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ジークヴァルトに連れられるまま店の中を進むと、無駄に大きなエントランスの先に幅広の階段が見えた。数段昇ると踊り場があり、そこを折り返した階段の先の二階に店舗が広がっていた。
「まあ……!」
ドレスやアクセサリー、靴、バッグなどが目に入る。それだけではなく、ぬいぐるみやインテリア系の小物、ステーショナリーグッズなど、左右の棚といくつかの島になった陳列台に、ぱっと見た感じだけでも女子の心をくすぐる品々が、上品にディスプレイされている。
(雑貨屋っていうより、高級なセレクトショップみたい……!)
日本での記憶がよみがえる。予算はないが見るだけなら無料だ。ウィンドウショッピングが好きで、何時間でもショッピングモール巡りをしていたことをリーゼロッテは思い出した。
店内に熱い視線を巡らせていると、ジークヴァルトがそっと背中に手を添えてくる。
「気に入ったものを好きなだけ選ぶといい」
「え……?」
ジークヴァルトを見上げて、もう一度店の中に視線を戻した。広い店内を見渡しても、自分たち以外に客の影はない。
(もしかして、店を貸し切ったのかしら……)
他の店の人の入りを見ると、一日店を閉めるだけでも損失は少なくないだろうことが伺える。しかし、少し離れた位置で店主のおじさんはニコニコと笑顔で立っている。これは店を貸切るにあたって、相当な額が支払われているに違いない。
「……ジークヴァルト様、もしかしてわたくしのために、この店を貸し切りにしてくださったのですか?」
「ああ」
(やっぱり! わたしのためだけに店を一軒貸し切るなんて……!)
庶民魂が荒ぶって、申し訳ない気持ちがこみあげてくる。しかし、ふとアデライーデの顔が脳裏をよぎり、リーゼロッテはギリギリのところで踏みとどまった。
(そうよ! ジークヴァルト様に恥をかかせてはいけないわ!)
婚約者のために店をまるっと貸し切るなど、貴族と言えどそうそうできることではない。店のおじさんも見ている手前、申し訳ないなどと口が裂けても言ってはダメだ。ジークヴァルトの婚約者として、ここは思い切り賞賛と感謝の意を伝えるべき場面なのだ。
そう思いなおしたリーゼロッテは、胸の前で祈るように組んだ手と頭を同じ角度で傾けた。そのままの姿勢で、隣に立つジークヴァルトの顔を上目遣いで覗き込む。リーゼロッテの思いつく限りのあざと可愛いポーズだ。
「マア! ナンテステキなのカシラ! とってもウレシイですワ、ジークヴァルト様!」
その体勢でしばらく青い瞳とじっと見つめあう。
(ちょっと……いえ、かなりわざとらしかったかしら)
作り笑顔のまま背中を冷や汗が伝う。もっと演技力を身につけなくては、恥をかくのはむしろ自分の方かもしれない。
「……ああ、時間はある。ゆっくりと選べばいい」
ようやくジークヴァルトが口を開いてくれた。ほっと息をつくと、リーゼロッテはわざとらしい感謝のポーズを解いて店内に視線を戻した。
何も買わないという選択肢はないのだろう。とりあえず、何か一つでも選べば、ここでのミッションは無事完了するはずだ。
「こんなに素敵な物ばかりですと、どれにするか迷ってしまいますわ……」
これは正直な気持ちだったので、違和感なく口に出すことができた。思い返せば、異世界での生活では与えられるばかりで自ら選んだことはない。そう思うと、目の前の品々に心が躍る。
(真正のセレブなら、アレができるのに……!)
リーゼロッテの言うアレとは、「ここからここまでいただくわ」というセレブ定番のアレである。しかし悲しいかなリーゼロッテの性根は生粋の庶民。その気質は令嬢生活十五年をもってしても、拭い去ることはできなかった。
「迷うくらいなら店の品全て買えばいい」
隣から感情のこもらない声でとんでも発言が飛び出した。
(ほんまもんのセレブがここにいた!!!)
あまりにも身近からの真打登場に正直ドン引きだ。
「い、いいえ、ヴァルト様。どちらにしようかと迷うことも買い物の楽しみですわ。どうか心惹かれるものを選ばせてくださいませ」
「そうか」
(危うく店ごと買われるところだったわ……CMY……)
もたもたしていると本当に店の品を買い占めるとジークヴァルトが言い出しそうで、リーゼロッテは慌てて近くの陳列台に歩み寄った。
「お気に召したものはどうぞお手に取ってご覧ください。何かご質問がありましたら何なりとお聞きくださいませ」
後ろから店主がやさしく声掛けをくれた。リーゼロッテは振り向いて笑みを返すと、再び陳列台に目を向けた。
宝飾品やドレスはすでにいっぱい持っているのでそれほど興味はない。貴族が着るドレスは注文による一点ものがほとんどなので、ここに飾られているドレスは飾りの意味が強いのだろう。
リーゼロッテは吸い寄せられるように小物が置かれた棚へとまずは向かった。
(こういうお店って大抵手前が安い商品で、奥に行くほど高級なものが置かれてるものだけれど……)
この世界でもそれが常識なのかリーゼロッテにはわからなかった。
(しかも、値札とかついてないし)
そう思ったリーゼロッテは、そもそもこの国の通貨が何であるかすら知らないことに気がついた。淑女マナーの一環として数字のことは習ったが、通貨の単位や物価など、そこらへんの知識がずっぽりと抜けている。
(断罪で身分剥奪とかされたら絶対に生きていけない……)
異世界に転生した以上は、悪役令嬢のリスクはまだ残っているかもしれない。舞踏会でジークヴァルトに強制力が働いて、突然婚約破棄を言い渡されたりしたら大ごとだ。この国の通貨や庶民の暮らしについて、帰ったらエラにそれとなく聞いてみようとリーゼロッテはひとり深く頷いた。
「あ……」
ふと小さな宝石箱のようなものが目に入る。
(これ、オルゴールだわ)
そっと手に取って箱を裏返してみる。
「そちらはオルゴールと言って、そのゼンマイを巻くと美しい音色が流れるからくりでございます」
再び店主が声をかけてきた。わたし知ってますと どや顔で言うわけにもいかず、リーゼロッテは再び微笑みを返してから箱の底にあるゼンマイを回した。
キリキリと限界まで回しきってから手を離す。すると涼やかな音色が箱から流れだした。聞いた事はない曲だが、とても美しいメロディラインだ。
耳元近くでその響きを堪能していると、やがて一音一音がゆっくりとなり、最後にピンが櫛歯をひとつ弾いて、余韻を残したまま回っていたゼンマイは動きを止めた。
リーゼロッテはその箱を戻すと、隣にあったオルゴールを手に取り同じようにゼンマイを回した。今度は明るく軽快なメロディだ。聞いては別の箱を取り、気に入ったメロディは再び手に取ってゼンマイを回したりと、そんなことを幾度か繰り返すと、リーゼロッテは夢中になっていた自分にふと気がついた。
何とはなしに後ろを振り返ると、無表情で自分を見つめているジークヴァルトがそばにいた。その後方には、店主のおじさんがやはりニコニコ顔で立っている。
「あ……」
自分の世界に浸り過ぎてしまった。待たせているのにゆっくりしすぎだとリーゼロッテは一瞬で焦った表情になる。しかもまだ店のほんの一部しか見ていない。
そんなリーゼロッテの様子に気づいたのか、ジークヴァルトは「いい。気にすることはない」とそっけなく口にした。戸惑ったもののリーゼロッテは笑顔を返し、そのまま棚に目を戻してオルゴールの一帯から先に進んだ。
(とりあえず一通り見て回ろう)




