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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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12-5

     ◇

「クリスタ、待たせたね」

「あら、あなた。リーゼはどうなさったの?」


 貴族たちの合間を縫ってフーゴがクリスタたちの元へとやってきた。


「リーゼロッテはジークヴァルト様におまかせしてきたよ。婚約をお披露目するいい機会だからね」

「ふふ、そうね。ずっとジークヴァルト様との婚約は表に出せなかったものね。おかげでいろいろな噂話が飛び交っているようだし、これでリーゼへの求婚話も落ち着くといいのだけれど」


 ずっと幻の令嬢だったリーゼロッテは、昔から求婚が絶えないでいる。伯爵家と縁続きになりたい貴族から、噂の妖精姫を手に入れたい者までさまざまだったが、理由を出すことなく断ってきたため陰では悪く言われることも多くあった。何度断っても諦めない貴族もいて、逆恨み一歩手前な状態にもなっている。


「グレーデン様、妻についていただいてありがとうございました」

「ではわたしはジークヴァルト様のおそばに行かせてもらいます。さあ、エラ、あなたもだ」

「え?」


 クリスタがフーゴの横に立つのを確認すると、エーミールはエラの手を取った。エラのエスコート役のヨハンは驚いた顔をしている。


「え? ですが、エーミール様」


 戸惑うエラの腰に手をまわして、エーミールはダンスフロアの方向へと歩き始めた。エラはその手を振りほどくこともできずに、わずかに後ろを振り返った。ヨハンが大丈夫だと言うように笑顔を返す。申し訳ない気持ちになりながらも、エラはエーミールに従うしかなかった。


「ジークヴァルト様はおそらくダンスフロアだ。エラ、あなたもリーゼロッテ様が踊る姿を間近で見たいだろう?」

「え? はいっ! もちろんです!」


 エラは瞳を輝かせた。リーゼロッテの記念すべき初舞踏会だ。公爵と踊る様はきっと素晴らしいに違いない。その場面をこの目に焼き付けようとエラの足が自然と早くなる。


「その髪飾り、つけてきたのだな」

「あ、はい。このように素晴らしいもの、滅多につける機会はありませんから」


 エラの夜会巻きにされた髪には、貴族街でエーミールに買ってもらったエメラルドの髪飾りが輝いていた。リーゼロッテから贈られた緑のドレスとの相性も抜群で、今日のエラはどこからみても立派なご令嬢だ。


 エーミールにエスコートされている赤毛の令嬢に好奇の視線を向ける者も多かったが、エラの心はもうリーゼロッテの事でいっぱいだった。ダンスフロアに近づくと、ファーストダンスに続く二曲目のダンスがちょうど始まったところのようだ。


 探すまでもなくリーゼロッテの姿が視界に入る。フロアの中央付近でリーゼロッテは公爵と共に踊っていた。身長差を感じさせない息の合った優雅なダンスに、周囲にいたギャラリーはくぎ付けになっている。


「ああ、リーゼロッテお嬢様……」


 エラの口から感嘆のため息が漏れた。エラの目にはリーゼロッテにだけスポットライトが当たっているかのごとく映る。リーゼロッテの晴れ舞台をその目に焼き付けようと、瞬きもせずにふたりのダンスを目で追った。


 その様子にふっと笑ってから、エーミールもジークヴァルトへと視線を向けた。

 ジークヴァルトは滅多に舞踏会には参加しない。参加したとしてもダンスを踊ることはほとんどなかった。エーミールが覚えている限りでは、ジークヴァルトがデビューの時に母親であるディートリンデと踊って以来、誰とも踊っていないのではないだろうか。


「フーゲンベルク公爵様が踊るなんて前代未聞だわ」

「やはりダーミッシュ伯爵令嬢とのご婚約は本当だったのね。あの首飾りはどう見ても公爵様の瞳の色だもの」

「ダーミッシュ伯爵は妖精姫の求婚をことごとく断っていたそうだけど……公爵家からの申し入れでは拒否はできなかったのでしょうね」


 そこかしこでひそひそと噂話が繰り広げられている。その浮ついた様子に「くだらんな」とエーミールは鼻を鳴らした。


 そうこうしているうちに曲が終盤を迎え、二曲目のダンスも終わりを告げる。ダンスを終えて休憩に向かう者、他の相手にダンスを申し込む者、次のダンスに参加すべくやってきたカップルなど、ダンスフロアは入れ替わりが行われている。


 勇猛(ゆうもう)果敢(かかん)な紳士の幾人(いくにん)かが、次のダンスの相手にとリーゼロッテへと距離を詰めていく。しかし、ジークヴァルトがリーゼロッテの手を離さないまま、次の曲が流れ始めた。


「わたしたちも行こう」


 エラの返事を待たないまま、エーミールはダンスフロアに足を踏み入れた。


 慌てるエラの手を取って、流れる音楽に乗せて踊り始める。エラは社交界慣れしていないものの、リーゼロッテの手本となるべくダンスはほぼ完ぺきに極めていた。


 エーミールのリードもあって、ふたりはするするとフロアの中心へと滑り込んでいく。踊りながらジークヴァルトたちのいる方向を確かめ、エーミールは少しずつ距離を詰めていった。エーミールの意図が分かったのか、エラもその動きに合わせてくるので、曲の序盤でジークヴァルトの近くまで来ることができた。


 夜会など大勢の人間が集まる場所には、異形の者も寄ってくる。中には異形に憑かれている者までいたりするので、エーミールはジークヴァルトの身が心配だった。それでなくとも、ジークヴァルトは異形に好かれるリーゼロッテとともにいるのだ。


 案の定、ふたりの周りには異形の者が常よりも集まっていた。ジークヴァルトもリーゼロッテを守りつつ、踊りにくそうな様子だ。


 エーミールは周りの異形たちを祓いつつ、さらにジークヴァルトたちの近くのポジションを取った。急な進路変更に、エラはバランスを崩しつつも何とかついて来る。


「悪いが少しつきあってくれ」


 何に、とは言わずにエーミールは異形たちの動きを追うようにステップを踏んだ。異形の姿が視えないエラは、予測がつかないエーミールの動きについていくのがやっとのようだ。


 エラは戸惑ったようにエーミールの顔を見上げたが、その視線は近くで踊るジークヴァルトとリーゼロッテに向けられている。エーミールの意図が分からない。だが、その動きに何か意味があるのだろうと、エラは何も問わずにダンスを続けた。


(本当によくできた女性だな)


 エラはいつも、一を見てこちらの意図を十まで察する。余計な詮索はしてこないし、どうやら身体能力も高いようだ。女性をリードするというには乱暴すぎる無茶な動きにも、エラは難なくついてくる。


 エーミールはエラの手を握る手にぐっと力を込めて、エラの体を自分の方へ引きよせた。そのまま異形の吹き溜まりへと大きくステップを踏み込んでいく。


「――……っ!」


 さすがのエラも驚いたように足をもつれさせた。バランスを崩しかけたエラを支えながら、異形へ力を放つ。しかし、それが届く前に異形たちは距離を取るようにさっと引いていった。


「はっ、あなたはすごいな」


 無知なる者であるエラが近づくと、異形たちは追われた羊の群れのごとく逃げ去っていく。その様子に半ば呆れながら、エーミールはジークヴァルトの周りにいる異形たちを少しずつ遠ざけていった。


 エラは訳も分からぬまま、エーミールの動きに翻弄され続けたのだった。

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