表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/494

8-3

 廊下を進みながらアデライーデは顔にそっと指を()えて、その傷跡(きずあと)を確かめようになぞった。


(やっぱりリーゼロッテのそばにいると、傷のうずきが消えるわ)


 表情を動かすたびに感じていたひきつれる感覚が、今ではほとんどない。ダーミッシュ領でリーゼロッテと過ごした時期から、慢性的な頭痛にも悩まされることが少なくなり、ここ数年変化のなかった傷跡が以前よりも薄くなってきていた。


「聖女の力……ね」


 龍に対して言いたいことは山ほどあるが、感謝する日が来るなど思ってもみなかった。

 自分の傷もそうなのだが、このまま平穏(へいおん)な日々が続けばいいと、ただそう願う。ジークヴァルトが人並みのしあわせを手に入れられるように。


 リーゼロッテがジークヴァルトのために(つか)わされた龍の贈り物というのなら。

「その点だけは()めてもやってもいいわね」


 アデライーデのつぶやきは、誰もいない廊下にやけに大きく響いた。


 足早に廊下を進んでいると、曲がり角の先から言い争うような声が聞こえてくる。いぶかし気に歩を進めると、細身の男と大柄の男が何やら口論をしている最中だった。


「ちょっと、あなたたち! こんなところで何やってるのよ!」


 言い合いをしていたのは公爵家護衛(ごえい)のエーミールとヨハンだ。

 口論と言っても、いつものようにエーミールがヨハンに難癖(なんくせ)をつけているだけようだ。ヨハンは巨体を丸めて、エーミールを懸命(けんめい)になだめていた。


「「アデライーデ様!」」


 ふたりははもるように声を上げ、どちらも驚きと笑顔をアデライーデ向けた。しかし(そろ)えたように声を出したヨハンを、エーミールは不敬(ふけい)とばかりに(にら)み上げている。


「お前ごときがアデライーデ様のお名前を気安く呼ぶなど……!」

「エーミール、あなたいい加減にしなさいよ」


 アデライーデは呆れたようにため息をついた。


 エーミールは貴族としての誇りが高い。それ自体はいい。だが下位の者を軽んじる傾向が昔から顕著(けんちょ)すぎだ。


 エーミールはグレーデン侯爵家の次男で、ヨハンはカーク子爵家の跡取(あとと)りだ。現時点ではエーミールの方が身分が上だが、いずれヨハンが家を継げばヨハンは立派な爵位持ちとなる。

 領地を持つ子爵家当主と、侯爵家と言えどただの貴族の息子。どちらの立場が上になるか、エーミールには考えも及ばないようだ。


「ですが、アデライーデ様……!」

「こんな廊下で(いさか)いを起こすなんて、使用人に示しがつかないじゃない。一体何が原因なのよ?」


 エーミールばかりを責めると、あとでヨハンが余計になじられるのは目に見えているので、とりあえず喧嘩(けんか)両成敗(りょうせいばい)の方向で話を進める。


「明日、リーゼロッテ様の護衛で、わたしとエーミール様が共にダーミッシュ領へと(おもむ)くことになりまして……」

「わたしだけで十分というものを! アデライーデ様からもジークヴァルト様にそう進言(しんげん)していただけませんか?」

「当主が決めたことを(くつがえ)そうっていうの? エーミール、あなたは一体何様(なにさま)のつもり?」


 アデライーデが冷ややかな声を上げると、エーミールは青ざめて唇をかんだ。


「い、いえ、そんなつもりは」

「主の命令なら、黙ってそれに従いなさい。ヨハンもよ。受けた(めい)は、誰に何と言われようと胸を張って遂行(すいこう)する! いいわね? ふたりとも」

「はい! アデライーデ様!」


 元気よく返事をしたのはヨハンだけだ。アデライーデはじろりと睨み上げると、エーミールにずいと一歩近づいた。


「ねえ、エーミール。言っとくけど、ダーミッシュ領で騒ぎを起こしたりしたら、ただじゃおかないわよ」


 ダーミッシュ家はフーゲンベルク家に負けず(おと)らず使用人と仲が良い。そんな下位の伯爵家を、気位(きぐらい)ばかりが高いエーミールが(こころよ)く思うはずはなかった。


 なおも素直に(うなず)こうとしないエーミールに、アデライーデは意地の悪い笑みを作った。


「そんな態度に出ると、あとで死ぬほど後悔することになるわよ? そうね……エーミールの恥ずかしい話なら、リーゼロッテに山ほどきかせてあげられるし?」


 何しろ子供の頃からの付き合いだ。エーミールの黒歴史と言えるエピソードは枚挙(まいきょ)(いとま)はなかった。

 その点ではヨハンも似たり寄ったりなので、思わずヨハンはエーミールに同情してしまう。もちろん口に出したりはしないが。


「ヨハンもよ! いいわね、ふたりとも!」


 お互い、アデライーデの無茶(むちゃ)()りに振り回された記憶が山ほどある。思わずふたりは「「はいぃっ」」と背筋をのばして返事をした。

 シンクロ(りつ)(ひゃく)パーセントの返しにアデライーデは満足そうに頷いて見せたが、一抹(いちまつ)の不安はぬぐえない。


(ヴァルトもどうしてこの凸凹(でこぼこ)コンビを選ぶんだか。ユリウスにでも頼めばよかったのに)


 エーミールの叔父であるユリウスを思い浮かべ、アデライーデはああ、とひとり納得した。

 考えてみれば三人はみな独身男だ。ユリウスはリーゼロッテの父親と言ってもいいくらいの年齢だが、遊び人で経験豊富なユリウスにはリーゼロッテを任せたくなかったのだろう。


 かといってエーミールかヨハンのどちらかひとりにまかせるのも、若い男と万が一がおきてはと、ジークヴァルトは不安に思ったに違いない。


 エーミールは性格はともかく顔だけはいいし、ヨハンは昔からとにかく()れっぽい。そんなふたりがお互い、いい牽制(けんせい)になると考えたのなら、この人選も頷けるというものだ。


「まったく……男ってほんと馬鹿ばっかり」


 いきなり口をついて出たアデライーデの暴言(ぼうげん)に、エーミールとヨハンは訳も分からず、めずらしく仲良く目を合わせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ