「イジドーラ様は無関係だよ。今のザイデル公爵もね」

 カイはそれだけ言って、再び自分の作業に戻ってしまった。


 王家への反逆(はんぎゃく)とあらば、本来ならザイデル公爵家は取りつぶしの運命だった。だが、当時、イジドーラはセレスティーヌ王妃のそばにずっといた。王妃(みずか)らイジドーラの身の潔白(けっぱく)を証明し、罪を問われることは(まぬが)れたのだ。


 現ザイデル公爵であるゲルハルトも、野心を持つ兄とそりが合わず、十年以上ザイデル家から出奔(しゅっぽん)していた状態だったため、共謀(きょうぼう)の罪に問われることはなかった。ディートリヒ王の慈悲(じひ)もあり、ザイデル公爵家は取りつぶされることなく、弟のゲルハルトを当主に()えて存続の危機を(まぬが)れた。


 その後にセレスティーヌがみまかられ、さらに数年後にイジドーラが(のち)()えとしてディートリヒ王に輿(こし)()れをした。

 ディートリヒ王がイジドーラを王妃として迎え入れたため、今ではザイデル家の謀反(むほん)の話題を表立って出す者は皆無(かいむ)だ。その腹の中で一物(いちもつ)を抱える者がいたとしても。


 そんな内情であるのだが、詳しいことを聞ける雰囲気でもなく、また聞こうとも思わなかったリーゼロッテは再び名鑑に目を落とした。カイのように素早くはできないが、ゆっくりと指で辿(たど)りながらひとつひとつ違いを確かめていく。


 ふとアンネマリーの生まれ年の年鑑のとあるページで、リーゼロッテはふと違和感を覚えた。


(あ、ここ、黒く塗りつぶされてる)

 翌年の同じページにはその黒塗りは存在せず、ただの空白となっている。


「書き間違いを塗りつぶしただけなのかしら……」

 独り言のようにつぶやくと、それに反応したカイがその年鑑をチラ見した。


「……それは間違いなんかじゃないよ。そこには確かに貴族のひとりが記載(きさい)されていた」

「ですが、翌年には何も……」


 亡くなったのならかっこがつくはずだし、除籍なら二重線が引かれるはずだ。疑問に思ってリーゼロッテは分からないというふうに首をかしげた。


「『いなかったこと』にされたんだ。その人物は、()()()()()()だから」

「星を……()とす者?」


 カイは名鑑を調べる手を完全に止めて、リーゼロッテを真っ直ぐに見た。そこにいつもの笑顔はない。


「龍の託宣を(はば)もうとする人間、その末路(まつろ)が星を堕とす者だよ」

「託宣を阻もうとする人間……?」


「その人物はセレスティーヌ王妃の命を(ねら)い、ハインリヒ様をも亡き者にしようとした。託宣を受けたハインリヒ様を害するということは、龍への冒涜(ぼうとく)を示す。龍の託宣が果たされることを阻止(そし)しようとする者は、何人(なんぴと)であっても龍による鉄槌(てっつい)を受け、禁忌(きんき)の罪を(おか)した者としてすべて星に()とされる」


 そう言うカイは声は、静かだが感情のこもらないものだった。


「……星に堕とされるとは、いったいどういうことなのですか?」

「龍により死が与えられ、禁忌(きんき)の異形の者となり果てるんだ。星を堕とす者は、今までリーゼロッテ嬢が()てきた異形たちとは次元(じげん)が違う。……出くわすようなことはないと思うけど、それだけは知っておいた方がいい」


 星を堕とす者とは、怨霊(おんりょう)のようなものだろうか。カイの説明にリーゼロッテは神妙(しんみょう)な顔で(うなず)いた。


 そんな様子のリーゼロッテに目を細めてから、カイは再び目の前の名鑑に目を落とした。それにしてもリーゼロッテは不思議な令嬢だ。いないよりはましかもしれない程度で連れてきたが、カイの指示通りのことをいともたやすくやってのけている。


 カイが普段(ふだん)相手にするご夫人たちなら、退屈(たいくつ)で五分ももたない作業だろう。それどころか年鑑を並べても違いがあるなど認識(にんしき)もできないに違いない。何しろ彼女たちが興味があるのは、下世話(げせわ)な噂話と自分を美しく()(かざ)ることだけだ。


 読み書きの教育を受けていても、淑女たちの大半は自分で物事を考えることをしない。そうする必要もないし、貴族女性はそうであることを求められる風潮(ふうちょう)がある。


 その点リーゼロッテは深窓(しんそう)の令嬢として育ち、確かに世間知らずではあるのに、どうしてだか頭の回転は悪くない。


(リーゼロッテ嬢の守護者は聖女と聞くし、その影響もあるのかもしれないな)


 聖女は叡智(えいち)と力を与える象徴(しょうちょう)だ。そんなことを思いながら、カイはとあるページの一か所で手を止めた。


(あった……! これだ!)

 カイはそこで求めていた答えかもしれないものをみつけた。


(スタン伯爵家……長女、アニータ・スタン……二十三歳で行方不明……ちょうどセレスティーヌ王妃が亡くなった年だな)


 カイが調べている貴族名鑑は、ルチアが生まれた年とその前後の物で、ちょうどリーゼロッテが見ているものの続きの名鑑だ。


「ごめん、リーゼロッテ嬢、そっちの名鑑貸してくれる?」

 そう言ってカイはすぐ二冊を自分の方に引き寄せた。同じページを開いて確かめる。


(アニータ・スタン……この二冊は普通に記載(きさい)があるか)


 リーゼロッテの生まれ年の翌年に、アニータは行方不明で死亡(あつか)いとなっている。その年はルチアが生まれる前の年だ。その記述(きじゅつ)にカイの頭が高速(こうそく)で回転し始める。


明確(めいかく)死因(しいん)はなく行方不明……妊娠から出産まで十月(とつき)十日(とうか)はかかる……)


 もしアニータが誰か上位貴族の子を宿し、子の命を守るために姿をくらませたと言うならば符合(ふごう)が合う。行方不明になった年に子を(はら)み、翌年に出産したのならばルチアが生まれた年となる。


(スタン伯爵家に王家の血筋は入っていない。それに当主(とうしゅ)不在(ふざい)で、何年か前に爵位が返上されたはずだ……)


 (あと)()ぐ血縁もいなかったため、その領地は今は王家の管理となっている。いずれ功績を(たたえ)えられた者へと爵位が与えられることもあるだろうが、今のところその話もなかった。


(アニータ・スタン……アニサ・S)


 ただの偶然かもしれないが、ルチアの母親の名前が偽名(ぎめい)とするなら、アニータがアニサである可能性はある。偽名を名乗る場合、本名と似通った名の方が、日常で不自然な反応をしないで済む。


(アニータ・スタン嬢が行方不明になる直前の動向(どうこう)を調べる必要があるな)


 その時期、彼女がどこで何をしていたのか。もしその場所で誰か貴族の影が()いだせるのなら、その人物がルチアの父親である可能性は高い。

 その上で、その人物が王家の血を引く者ならば、ルチアが龍の託宣を受けた可能性も出て来るのだ。


 二十三歳のアニータが行方不明になったとき、イジドーラは二十二歳だ。同じ年頃の令嬢ならば面識(めんしき)くらいはあったかもしれない。


(いや、駄目だ。その頃のイジドーラ様は、ザイデル家の謀反(むほん)とセレスティーヌ王妃の死で、まったく余裕がなかった時期だ。思い出させるようなことはしたくないし……ルイーズ殿なら知っているかもしれないな)


 イジドーラ付きの古参の女官を思い浮かべ、カイは急ぎ立ち上がった。どうせなら神殿の書庫に入る前に、確認しておきたい。


「ごめん、オレもう行かなくちゃ」

「え? 調べ物はもうよろしいのですか?」


 カイは貴族年鑑を手早く抱え上げて奥扉の棚に戻すと、ベッティに向かって手招きした。


「オレ、このまま帰るから、あとはうまくやっといて」

 それだけ言い残すとカイは、リーゼロッテに目もくれずに書庫を出て行ってしまった。

「承知いたしましたぁ」


 深々と頭を下げたベッティの横で、リーゼロッテは挨拶(あいさつ)する間もなくカイの背を見送った。


「きっとお忙しいのね」


 あの様子だとジークヴァルトにも何も言わずに帰っていったのかもしれない。アポなしでやってきたうえに勝手に帰ってしまうなど、貴族としては完全にアウトな行為(こうい)だ。

 もしカイを止めなかったことで怒られたりしたら、ベッティが可哀そうだ。そう思ってリーゼロッテは「わたくしからもジークヴァルト様にお話ししてみるわ」とベッティに微笑んだ。


 先ほどのカイの様子は、いつもの彼らしくなかった。


(星を堕とす者……)


 なんとなくその言葉が不吉なもののように感じられて、リーゼロッテは漠然(ばくぜん)とした不安を前に、胸元(むなもと)の守り石を無意識に握りしめた。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。過去の託宣の記録が眠る書庫へ行ったカイ様は、そこで王子殿下の託宣の相手の手がかりをみつけて!? そして、新たに見つかった託宣の意味とは……? カイ様の突きつける要求に、ジークヴァルト様はどう応えるのか!?

 次回、2章第16話「消えた託宣」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!


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