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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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10-7

「あの、エーミール様、一体どちらへ……?」

「さあ? あいにくわたしは貴族街など興味なくてな。エラ、あなたはどこか行きたいところはないのか?」


 こういった場所は女性の方が詳しいだろうとエーミールが逆にエラに問いかける。行きたいところならあるにはあるが、そこへエーミールを連れて行ってもいいものだろうかとエラは逡巡(しゅんじゅん)した。


「あの、では、あそこの店などはいかがでしょう?」


 エラが指し示したのは、馬具の専門店だった。馬に乗るエーミールならば、気もひかれるだろう。そう思って、エラはその店のある方へ足を踏み出した。が、手を取っているエーミールが動かなかったため、結局エラは一歩も進むことはできなかった。


「エラ、あなたは馬に乗れるのか?」

「え? いいえ。わたしは乗馬は(たしな)んでおりません……」

「ならば行っても仕方がないだろう」

「ですが、エーミール様は……」


 困ったように言うエラを見て、エーミールはその意図(いと)がようやくわかったらしい。


「ふん。必要なものがあるなら屋敷に商人を来させればいいだけの話だ。わたしはこのような場所に興味はない」

「でしたらどこかで休憩いたしましょうか? エーミール様は道中お辛そうでしたし……」

「辛かったのはエラ、あなたの方なのだろう?」


 エーミールにくいと片眉を上げられて、エラははっとした顔になった。


 エラには乗るたびに馬車酔いをする弟がいる。いつも背中をさすったり抱きしめたりすると症状が和らぐので、エーミールも気がまぎれるならとあんな行動に出たのだ。さすがにエーミールを抱きしめるわけにはいかなかったのだが。


「そ、そうです! エーミール様のおかげでどんなに心強かったことか」


 そうだ、あれは自分のために手を握ってもらっていたのだ。決してエーミールが馬車酔いしていたからではない。


「そうか。ではエラ、あなたはその件でわたしに感謝をしているということだな?」

「ええ、もちろんです!」

「よし。ならばここで手に入る物、何でも好きな物を買ってやろう」

「…………はい?」


 疑問形になった返事を肯定ととらえたのか、エーミールはそのままエラの手を引いて歩き出した。


「何がいい? 宝石か? ドレスか? あまり時間はないが選ぶまで付き合ってやろう」

「え? いいえ、それでしたらむしろわたしがエーミール様に感謝のしるしを示さねばならないはず。エーミール様から何か買っていただくなどできません」


 おろおろしているエラをエーミールは意外そうに見た。


「何でも買ってやると言っているんだ。何をためらう必要がある?」

「何をとおっしゃられましても……」


 馬車での件は、エラのために手を握ってもらっていたことになっているのだ。そうであれば、感謝されるべきエーミールがエラに何かを買うのは(すじ)(ちが)いだ。


「感謝しているというのなら、わたしの意向に沿()うべきではないのか? それに、わたしは借りを作るのは好きではない。有能な侍女であるエラ、あなたにならこの意味はわかるだろう?」


 エラとしてはエーミールのプライドを尊重しての行動だったが、当のエーミールはエラの口止めの保証を望んでいるのだ。それを理解すると、エラは(あきら)めを含んだ笑顔を返した。


「…………本当に何でもよろしいのですね?」

「ああ、もちろんだ」


 そう答えたエーミールは内心ほくそ笑んでいた。有能と言ってもエラも女だ。宝石や高価なドレスを前にすれば、目がくらんですぐにその正体が知れるだろう。


 エラが行きたい店があると言うので、エーミールはやさしくエスコートしながらそれにおとなしく従った。通りを行く途中、わざと異形が吹きだまっている場所へと誘導する。

 驚くべきことに、エラが近づいていくと異形たちは奇妙な行動にでる。先ほどジークヴァルトたちの後ろを歩いていた時から、それが気になって仕方がなかった。


 ジークヴァルトは基本、異形たちに狙われている。異形の者は憎しみの感情を彼に向け、しかしその強大な力に近づくことはできずに、常に遠巻きに(にら)んでくるだけだ。しかし、そのジークヴァルトの隣にリーゼロッテがいると、これまた不思議なことが起きる。


 リーゼロッテから(あふ)れる力に()かれるのか、異形たちは引き寄せられるようにリーゼロッテへと近づいてくる。その隣にジークヴァルトがいるというのにだ。


 結局はジークヴァルトの力に弾き飛ばされては消しとんでいくのだが、それでも我慢がきかない子供のように、その(けが)れた手を伸ばしてくる異形の者は後を絶たない。

 ジークヴァルトが強固な結界をはっているからだろう。それにリーゼロッテは何も気づいていない様子だ。


 その後ろを静かに歩くエラは、その光景に全く動じない。禍々(まがまが)しい異形が近づこうとも、目の前で(みにく)い異形が消し飛ぼうとも、エラは微笑ましそうにリーゼロッテを見つめているだけだ。彼女には異形は視えないのだからそれは至極(しごく)当たり前のことなのだが、エーミールにしてみればそれは異様な光景だった。


 エーミールはエラの手を引き、さりげなく異形のいる吹き溜まりへとエラの足を踏み込ませる。すると異形は身を縮こませるようにエラから距離を取ろうとした。


(……やはりな)


 エーミールが観察した結果、エラに対して異形がとる行動は三パターンあることがわかった。

 弱い異形はエラの存在を認めると、一目散(いちもくさん)に逃げ去っていく。今のような大きいが悪意のない異形は、エラとの接触を極端に嫌がる様子を見せる。


 そして、強烈な悪意を持つ異形にいたっては、エラに手を伸ばすも、エラはその手を何ごともなくすり抜けてしまう。肩透かしを食らった異形は何度もエラにくってかかるのだが、その腕が(くう)を切るばかりだ。その様子は、言い寄る女性にまるで相手にされない(あわ)れな男のようで、見ていてとても滑稽(こっけい)だった。


(無知なる者とは一体何なのだ……?)


 異形の姿を視ることができない只人(ただびと)だとしても、その影響を(まぬが)れることはできない。()かれれば大小の差はあれ何かしらの(さわ)りが起こる。だが、無知なる者はそもそも異形が近づけないのだ。


 これは、使いようによってはジークヴァルトのいい手駒(てごま)になり得るかもしれない。そう思うと、エーミールはエラに対して強烈に興味を抱いた。馬車での件はいいきっかけだ。己の醜態(しゅうたい)を逆手にとって、エラを囲い込んでしまおう。

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