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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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8-8

 エーミール自身、このまま馬車の扉を閉められたら、どれだけの時間()えることができるだろうと思ってしまう。フーゲンベルクの屋敷を出てすでに三時間は立つ。あの侍女はよく耐えた方だと言えた。


 この状況ではあの侍女をここに戻すことは(こく)だろう。しかし、未婚の自分やヨハンがリーゼロッテとふたりきりで同乗するのもはばかられる。もっともヨハンに限っては、あの巨体がこの馬車に乗り込めるとは到底(とうてい)思えないのだが。


「……仕方がない。あの侍女はわたしの馬の後ろに乗せることにします。あなたは到着までここでひとりきりになるが、辛抱(しんぼう)していただこう」

「わたくしは全く問題ないですわ」


「しかし、他の侍女はよく耐えられたものだな……」


 エーミールの独り言のようなつぶやきに、リーゼロッテはこてんと首をかしげた。今まで馬車に同乗した侍女と言えば、エラとエマニュエルくらいだろうか。


「エマニュエル様はわからないのですが、エラは無知なる者と聞いておりますから……」


 異形の者の影響を受けない無知なる者なら、異形を(はら)う力にも耐性があるのかもしれない。


「ああ、エデラー嬢は無知なる者だったな。……聞けばダーミッシュ伯爵一家もそうだとか。なぜあなたはわざわざそんな家に養子に出されたのか……」

「それは王がお決めになったことですわ」


 困ったようにリーゼロッテは眉を下げた。家族を()しざまに言われるのはやはり気分がいいものではない。


「あの、グレーデン様。義父(ちち)義母(はは)はもちろん、ダーミッシュ家の者たちはみな、異形の者の存在を知りません。ですので……」

「ああ、承知(しょうち)している」


 そう言いながら、エーミールはなぜか不服(ふふく)そうな顔をした。


「リーゼロッテ様はヨハンのことは名で呼ぶのに、なぜわたしは家名(かめい)で呼ぶのです?」

「え? グレーデン様は侯爵家の方ですし、わたくしが()()れしくお呼びするのは失礼にあたるでしょうから……」

「あなたは案外(あんがい)頭が固いのだな。これからはエーミールとお呼びください。いいですね?」

「わかりましたわ……エーミール様」


 やはりこの人は苦手だと感じつつ、リーゼロッテは淑女の笑みをエーミールに返した。


 満足そうに頷いたエーミールは扉を閉めて、ベッティたちのもとに向かっていく。三人でしばらく何か会話をしてから、エーミールがベッティを自分の馬の背に乗せていく。そのまま自身はベッティの前にまたがり、エーミールは馬の頭を街道へと向けた。


「あ、ヨハン様!」


 馬にまたがろうとしていたヨハンに、リーゼロッテは馬車の窓から声をかけた。何事かとヨハンが馬ごと足早(あしばや)に駆け寄ってくる。


「何か問題でもありましたか!?」

「いえ、ベッティをお願いしますわね。わたくしのことは二の次でかまいませんから……」

「リーゼロッテ様をおろそかにするなどできませんが……わかりました。侍女殿の様子は道中(どうちゅう)注意して気を配ります。何かありましたら、リーゼロッテ様にもお声がけをいたしますのでご安心ください」


 ヨハンがびしっと騎士の礼をとる。その様子にほっとして「ええ、お願いいたします」と微笑みかけた。


「そうだわ、ヨハン様。ダーミッシュ家はみな異形の存在を知らないのです。だからヨハン様も注意していただきたくて……」

「はい! そのあたりは心得ております! ご忠告ありがたく受けとらせていただきます!」


 なにやら感激した様子のヨハンに、リーゼロッテは微笑みを返した。


(ヨハン様にも無知なる者のことを伝えておいた方がいいかしら……?)


「それからヨハン様……わたくしの義父母(ふぼ)義弟(おとうと)のことなのだけれど……」

「はい!」

「みな、エラと同じで無知な……」


 そこまで言ってリーゼロッテは声をつまらせた。いきなり口をふさがれたような奇妙な感覚に(おそ)われる。しばらく金魚のように口をぱくぱくするが、どうしても言葉が続かない。


「リーゼロッテ様?」


 不思議そうなヨハンを前に、自分でもどうなっているのかわからずにリーゼロッテはただおろおろとした。


「お嬢様、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」


 困り顔の御者(ぎょしゃ)から声をかけられ、リーゼロッテは我に返った。馬車の先では、エーミールが何か言いたげにこちらを(にら)んでいる。


「ごめんなさい、早く出ないと遅くなってしまうわね。ヨハン様、何でもないの。ベッティのこと、お願いしますわね」

「おまかせくだい、リーゼロッテ様!」


 ヨハンが馬にまたがったのを合図に、馬車は再び走り出した。


 ガラガラと車輪が回る音がひとりきりの馬車の中に響く。


「……さっきのは一体なんだったのかしら」


 言おうとするのに、望む言葉が出てこなかった。不安に駆られながらも、ダーミッシュ家の屋敷が丘の向こうに見えてくると、安堵(あんど)の感情が()き上がってくる。


 住み慣れた我が家に帰ってきたのだと、リーゼロッテは人目を(はばか)らずに大きく息をついたのだった。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。エラの恋人との別れ話を聞いてしまったわたしは、エラとひとつの約束をして……。そんなエラに迫りくる元彼の魔の手! エラのピンチを救ったのは、なんとあの人物で!? 立ったのは侍女の矜持か、恋のフラグか!?

 次回、2章 第9話「ふいの交わり」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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