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「では、エラお嬢様! 早速、そのドレスをお召しになってくださいませ!」
マダムの一言で、エラが一斉にお針子に囲まれた。あれよあれよという間にエラの着ていた簡素なドレスがはがされていく。お針子の壁が離れると、そこにはどこから見ても立派な令嬢にしか見えないエラが立っていた。
「エラ……! 素敵!!」
エラの茶色ががかった赤毛が良く映える、上品な緑色のドレスだ。エラにとても似合っていて、マダムも満足げに頷いた。
「マダム、無理を言って悪かったわね」
「いいえ、クリスタ様。さすがにわたしも手一杯でしたので、このドレスは弟子のひとりにまかせましたから。まだ駆け出しですが将来楽しみなお針子ですわ」
紹介されて緊張した様子のお針子にリーゼロッテは笑顔を向けた。
「素敵なドレスを作ってくれてありがとう。エラにとても似合っていて素晴らしいわ」
「あ、ありがとうございます……!」
お針子は真っ赤になって、今にも卒倒しそうだ。仲間に支えられてはふはふしている。
「リーゼロッテお嬢様……エラは何と言ってお礼を申し上げればいいのか……」
エラも感極まって今にも泣きだしそうだ。
「ふふ、エラには本当に感謝しているの。だから、快く受け取ってくれるとうれしいわ」
「はい……はい、お嬢様」
「でも、リーゼロッテの支度を手伝って、エラ自身も準備するとなると、ちょっと慌ただしくなりそうね」
「お義母様、それなら強い味方がおりますわ。ベッティ、お願いね」
リーゼロッテは部屋の片隅で控えていたベッティをそばに呼んだ。
「はいぃ! 化粧と髪結いならば、このベッティにお任せくださいぃ!!」
そう言ってベッティはエラを椅子に座らせると、どこからともなく出したメイク道具で、しゅばばばばっと目にもとまらぬ速さでエラに化粧を施し始めた。
最後に口紅を引くとベッティは一度頷いて、続いて櫛とピンを手品さながらしゅばっと取り出した。再び高速の手つきでエラの髪を結上げていく。
ベッティが櫛を置いて、「ふぅ」と満足げに息をついた。エラの手を取り、腰かけた椅子から立ち上がらせる。
「このような感じでいかかでしょうかぁ?」
あっけにとられていた一同をしり目に、エラはどこの夜会出しても恥ずかしくない清楚な令嬢に一瞬でメタモルフォーゼした。
「まあ、あなた! すごい早業ね」
「お褒めいただき光栄ですぅ。お急ぎのお支度があれば、このベッティをご指名いただければいい働きをさせていただきますよぅ」
「ふふ、そうね。あなたベッティと言うのね。公爵家の侍女でなければ、うちのお抱えにしたいくらいだわ」
「わぁ、奥様、光栄ですぅ」
ベッティの早業メイクは、夜会などでは重宝がられる。主に、乱れた夜の遊びに耽るご夫人たちによろこばれるのだが、おぼこいリーゼロッテがそんな事情を知るはずもない。
「ベッティがいれば、エラの支度も問題なさそうだし、これでエラもリーゼロッテの準備が心置きなくできるわね」
クリスタはエラをやさしくみやった。
「ありがとうございます……奥様」
「エラ、泣いてはせっかくの化粧が崩れてしまうわ。ほんと綺麗よ。ベッティもありがとう」
「よろこんでいただけて何よりですぅ」
和やかな雰囲気のまま、仮縫いの場はお開きとなった。
「では、完成したドレスは王都のタウンハウスに届けさせていただきます」
帰りしな、マダムはリーゼロッテの手を取って力強く言った。
「お嬢様はこれから花開かれる可憐な蕾……その花が開く一瞬の美しさを目にする機会を与えてくださったこと、心より感謝いたします」
「お礼を言うのはわたくしの方よ。マダム、素敵なドレスを作ってくれてありがとう」
マダムは幸せそうに目を細め、再びくわっと目を見開いた。
「おまかせください! お嬢様の美しさを最大限に引き出すドレスを、かんっぺきにしあげてみせますわ!!!」
目が血走っていて、リーゼロッテは引き気味に頷いた。
「そうだわ、マダム。アデライーデお姉様のドレスのことなのだけれど……」
リーゼロッテはそう言って、マダムに何事か耳打ちした。
「まあ!」
「それでね、これをこうして……ここにはこんな感じで……」
リーゼロッテがマダムに借りた紙に、不器用ながらもペンを滑らせていく。
「まあ! まあ! まあ!!」
手にした紙を両手に握りしめ、マダムはわなわなと震えている。
「なんたる斬新な発想……素晴らしいですわ、お嬢様……このクノスペ、新たなインスピレーションが泉のように湧いて参りましたわ!!」
「拙い絵でしか説明できないのだけれど、検討してもらえるとうれしいわ」
「もちろんでございます! 早速帰ってデザインを詰めさせていただきます!」
慌ただしくマダム一行は帰っていった。
(マダム……倒れたりしないといいけれど)
あの程度の追加のお願いならば、ちゃちゃっと取り入れてくれるかと思ったのだが。あの様子では、マダムは中途半端なことはしなさそうだ。
(余計な負担をかけてしまったかしら……)
いまさら言っても仕方がないが、自分の立場は思い付き程度で、軽々しく発言してはまずいのだと実感したリーゼロッテだった。気まぐれな発言で、部下を翻弄する上役のようにだけはなりたくない。貴族の言葉は使用人たちには絶対なのだから。
ふとエラと目が合う。思わず顔がほころんだ。それはエラの方も同じのようで、ふたりは見つめあったまま、ほのぼのと微笑みあった。
(エラには、自分のしあわせを最優先させるよう約束してもらったし……。それまでは心置きなく甘えてしまいそうだわ)
いつかエラが自分から離れる決断をしたとき、自分は笑って送り出すことができるだろうか?
(できるかじゃなくて、絶対にそうしなくちゃ)
リーゼロッテはいつか来るかもしれない別れに備えて、少しずつ心づもりをする決心をしたのであった。




