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次に予約している店があると言われて連れてこられたのは、高級サロンのようなカフェだった。こちらは店舗の貸し切りではなく、上階にある一室を予約したようだ。
少しほっとしてリーゼロッテは、案内係について店内を移動する。下の階にも客席があり、こちらは観葉植物やちょっとしたついたてで席と席が分けられていた。互いの会話が聞こえないような距離を保つためか、広い店内にはそれほど席数はないようだ。
通りすがりにおしゃべりに興じていたご夫人たちの視線が刺さる。はっきりとは聞こえはしないがさわさわと囁き合う声は、どうやらジークヴァルトと自分について話題にしているようだ。やましいことをしているわけではないが、何を言われているのだろうかとなんだか落ち着かない気分になってしまう。
しかし、リーゼロッテはジークヴァルトに恥はかかせてはいけないと、細心の注意を払って階段を一段一段踏みしめることに集中する。
上階の重厚な扉の部屋に案内されると、先に到着していたらしいエラとエーミールの姿が見えた。何か会話をしていたふたりは、リーゼロッテたちの姿を認めると座っていた椅子から立ち上がった。
エラの顔を見て、リーゼロッテはなんだかほっとした気分になる。エラも大事な主人の無事を確認すると同様の顔をした。見つめ合って微笑みあうふたりをよそに、エーミールはさほど心配していた様子もなく「大事はありませんでしたか?」とジークヴァルトに声をかけた。
「ああ、問題ない」
店員に促されて豪華なソファに腰かける際、エラの頭に輝く髪飾りが目に入った。見慣れないそれを認めて、エラとエーミールを交互にみやる。その視線に気づいてエラは頬を染めたが、エーミールはいつもの不遜な表情のままだ。
今はつっこんで聞いてほしくなさそうだ。エラにはあとでじっくり話を聞こうと、リーゼロッテは思わずにんまりとしてしまった。
「随分と楽しまれたようですね」
その様子を勘違いしたのか、エーミールがこころなしかうれしそうに言った。それでも鼻で嗤っているように見えるのは、もうそれが彼の癖なのだろう。そう思ってリーゼロッテはエーミールに曖昧な笑みを返した。
香しい紅茶と芸術的なケーキが運ばれてきて、リーゼロッテは瞳を輝かせた。ケーキは自分とエラの分だけだったが、遠慮なくいただくことにする。ひとまず紅茶を含んでほっと息をつくと、なんだか急に心地よい疲労感がやってきた。
「お嬢様、少しお疲れになられましたか?」
「いいえ、とても楽しかったから、あっという間に感じてしまったわ。わたくし、ジークヴァルト様に素敵なものをたくさん買っていただいたの。ヴァルト様、今日は本当にありがとうございます」
隣に座ったジークヴァルトを見上げると、ジークヴァルトは「ああ」とだけ言って、リーゼロッテの髪をするりと梳いた。それは公爵家にいるときと変わらないしぐさで、ここが個室でよかったと心から思ったリーゼロッテだ。
「それでエラたちはどこに行っていたの?」
「はい、はじめはエデラー家の店に顔を出したのですが、その後に以前お話した占いの店に行きまして……」
「え? エラは占ってもらったの?」
「はい、成り行きでそういうことに……」
「まあ……! 占い師はどんな方だったの? 噂通りに綺麗な方だった?」
思わず前のめりに聞いてしまう。
「ヴェールをかぶって顔を隠していましたが、本当に聖女のような雰囲気でしたね」
「まあ! それで、エラは何を占ってもらったの?」
「はい……それは、その……」
エラが言いにくそうにエーミールの方へと視線を向けた。
「あ、そうよね。言いづらいことなら無理にとは言わないわ」
「タウンハウスにもどってからでよろしければ……」
「そうね、あとでふたりきりの時にこっそり教えてね」
占いと言えば恋愛ごとだ。リーゼロッテの中ではそんな決めつけができあがっていたので、あっさりと頷いた。むしろあとでエラとコイバナができるとウキウキだ。
明らかに食いつきが違うリーゼロッテの様子をジークヴァルトが見逃すはずはない。
「ダーミッシュ嬢も占いを受けたいのか?」
「はい……一度でよいので本格的な占いを受けてみたいと、以前から思っておりました」
夢見るように語るリーゼロッテはどこか遠くに想いを馳せている様子に見えた。何しろ日本で生きていた頃から思っていたことだ。
「そうか」と言ってジークヴァルトがエーミールに視線を向ける。その視線を受けて、エーミールは神妙な顔つきで口を開いた。
「貴族街の東の外れにある店です。特に怪しい感じは受けませんでした」
付き人もフードで顔を隠していたが、あれは演出の類なのだろう。貴族街に店を構えているくらいなのだから、身元はしっかりしているはずだ。エーミールはそう結論づけてジークヴァルトに思ったままを報告した。
その言葉にもう一度「そうか」と言うと、ジークヴァルトはおもむろに立ち上がった。そのままリーゼロッテの手を取って軽く引く。強引ではないが拒否できる感じでもなく、リーゼロッテは気づくとソファから立ち上がらせられていた。
「ジークヴァルト様……?」
エスコートされるまま歩き出す。
「え? ジークヴァルト様??」
ケーキはまだ一口も食べていない上に、温かな紅茶も半分以上残っている。さすが高級カフェと言える上質な香りの物だ。こういったものは雰囲気込みで美味しいのだ。そう思って後ろを振り返りつつも、有無を言わさず部屋の出口へと向かわせられる。その後を当然とばかりにエラとエーミールがついて来ていた。
「またのお越しをお待ちしております」
カフェの店員もまた、平然と一行の後ろ姿を見送るのだった。




