表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

207/495

9-4

     ◇

「やだ! エラ、どうしたの? 今日はやけにめかしこんでるじゃない!」


 会う者会う者に同じように声をかけられる。


 マダム・クノスペたちが帰って行ったあと、ベッティに施された化粧を落とそうとすると、せっかくだから今日はそのままでいてはどうかとリーゼロッテに言われたのだ。

 さすがに結い上げた髪は元に戻したが、リーゼロッテがよろこぶならとそのまま仕事に戻ったエラだった。


 いつもは意図的(いとてき)(ひか)えめな化粧で目立たないようにしているエラだが、がっつりメイクをしている今の彼女は、清楚(せいそ)でいてどこか理知(りち)(てき)な印象を与える正統派(せいとうは)美人(びじん)となっている。


 女性陣には(おおむ)ね受けはいいが、昔から一緒に働いている男たちにぽかんと見つめられたり、やけによそよそしくされて、少しばかり居心地(いごこち)がよくない。


 普段から姿勢のいいエラは、今日はいつも以上に(りん)とした雰囲気をかもしだしていた。そんな近寄りがたい美人と化したエラに、男たちは()(おく)れしているようだ。


「わっエラ! すっごい美人がいると思ったら、あなただったの! 何? 今日はデート?」

「ちょっと、その話題はダメだって!」


 すれ違った侍女仲間に声をかけられ、エラは苦笑(にがわら)いした。ペーターとの別れ話が広まって、どこへ行っても気を使われて困っているのだ。


「公爵家から来た侍女に化粧をしてもらったのよ。見ての通り彼女の腕前(うでまえ)はすごいから、みんなも一度お願いしてみたらどう? 彼女の技能は侍女として学ぶものがたくさんあるし」


「ああ、ベッティさんね。さすが公爵家の侍女って感じよね」

 エラの化粧をまじまじと見ながら、ひとりの侍女が言った。


「ホント、わたしたちも負けていられないわね! でもエラが美人なのは元からなんだから、いつもそうやって綺麗(きれい)にしていればいいのに」

「そうよ、エラはもっとおしゃれするべきよ」

「リーゼロッテ様のおそばで過ごすのに、過度な化粧は必要ないわよ」


 エラが呆れながら返すと、周りの侍女はもったいないと口々に言った。


「わたしはこれを旦那様に届けないといけないから、もう行くわ」

「ああ、そうなの。引き留めて悪かったわ」


 去り際に「あっエラ!」と一人の侍女がもう一度エラを引き留めた。


「旦那様の執務室へ行くなら、ここは通らない方がいいわ。この先にさっき、その、ペーターがいたから……」


 不義(ふぎ)を働いた元恋人には会いたくないだろう。そんな気遣いからか、こんなふうに気を回してくる同僚が多い。


「ありがとう。でもペーターとのことは終わったことだし、もう何とも思っていないから。わたしはリーゼロッテ様にお仕えできればそれだけで幸せよ。だから心配しないで」

「もう! エラのお嬢様命はあいかわらずね! エラがいいのならもう心配しないけど。……でもペーターの方はそうは思ってないみたい。念のために気をつけて」

「そう、わかった。忠告ありがとう」


 今回の件でペーターの株は下がりまくりだ。特に女性陣からは針の(むしろ)な状態になっている。自業(じごう)自得(じとく)とはいえ、気さくで気の合うペーターを好ましく思っていたのも事実だ。ペーターが相手の女性と幸せになればそれでいいと、エラの中ではその一件はすでに過去のことになっていた。


 そのあとペーターに会うこともなく無事届け物を済ませたエラは、すっかりそんなことも忘れてリーゼロッテの待つ部屋へ戻ろうと廊下を歩いていた。


「わっ」


 廊下の途中でいきなり腕を(つか)まれ、エラは人気のない場所へと引っ張り込まれた。


「いきなり何を! って、ペーター……?」


 掴まれた腕を振りほどこうと相手を威嚇(いかく)するような声を上げたエラは、自分の腕を掴んでいるのがペーターだと気づくと、拍子(ひょうし)()けしたように肩から力を抜いた。


「やだ、びっくりさせないで。こんなことしてるとあらぬ誤解を受けるわよ?」

 困ったよう声をかけるが、ペーターはエラの顔を凝視したまま怖い顔をして黙っている。


「ちょっとペーター、いい加減手を放して……っつ」

 エラの言葉とは裏腹に、ペーターはエラの腕をつかむ手に力を入れた。


「オレが好きなのはエラだけなんだ」

「…………は?」


 唐突(とうとつ)に紡がれたペーターの言葉に、エラはぽかんと口を開けた。


「あの女とは別れた後に子供ができたと言われたんだ。正直オレの子か疑ってる。エラだけなんだ。だからオレ達やりなおそう」


 真剣な声でペーターはエラをその腕に抱きしめた。


「ちょっとやめてペーター! わたしたちはもう別れたのよ!」


 身をよじって抜け出そうとするが、ペーターはその腕の力をさらに込めてくる。


「強がるなよ。エラだってまだオレのこと好きだろう?」

「は? いやちょっと待って。そんなことあり得ないわ。あなた父親になるのよ? それにあの女性だって……」


 相手の女性にはエラも一度だけ会った。大きなおなかを抱えてペーターと別れてほしい懇願(こんがん)してきたその女性は、ペーターとは幼馴染(おさななじみ)とのことだった。彼女の話だとペーターとは昔から結婚の約束をしていて、お互いの家族もその心づもりでいたらしい。


 エラの目から見ても、誠実そうな女性だった。そんな女性を目の前にして、エラのペーターへの恋心が一気に冷めたとしても無理のない話だ。ペーターの言うことなど、到底(とうてい)受け入れられるはずもなかった。


「オレはあの女に(だま)されたんだ! 悪いのはオレじゃない!」

「あなた、それ本気で言ってるの?」


 ペーターはこんな男だったのか。信じたくはないが、自分の見る目がなかったということだろう。エラの思いは氷点下レベルにまで下降した。


「なあ、エラ。オレは本当にお前だけなんだ。お前の父親、エデラー男爵の力をもってすれば、あの女とのこともどうにでもなるだろう?」

「な――っ」


 男爵家を利用しようと近寄ってくる人間は、これまでも少なからずいた。商家から爵位を(たまわ)ったエデラー家は、今、飛ぶ鳥を落とす勢いのある家として、貴族の中でも注目を集め出している。


 ペーターが自分に近づいてきたのは、エラといれば男爵家の甘い汁が吸えると思ったからなのだ。その事実にエラは愕然(がくぜん)とした。


 庭師のペーターは、気さくで気の合う頼れる同僚だった。困ったときには幾度(いくど)も助けてもらったし、弱っているときは他の誰よりもそばにいて支えてくれた。

 二股をされても嫌いになり切れなかったのは、そんなペーターが好きだったからだ。それなのに今目の前いるペーターは、仄暗(ほのぐら)く笑顔をゆがませてエラを一向にその腕から離そうとしない。


 はじめからそのつもりだったのだ。エラに向けられた笑顔もさりげないやさしさも。すべてが偽りと打算で塗りつぶされていたのだと思うと、もう何ひとつ信じることなどできなかった。


「離して! あなたとはもう終わったのよ! 無理に決まっているでしょう!」


 厳しい口調で(にら)み上げるが、ペーターはへらりと(わら)ってエラを無理やり上向かせた。


「そんなわけいくかよ。男爵令嬢でお嬢様のお気に入りのお前を手放すなんて、それこそあり得ないんだよ。なあ、エラ。エラはオレにこうされるの好きだったよなぁ」


 そう言ってペーターはエラの耳朶(じだ)に唇を寄せてきた。生温かい息が耳にかかり、エラの全身に鳥肌が立つ。


「いや、やめて、やめなさい! あんたにこんなことする権利なんかない!」


 ペーターと幾度か口付けを交わしたことはあるが、それ以上の関係になったことはない。エラが必死に腕を振りほどこうともがくと、ペーターは(いら)()ったように大きく舌打ちをした。


「下出にててりゃあいい気になりやがって! お前はオレのためにそばにいればいいんだよ!」


 ペーターの手が大きく振り上げられる。エラは殴られることを覚悟して、咄嗟(とっさ)にぎゅっと目をつぶった。だが、予期した衝撃はいつまでたってもやってこない。


貴様(きさま)、男の風上(かざかみ)にも置けない下衆(げす)野郎(やろう)だな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ