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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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12-4

     ◇

 王族への挨拶を終え、リーゼロッテはフーゴと共にダンスフロアの方へと移動していた。続く二家の挨拶が終われば、そのままファーストダンスが行われる。

 ほっと息をつきつつも、キュプカー侯爵の名が呼ばれそちらへと視線を向けた。


「ブルーノ・キュプカー侯爵、ヤスミン・キュプカー侯爵令嬢、ご登場!」


 キュプカー侯爵は騎士団の近衛第一隊隊長で、ジークヴァルトの上司に当たる人物だ。リーゼロッテも王城で幾度か話す機会があった。


(ヤスミン様、とってもお綺麗)


 王妃のお茶会でたまたま隣り合わせに座った令嬢ヤスミンは、キュプカー隊長の娘だった。(はしばみ)色の瞳がとてもよく似た父娘(おやこ)だ。お茶会に参加していた令嬢は他にもたくさんいたのに、縁とは不思議なものである。


(思えばあのお茶会がすべての始まりだったわ……)


 あの日、王城に行かなければ、異形の者に転ばされる日々が今も続いて、この白の夜会でも粗相(そそう)を働いていたかもしれない。


 ふと視線を感じてそちらへと顔を向ける。顔を上げた先、広い会場の向こうにいたジークヴァルトと目が合った。多くの貴族に囲まれているも、背の高いジークヴァルトは頭一つ分飛び出している。

 青い瞳がじっとこちらを見ている。自分から目をそらすのも失礼かと思い、リーゼロッテはそのまましばらくジークヴァルトへと顔を向けていた。


(何……この目をそらしたら負け、みたいな状況は)


 ジークヴァルトは一向に目をそらさない。リーゼロッテも今さら視線を外すこともできずに、かなり長い時間じっとジークヴァルトと見つめあっていた。


 不意にフーゴに名を呼ばれ、反射的にそちらを見やる。


「キュプカー侯爵様がこちらにいらっしゃる。ご挨拶に行こう」

「はい、お義父様」


 フーゴに続く前にリーゼロッテはもう一度ジークヴァルトの方を振り返った。ジークヴァルトは先ほどと変わらずこちらをじっと見ていた。


 そんなジークヴァルトに向けてリーゼロッテはふわりと淑女の礼を取る。その様子を見ていた貴族たちは、やはり二人の婚約説は濃厚なのだと色めき立った。

 その様子に気づくことなく、リーゼロッテはフーゴに連れられてキュプカー侯爵父娘がいる方へ歩き出した。


「これは、ダーミッシュ伯爵。お互いに良き日を迎えられよろこばしい限りです」

「ええ、本当に。キュプカー侯爵様には王城で娘と息子が大変お世話になりました。本来ならわたしが出向いてお礼を申し上げねばならないところ、ご挨拶が遅れ申し訳ありません」

「はは、わたしは大したことはしていませんよ。ご令息は優秀すぎてわたしも驚きました。彼が伯爵家の跡取(あとと)りでなかったら、騎士団か我が娘の婿(むこ)にきてもらいたいくらいです。それにダーミッシュ嬢には娘もお世話になったとか。ヤスミン、お前もご挨拶しなさい」


 隣にいたヤスミンがフーゴに礼を取る。


「ダーミッシュ伯爵様、お初にお目にかかります。キュプカー侯爵の娘、ヤスミンでございます。リーゼロッテ様には王妃殿下のお茶会でよくしていただきましたの。これからも仲良くしていただけるとうれしいですわ」


 リーゼロッテに微笑むとヤスミンは可愛らしく小首をかしげた。


「ヤスミン様にそう言っていただけてわたくしも光栄ですわ。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。キュプカー侯爵様には王城で本当によくしていただきました。たくさんのお心遣いに感謝いたします」

「いや、王城ではわたしも随分とおもしろいものを見させていただいた」


 その言葉にリーゼロッテの頬が朱に染まる。王城で毎日のように抱っこ輸送をされていたことだろうか。


「ああ、ダーミッシュ嬢のことではありませんよ。あのフーゲンベルク副隊長を骨抜きにするなど、前代(ぜんだい)未聞(みもん)の事でしたから」


 はははと笑いながらキュプカー侯爵は(はしばみ)(いろ)の瞳をキラリと光らせた。


「まあ、お父様。そのお話、あとで詳しく聞かせてくださいませ」

「いや、王城での、それも職務中の出来事はお前と言えど話せんな」

「まあ! いじわるですこと。いいですわ、わたくしリーゼロッテ様に直接お(うかが)いいたしますから」


 今度はヤスミンの瞳がキラリと光る。ヤスミンはおとなしそうな顔をして、その(じつ)妄想好きの令嬢なのだ。

 しかし、ヤスミンが期待するような話など何もない。興味(きょうみ)津々(しんしん)のヤスミンにリーゼロッテは曖昧(あいまい)な笑みを返した。


 ふと周りから不満を(はら)んだざわめきが聞こえ始める。キュプカー侯爵の挨拶が済み、最後の一家を残すのみだが、一向にその名が呼ばれない。今までのペースだったら、もうとうに呼ばれてしかるべき時間が経過していた。


「ああ、トビアス殿の到着が遅れているそうで……。なんでも隣国でまれに見る大雪が降ったらしく、帰国の途中で足止めを余儀(よぎ)なくされたようです。もう国内に入ったとの知らせはあったと聞きましたが、まだ王城に到着されていないのかもしれないですね」


 キュプカー侯爵が思い出したように言った。トビアスはこの国の外交を担うクラッセン侯爵である。アンネマリーの父親であり、リーゼロッテの伯父(おじ)に当たる人物だ。


 トビアスとはダーミッシュの屋敷で幾度か会ったことはあるが、いつも義父(ちち)や家令のダニエルと難しい話をしている印象しかない。リーゼロッテにとっては、ちょっと近寄りがたい親戚(しんせき)のおじさんといった存在だった。


 そのとき王のよく通る声が会場に響いた。


「みなの者。クラッセン侯爵は(ほど)なくして到着する。まずは、(しろ)貴族(きぞく)たちを歓迎しよう。さあ、(うたげ)の始まりだ」


 白き貴族とはデビュタントたちのことだ。デビューを果たす者たちはみな白を基調とした衣装を身に(まと)うため、その名がついたとされている。一目(ひとめ)見ればこの広い会場で誰がデビュタントなのか一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)となる便利なシステムだった。


 王の声と共にオーケストラの演奏が始まる。デビュタントたちはパートナーと共に、ダンスフロアで手を取りあった。


「リーゼロッテの記念すべき日だ。さあ、今夜はたのしもう」


 フーゴにやさしく言われ、リーゼロッテは頷きながら差し出されたその手を取った。他のデビュタントとぶつからないようにと、ふたりで周りと間隔を開けるように移動する。

 デビュタントたちの準備が整ったのを見計らうと、ゆるやかなメヌエットの演奏が始まった。超初心者向けの舞踏会の定番曲だ。


 出だしのステップのタイミングで一斉に動き出し、淑女たちのドレスが大輪の花ように花開く。ぎこちないデビュタントたちをリードする紳士・淑女はみな、どことなく楽し気だ。


 ダンスフロアを周りから眺めていた貴族たちは、つまずいたりパートナーの足を踏んだりするデビュタントたちをあたたかい目で見守っている。慣れない者同士がぶつかって、途中でダンスが滅茶苦茶になるのもご愛嬌だ。

 そんな中でもダンスがうまいデビュタントもいて、それはほぼと言っていいほど爵位の高い令息・令嬢だった。


 リーゼロッテは始めこそ緊張していたものの、ダンスを踊った回数ならば、領地でいつも練習相手を務めてくれたフーゴが(いち)()を争う。フーゴのリードが上手なのもあって、次第に足取りも軽く踊り始める。


 この場が初の舞踏会ということも忘れて、リーゼロッテはフーゴとともにくるくると踊った。たのしくてたのしくて仕方がない。


 最後のステップを優雅に決めて、リーゼロッテは上気した頬のまま動きを止めた。そのままフーゴの手を一歩離れ、向き合った状態でお互いに礼をする。


 わっと周囲から(かっ)さいが起きる。


「デビュタントといえど、伯爵家はさすが格が違うわね」

「ブラル嬢も見事だったが、やはりダーミッシュの妖精姫が今年一番だな」

「あら、キュプカー嬢もなかなか優雅でしたわ」


 さまざまな会話が飛び交う中、リーゼロッテはフーゴのエスコートでダンスフロアから出ようとした。しかし、行く先に人だかりができていてリーゼロッテは身をこわばらせた。

 若い貴族、それもほぼ男たちがリーゼロッテへと迫ってくる。全員がリーゼロッテにダンスを申し込もうと集まってきた紳士たちだ。


 しかし、紳士と呼ぶのははばかれるほど、鬼気迫るものを感じる。互いに牽制(けんせい)し合いながら、獲物(えもの)を狙うかの(ごと)くじりじりと周囲を包囲してくるのだ。しかもその人だかりの中に、ちらほらと異形の者も混ざっている。


「リーゼロッテは大人気だね」


 のほほんとした口調でフーゴが言った。リーゼロッテはどうしていいかわからず、涙目でフーゴの腕にしがみつく。


「大丈夫。心配はいらないよ」


 リーゼロッテにやさしく微笑むと、フーゴは目の前の貴族の()れに目をくれることなく、その先の人物に声をかけた。


「お待たせいたしました。フーゲンベルク公爵様」


 公爵の名に、紳士の皮をかぶった(おおかみ)たちは一斉に後ろを振り向いた。そこには無表情のジークヴァルトがたたずんでいる。

 無言のままジークヴァルトがすっと手を差し伸べると、ひいっという悲鳴と共に紳士たちが左右に割れた。一瞬で狼たちは、紳士の皮をかぶった羊と化す。


 割れてできた道をフーゴが当たり前のように進み出すと、リーゼロッテもこわごわとそれに続いた。ジークヴァルトの前まで来ると、フーゴは手に取っていたリーゼロッテの小さな手をジークヴァルトに託すように預けていく。


 軽く手を引かれ、気づくとリーゼロッテはジークヴァルトの腕の中にいた。エスコートされるこの姿勢も全く違和感がない。むしろほっとするような安心感があった。


「あとはよろしくお願いいたします」

「ああ、責任をもってタウンハウスに送り届けよう」


 それだけ言葉を交わすと、ジークヴァルトはリーゼロッテを連れてダンスフロアへと向かう。入れ替わりのようにフーゴはフロアから出ていった。


 その一部始終を見ていた羊たちが、手に手を取ってフロアに向かうふたりの後ろ姿を絶句したまま見送った。公爵相手に勝ち目などありはしない。完全敗北を悟り、涙目となる者多数であった。


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