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バカっていう方がバカなんですと、リーゼロッテの心の叫びが脳内で木霊したとき、ふたりは人気のない廊下に差しかかった。
すると遠くから、かしょん、かしょん、かしょん、と音が聞こえてきた。どうやらその音は近づいてきているようだ。
廊下の分かれ道の薄暗い先から、何か大きな影が見える。リーゼロッテはジークヴァルトの腕の中から、首をひねってそちらをみやった。
(く、首無しの鎧が歩いてる!!)
リーゼロッテは無意識にジークヴァルトの首に強くしがみついた。
かしょんかしょんと音とたてて、鎧はこちらに近づいてくる。よく見ると、その鎧は甲冑の兜をかぶったままの自分の首を小脇に抱えていた。
「じじじジークヴァルト様」
リーゼロッテのその言葉に、ジークヴァルトが足を止める。
(いや! なんで止まるのっ!!)
リーゼロッテはさらにぎゅううっとジークヴァルトにしがみついた。
その間にも首無しの鎧はふたりにどんどん近づいてくる。リーゼロッテの反応を見て、「ああ」とジークヴァルトは無感情な声で言った。
「あれは三百年前の大公だ。時々、ああやって王城内を徘徊しているが、害はない」
そう言うとジークヴァルトは、リーゼロッテをすとんと下に降ろした。首無し鎧はすぐそこまで迫っていた。
「大公、めずらしいな。昼間に出歩くなど」
ジークヴァルトの言葉に、首無しの鎧の足が止まった。
『おお、フーゲンベルクの小僧か。大きくなったな。おや、そこにいるのはマルグリット嬢か? 最近見かけないと思ったが。元気にしていたか?』
ジークヴァルトの陰に隠れていたリーゼロッテが恐る恐る顔を出す。
「母様をご存じなのですか?」
しゃべる首無しの鎧は怖かったが、禍々しい感じは全くしなかった。リーゼロッテは、ジークヴァルトの後ろから少し前に出て、その大昔の大公に礼を取った。
「わたくしリーゼロッテと申します。マルグリットはわたくしの母でございます、大公様」
『嬢の娘とな。同じ気配を纏っていると思ったが……そうか……時が移ろうのは早いものだな』
リーゼロッテをしばらく見やってから、大公は感慨深げに言った。
「大公はこんな時間に何をしているのだ?」
『最近、異形たちが騒がしくてな。おちおち寝てもいられん』
わしも異形だがな、と付け加えると鎧の大公はわははと豪快に笑った。
(この鎧の大公様も異形なのね。魂の錬成、とかではないわよね、やっぱり……)
リーゼロッテはここの所ずっと思っていた。せっかく異世界に転生したのだから、錬金術とか魔法陣とか、そっち系の世界がよかったのにと。なぜに自分はドロドロでデロデロなオカルト系なのだ。異世界要素は、それこそ龍の存在くらいだ。
(ラノベ的にタイトルをつけると、『異世界に転生しましたが、魔法は存在せずかわりに異形に狙われています』とか?)
そんなことを考えて、かえってげんなりしてしまった。
(せめて『異世界の令嬢に生まれ変わりましたが、チートは微塵も発生しない模様です』とか? あ、これ、完全にパクりなやつだわ)
リーゼロッテが心を飛ばして現実逃避をはかっていると、鎧の大公は脇に抱えた兜のベンテールを反対の手でかしゃりと開けた。ベンテールを上げた兜から、金色の瞳が覗いている。
鎧の大公はなかなかのイケおじだった。小脇に抱えられた生首でなければの話だが。
兜の生首大公と目が合って、リーゼロッテは引きつった笑みを浮かべた。叫ばなかっただけ自分でも偉いとほめてやりたい気分だ。
『ふむ。ラウエンシュタインの今度の守護者は、どうしてなかなか……』
目を細めて楽しそうに鎧の大公は言った。
『しかし、龍は何を考えてるのやら』
そう呟くと、鎧の大公は再びベンテールをかしゃりと下ろした。
『さて、わしはもういかなくては。機会があればまた会おうぞ』
そう言い残すと、鎧の大公は鎧の音を響かせて、薄暗い廊下の向こうに去っていった。
「……王城とは不思議な場所ですわね」
鎧の大公が去った廊下をみやりながら、リーゼロッテが呟くように言った。
「大公は、城の名物みたいなものだ。夜な夜な感じる者を脅かしては楽しんでいる」
(王城の七不思議的なものかしら?)
リーゼロッテがそんなことを思っていると、ジークヴァルトは再びリーゼロッテを抱え上げた。
「きゅ、急に抱き上げるのはやめてくださいませ」
「しかし、大公に礼を取ったやつは初めて見たぞ。言っておくが、周りには独り言を言っている変人にみられるからな」
「ヴァルト様が先に大公様に話しかけたのではありませんか」
「お前が気にするからだ」
そっけなく言うと、ジークヴァルトは大股で廊下を移動し始めた。




