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あてどもなく歩く中、エラはどこか人目の少ない場所へ行けばやり過ごせるのではと思い始めた。だが、どこの店もそれなりに人がいるようだ。それにひと所にとどまるのも、余計な詮索をされかねない。
エーミールがどうも嘘をつけない性格らしいことは、エラにもなんとなくわかってきていた。真実は隠すべきことではない。そう思っているからこそ、気障な台詞も恥ずかしげもなく口に出せるのだろう。
そんな中で誰かにこの髪飾りの話をふられたら、素直に自分が贈ったものだと言ってのけそうだ。どこかよさげな場所はないだろうか。人が少なく、ふたりで連れ立っていても見とがめられないようなそんなところが。
気づくと貴族街もはずれの方にまでやってきていた。ふと目に留まった店の旗にエラは「ここは……!」と驚いたような声を上げた。どんな店も素通りしていたエラが興味を示した店に、エーミールも目をむける。
「ここは……占いの店か?」
「はい、最近貴族の間でも話題になっていて、貴族街の聖女と呼ばれる占い師の店です。こんな場所にあるとは知りませんでしたが……。店が開くのが不定期で、なかなか占ってもらえないことで有名なのです」
「貴族街の聖女……? ふん、女子供はこういったものが本当に好きだな」
「あ……エーミール様はご興味ございませんよね。随分と外れに来てしまったようです。戻った方がいいでしょう」
エラは来た道を戻ろうと歩き始めて、エーミールに引き寄せられた。
「あなたは占ってもらいたいのだろう? 店は開いているようだ。遠慮することはない」
「え? ですが、わたしのためにエーミール様にお付き合いいただくのは……」
口止め料はもうたっぷりもらったのだ。これ以上要求することはエラにはできなかった。
「何を今さら……いや、そうだな。そんなに言うなら、帰りの馬車でもあなたの手を握ってさしあげよう。それならばここに入る意味もあるだろう?」
そう言うとエーミールはさっさとエラの手を引いて店の扉を開けた。
がららんという乾いたドアベルの音が重く響いた店の中は、薄暗く静まり返っていた。香が焚かれているのだろう。薄い煙と白檀のような独特の匂いが漂っている。
「誰もいないのか?」
エーミールが低い声で問うと、薄暗い部屋の奥から音もなくひとりの女性が現れた。
「ようこそおいでくださいました、貴族の旦那様」
その女性はフード付きのマントを羽織っており、そのフードを目深にかぶっているためその表情はうかがえない。
「あなたが占い師か?」
「いえ、わたしは付き人にございます。占いをご希望なのは、あなた様でよろしいですか?」
「いや、わたしは占いになど興味はない。こちらの女性を占ってもらおう」
「承知いたしました。ではこちらへどうぞ、貴族のお嬢様」
部屋のさらに奥にある扉の中へと促される。エーミールもそれに続こうとすると、入口の手前で付き人の女性に制された。
「占いとは極めて個人的なもの。知りたくない真実を暴いてしまうこともございます。どうぞここよりはご本人様のみでお願いしたく存じます」
「いやしかし……」
怪しげな雰囲気にエーミールの顔に不信感が顕わになる。女性は意に介した様子もなく静かな声で続けた。
「扉は開けたままにさせていただきます。声が届かぬ場所であれば結構ですので、旦那様はこちらでお待ちください」
抑揚のない声にもかかわらず、エーミールはその有無を言わせない雰囲気に鼻白んだ。エラも不安そうにエーミールの顔を見上げている。
「あの、エーミール様。わたしは無理に占わなくても……」
「……占い師は女なのだな?」
エラには答えず、エーミールは付き人の女性に問うた。
「はい、女性にございます、貴族の旦那様」
その返事にふ、と息をつくと、エーミールはエラの背中を押した。
「行ってくるといい。わたしはここにいる。何かあったらすぐに呼ぶんだ」
「では、貴族のお嬢様。どうぞこちらへ」
戸惑いつつも、エラは部屋の中へと足を踏み入れた。ついたてを回り込んで奥へと進むと、何本ものろうそくの炎が、白い壁のあちこちに濃い影を作りながら揺らめいている。
「ようこそ、宿世の占いへ」
ヴェールで髪と口元を隠した若い女性が、ゆっくりと立ち上がりながらその美しい瞳を細めた。
「ここは導かれた者のみがたどり着く占いの館。さあ、早速占いましょう? 貴族のお嬢様」
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。わたしのために貴族街のある店を貸し切りにしてくれたジークヴァルト様。今度こそうまくよろこんでみせようと意気込むわたしだったけど。気恥ずかしくって、まだまだ改善の余地ありですわ~! そんな中、わたしも占いを受けることになって……?
次回、2章 第11話「宿世の理」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




