第7話 矛盾の果て
【前回のあらすじ】
ジークヴァルトの姉アデライーデに再会したリーゼロッテ。
ジークヴァルトの守り石のついたオクタヴィアの瞳を見せられ、高価な物に思わず恐縮してしまいます。
その態度をアデライーデにたしなめられたリーゼロッテは反省しきり。
きびしい教育的指導を素直に受け入れつつ、アデライーデとの仲もより深まるのでした。
「ねえねえ、聞いた? 昨日、王城からいらしてた騎士様の話」
「聞いた聞いた! なんでもその騎士様とリーゼロッテ様が、すごく親密そうにされていたって!」
「もしかして浮気?」
「もしかして浮気!」
「え? なにそれ、あたし知らない!」
「しかもその騎士様は、エマニュエル様にまで言い寄ってたらしくって!」
「何気に二股?」
「何気に二股!」
「ええ? 騎士様、守備範囲広すぎない!?」
「エマニュエル様って年齢不詳で色っぽいもんねー。その騎士様はまだ若そうで、旦那様よりは年下っぽいって話」
「年上にいろいろされたいお年頃とかぁ? だったらリーゼロッテ様に手を出さないでよって感じ!」
「うんうん、言えてる! 旦那様の恋路を邪魔するなんて、騎士の風上にも置けないって感じ!」
「チャラ男反対!」
「チャラ男撲滅!」
「そうよ! 旦那様だってチャラい騎士なんかに負けてないんだから! 夕べだって、おふたりで仲睦まじくお食事なさったって話だし」
「あたし、配膳係にまぎれて、おふたりの晩餐、のぞき見しちゃった!」
「ええ!? ずるいぃ、わたしも見たかった!!」
「旦那様がね、リーゼロッテ様のお世話を甲斐甲斐しくされて……あれはきっと、騎士様への嫉妬ね」
「嫉妬?」
「旦那様が嫉妬!」
「もしかしたら、それがリーゼロッテ様の狙いかも」
「狙い?」
「旦那様に焼きもちを焼かせる作戦よ」
「リーゼロッテ様、小悪魔!」
「めっちゃ小悪魔!」
ここは公爵家の洗濯場だ。寒い時期はおしゃべりでもしていないと、洗濯などやっていられない。まあ、この三人娘は季節にかかわらず年中くっちゃべっているのだが。それをとがめる者は、この場には誰もいなかった。
「それにしても、水冷たいー」
「早く水が凍ってしまえばいいのに!」
公爵家には温泉水が引かれているので、水が凍るような冬場には洗濯にも湯が使えた。しかし温泉水は石鹸の泡立ちが悪いので、本格的な冬までは水で洗濯する決まりになっている。
「あれぇ? みなさん、お洗濯ですかぁ? 今日も精が出ますねぇ」
たまたま通りがかったベッティが三人娘に声をかけた。精が出ているのはもっぱらおしゃべりの方だが、あえてそこは突っ込まない。おしゃべりは女のストレス発散源だ。ベッティも無粋なことは言うつもりはもちろんなかった。
「あ、ベッティさん、こんにちは! 今日はエラ様はご一緒じゃないんですか?」
「エラ様はぁ、今回はこちらにいらしてないんですぅ。ですので、今日はリーゼロッテ様づきのお仕事していますぅ」
「ええ? うらやましい! それでリーゼロッテ様は今どちらに??」
三人娘は首がもげそうな勢いで、辺りをきょろきょろと見まわした。
「リーゼロッテ様は先程、旦那様とおふたりで乗馬に行かれましたぁ。リーゼロッテ様は馬には乗れないそうなのでぇ、旦那様と相乗りで出かけられましたよぉ」
「乗馬?」
「はい、乗馬ですぅ」
「相乗り?」
「はい、横抱きの相乗りですぅ」
「旦那様と!?」
「リーゼロッテ様が!」
「「「密着相乗りランデヴー!!」」」
三人娘が洗濯泡を飛ばしながら、息の合った声を上げる。
「ほらぁ、旦那様やっぱり嫉妬よ!」
「リーゼロッテ様の小悪魔作戦、成功してる!」
「旦那様、必死ね! 必死なのね!」
きゃいきゃい騒ぐ三人娘の周囲は泡だらけだ。そんなことはお構いなしに、三人は泡泡の手をがっちり重ねあわせた。
「なんにせよ……」
三人は目くばせをして頷きあう。
「「「頑張れ旦那様!!!」」」
三人娘の声援は、寒々しい曇天の空へ、高く大きく響き渡ったのであった。




