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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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11-2

     ◇

「アンネマリー、今日はわざわざありがとう。また会えてうれしいわ」

 リーゼロッテは王城の客間で、アンネマリーを迎え入れていた。お茶会の夜から、半月ぶりの再会であった。


「リーゼは休んでいなくて大丈夫なの? 体調を崩したときいたわ」

「ええ、問題ないわ。大事を取って今日一日休ませてもらったのだけれど、正直やることもなくて退屈していたの」


 にっこり微笑むリーゼロッテの顔は、お茶会の時よりも少し青白かった。


「食欲はある? ちゃんと眠れているの?」

 心配そうにのぞき込むアンネマリーに、リーゼロッテは明るく返した。

「大丈夫よ。お城の食事はおいしいし、ついつい食べ過ぎてしまうくらい」


 明らかに強がっているのがわかって、アンネマリーはリーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。エラは何も言わなかったが、心配顔のまま後ろで控えている。


「それよりも、アンネマリーこそ困ったことはない? 王妃様から王女殿下の話し相手を務めるよう言われたと聞いたわ」

「ええ、わたしも急な話で驚いたのだけれど。ピッパ様はとても快活で素直な愛らしい王女殿下よ。王城にいて毎日楽しいわ」


 この国の王家はとても親しみやすく、仕える者にも悪どい人間はほとんどいなかった。アンネマリーは、王宮などは陰謀渦巻くドロドロとした世界で、決して近づくものではないと思っていたのだが。自国の王室はいたって平和な人間関係ばかりだった。


「それに、リーゼの言っていた通りね。ハインリヒ様にお会いしたのだけれど……とてもおやさしい方ね」

 頬を赤らめて、アンネマリーが恥ずかしそうに言った。

「まあ、王子殿下とお会いしたのね」


 アンネマリーが王妃の茶会でどうしてあれほど王子殿下を悪く言っていたのか、リーゼロッテは今でも不思議に思っていた。


「アンネマリーは、なぜ王子殿下のことを……あんなふうに誤解していたの……?」

「……わたくしの偏見がいけなかったの」

アンネマリーは気まずそうに答えた。


「わたくし、隣国にいたときテレーズ様と懇意にさせていただいていたのだけれど……」

「テレーズ王女殿下ね。ブラオエルシュタインから隣国に輿入れされたのだったわね」

「ええ。それで、隣国の王室はそれこそ魑魅魍魎がいるような場所だったの。特に王族の男性は横柄で、女性を物としかみないような方ばかりだったのよ。国に戻って、王子殿下のお噂を聞いたとき、この国の王家の方々も同じなのだと勝手に思い込んでしまったの」

 アンネマリーは申し訳なさそうに続けた。


「テレーズ様はおやさしくて聡明な方だわ。ハインリヒ様はそんなテレーズ様の弟君であらせられるのに、勝手な妄想で貶めてしまうなんて……ひどい話よね」


 実のところアンネマリーは、隣国の王族に手籠めにされそうになったことがあった。幸いすぐに助けが入ったのだが、あの時のことを思い出すと今でも身震いしてしまう。


 テレーズの計らいもあって、逃げるように帰国した経緯もあった。その時の恐怖から、王族に対する不信感がどうしてもぬぐえなかった。王族には絶対に近づきたくない。そう強固に思わせるほどに。


 何かを察したリーゼロッテが、今度はアンネマリーをぎゅっと抱きしめた。

「ごめんなさい……何か辛いことを思い出させてしまったかしら」

「大丈夫よ。リーゼは心配性ね」

「まあ、その言葉、そのままそっくり返すわ、アンネマリー」

 ふたりは抱き合ったまま、くすくす笑いあった。


「そういえば、リーゼは公爵様とうまくいっているようね?」

 アンネマリーの言葉に、リーゼロッテは口ごもった。もしかして、あの抱っこ輸送がアンネマリーの耳にも届いているのだろうか?

 王妃様の近辺で噂にでもなっていたりしたらと思うと、恥ずかしすぎていたたまれない。


「なんでも夜遅くまで公爵様が、リーゼの客間の前でずっと警護なさっているそうじゃない」

「ジークヴァルト様がこの部屋の警護を?」

 アンネマリーの言葉は、リーゼロッテにとって寝耳に水の内容だった。


 王城だから、夜間でも警護の騎士はそれなりの数が配備されているだろう。リーゼロッテのいる客間の前にも、もしかしたら毎晩騎士が立っているのかもしれない。一人で出歩かないよう言われているので、夜の城の様子など知る由もないのだが。


「そうよ。王城勤めの女官の間では、その噂でもちきりよ。あの女性を寄せつけなかった公爵様が、婚約者のためにお心を砕いているって」


 朝は朝食が済んで、しばらくしてからジークヴァルトが迎えに来ていたし、帰りは夕方に客間まで送ってもらったあと、そのまま部屋を出ない生活が続いていた。ジークヴァルトはリーゼロッテを送り届けた後、王城内に用意された私室に帰っていたのだとばかり思っていたのだが。


「そのような話はジークヴァルト様から伺っていないのだけれど……」

 困惑したようにリーゼロッテが言うと、アンネマリーは反対に目を輝かせた。


「まあ、もしかしたらリーゼに心配をかけないよう、黙っていらっしゃるのかもしれないわね。夜勤に向かう女官や侍女からの目撃情報をたくさん聞くから、きっと間違いないわよ」

 ウィンクしながらアンネマリーにそう言われ、ジークヴァルトがわざわざそんなことをするだろうかとリーゼロッテは首をかしげた。


 ジークヴァルトの行動は、何の前触れもなく突拍子もないようなことばかりだ。はじめは、ただ単に、からかわれているのかと思ったが、冷静に考えると、それらの行動にはきちんと意味があったようにも思う。


 昨日の抱っこ輸送も、恥ずかしいからいやだと訴えたら、素直に降ろしてくれたではないか。結局はよくわからない理由で、再輸送されることになってしまったが、もしかしたら理不尽を強いる人ではないのかもしれない。


(ただ、口下手で、不器用な人なのかも?)


 そう思うと、少し苦手意識がなくなったように感じた。もう少し、ジークヴァルトとは会話をした方がいいのかもしれない。


(今日は一日会えないんだわ。……毎日会っていたから、なんだか変な感じ)


 明日になれば、また会える。そう思うのに、会えないとなると漠然と不安を感じた。


(吊り橋効果で、おかしくなってるのかしら……?)


 決してジークヴァルトが嫌いなわけではない。婚約者なのだから、好きになれればそれに越したことはないとも思う。

 しかし、リーゼロッテはこの感情に、名前をつけることはいまだできないでいた。

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