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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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6-5

 ほどなくして、先ほどの侍女がその腕に箱を携えて戻ってきた。肌触(はだざわ)りのよさそうな黒いベルベットが()られたその箱はとても高価なものなのか、箱を持つ侍女の手が小刻みに震えている。顔色までも青白く、とても緊張している(さま)(うかが)えた。


「リーゼロッテ、開けてみてごらんなさいな」


 箱をリーゼロッテの前のテーブルに丁寧(ていねい)に置くと、侍女は人心地(ひとごこち)がついたようにほっと息をついた。少しばかり(うら)みがましそうな視線をアデライーデに向けて、侍女は部屋の(すみ)に移動する。

 リーゼロッテそんな侍女の様子を目で追ってから、目の前に置かれた箱に視線を落とした。ゆっくりと手を伸ばして、その(ふた)を開けてみる。


「「「「「まあ!」」」」」


 侍女とお針子たちから感嘆(かんたん)の声が上がる。中でも一番大きな声をあげたのは、マダム・クノスペだ。


 箱の中身は青の守り石がさん然と輝く(きら)びやかな首飾りと、それと(そろ)いになった耳飾りだった。守り石だけではなく、ダイヤモンドを思わせる宝石が大小複雑にあしらわれた、それはそれは美しいものだ。


(領地でいただいた物もゴージャスでファビュラスだったけど……)


 これはまったく次元が違った。ちりばめられた宝石が放つ光の乱反射に目も心も奪われる。そして、それ以上に存在感を示す、守り石の美しい青の揺らめき……。

 この部屋にいる誰しもが、このひとそろいの装飾(そうしょく)に言葉を無くしていた。


「それはフーゲンベルク家に代々伝わるもので『オクタヴィアの瞳』と言うの。当主の婚約者に贈られるしきたりなのよ」

「では、これはわたくしに……?」


 こんな高貴(こうき)そうなものは恐れ多くて、自分にはふさわしいとは思えない。不安そうな顔つきのリーゼロッテに、アデライーデはいたずらっぽく笑った。


「その守り石にはヴァルトの力が込められているから、何も心配はいらないわ。ちょっと前までお父様の力が込められていたのだけど、新しく代を()いだ当主は、前当主の力を超えて守り石に力を(そそ)がないといけないのよ」


 そう言われてリーゼロッテは手のひらをそっと守り石にかざしてみた。その石からは確かにジークヴァルトの力が感じられる。


「リーゼロッテのデビューに間に合ってよかったわ。これをつければ、今期のデビュタントのいちばんの話題はリーゼロッテになること間違いなしね」


 ジークヴァルトはピクニックの時に、デビューの飾り物は別に贈ると言っていた。きっとこれのことだったのだろう。


「もしかしてこれは、ものすごく質のいい守り石なのですか?」


 守り石にも品質があって、良い物ほど込められる力が多いと以前ジークヴァルトが言っていた。この石に力を注いで満たすのは、とても大変なことなのではないだろうか?

 多少なりとも力を扱えるようになったリーゼロッテは、そう思って眉を下げた。


「何を気にしているか知らないけど、代々そうやって受け継がれてきたものだから、気を遣うことなんてないわよ」

「……はい」

「ねえ、リーゼロッテ。もしかしてだけど、あなた、ジークヴァルトの気遣いを申し訳なく思っているの?」

「申し訳なくと申しますか……お忙しいヴァルト様のお手を(わずら)わせているのだと思うと、どうしても気になってしまって……」


 リーゼロッテがうつむきがちに言うと、アデライーデは、はあ、と大きなため息をついた。

 マテアスから聞いてはいたが、ジークヴァルトの贈り物攻撃に、リーゼロッテが困惑しているというのは本当のことらしい。ダーミッシュ領に滞在していた時もその傾向はあったが、今はさらに症状が悪化しているようだ。

 アデライーデはそのままお針子たちの手を離れて、リーゼロッテの前まで歩を進めた。


「リーゼロッテ、あなたのその態度は(いただ)けないわね。あなたは(れっき)としたジークヴァルトの婚約者よ。それ相応(そうおう)大切に扱われるのは当然だし、それを当たり前に受け入れることも当然のことだわ。なのに、あなたのその態度は何? ジークヴァルトを馬鹿にしているの?」


 アデライーデの冷ややかな口調にリーゼロッテは目を見開いた。


「あなたのその()()いは、フーゲンベルク公爵家を(おとし)める以外の何物(なにもの)でもないわ。あなたのそれは謙虚(けんきょ)とは言わない。自分の自信のなさをごまかすためのただの詭弁(きべん)よ。はき違えないでちょうだい」

「わたくしそんなつもりはっ」


 アデライーデに冷たく見下ろされて、リーゼロッテは反射的に立ち上がった。血の気が引いて指先が冷たくなっていく。涙がせりあがってくるのを感じたが、絶対にここで泣いてはいけないと、リーゼロッテはぐっと奥歯に力を入れた。


「あなたにそんなつもりはなくても、周りの者はそう受け止めるのよ。いいこと、リーゼロッテ。社交界に出れば、口さがない人間は(いや)になるほどいるわ。あなたがそんな態度のままでは、この先思いやられるわね」


 突き離すような声音(こわね)にリーゼロッテの顔色がますます白くなっていく。周りの人間は口を出すこともできずに、はらはらとふたりを見守っていた。


 しばし重い沈黙が続いた後、アデライーデはふっと口元に笑みを浮かべた。(やわ)らかい物腰でリーゼロッテに近づき、そっとその(ほお)を両手で包みこむ。


「他人へのその気遣(きづか)いはあなたの美徳(びとく)だわ。でもね、それはいつか必ず大きな(すき)となる。それに、ジークヴァルトにだけは、そういう垣根(かきね)はつくらないであげてほしいのよ。……大丈夫、ヴァルトに(まか)せておけば何も心配はいらないわ。あなたはただ笑って、ジークヴァルトに守られていればそれでいいの」

「アデライーデ様……」

「あら、もうお姉様とは呼んでくれないの?」


 茶目っ気(ちゃめっけ)たっぷりにウィンクされて、リーゼロッテはますます泣きそうな顔になった。


「ダメよ。ほら、笑いなさい。あなたにならできるはずよ」


 青い瞳にまっすぐ見つめられたリーゼロッテは、きゅっと唇をかみしめた。一度瞳を閉じてからゆっくりとまぶたを開く。そして、やわらく微笑みをつくった。それは見事な、お手本のような淑女の笑みだった。


「そうよ、それでいいわ」


 満足げに微笑んでアデライーデはリーゼロッテを抱きしめた。リーゼロッテもその胸に顔をうずめて、そっと抱きしめ返す。


「アデライーデお姉様……」

「ふふ、リーゼロッテは本当に可愛いわね」


 そう言ってするりと蜂蜜色の髪をなでた。

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