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リーゼロッテが慌てたように遮ると、ベッティはわかっていますとばかりにうんうんと頷いた。
「お隠しにならなくてもよろしいのですよぉ。仕える方の思いを忖度するのは侍女として当然のスキルですぅ。エラ様直伝の気遣いをいかんなく発揮しますのでぇ、リーゼロッテ様は大船に乗ったおつもりでいてくださいぃ」
(大船どころか泥船なんじゃ……!?)
リーゼロッテはあわてて頭をふるふると振った。
「あのね、ベッティ。カイ様とわたくしはそのような仲などではないし、それにそんなことを言ってはカイ様に失礼よ」
「ぇえ、そうでしょうかぁ。あの方はそのくらいじゃあビクともしないですし、むしろおもしろがるだけだと思いますけどぉ」
「……ベッティはもしかしてカイ様と面識があるの?」
やけに強い決めつけにリーゼロッテは首をかしげた。
「えぇとぉう、わたしはこちらの公爵家で雇われる前に王妃様の元で働いていましたのでぇ。と言っても下っ端中の下っ端でしたがぁ。王城であの方のいろんなよくないあれやこれやをたくさん山盛り耳にしたんですぅ」
「あれやこれや……」
リーゼロッテは無意識につぶやいた。昨日、エーミールが突然カイに暴言を吐いたことが脳裏に浮かぶ。
(デルプフェルトの忌み子……グレーデン様はそうおっしゃっていたわね……)
出自に関する事だろうか。カイはまるで気にした様子はなかったので、嫌がらせのうわさの類なのかもしれない。
(どちらにしても、詮索するようなことではないわね、きっと……)
親しき中にも礼儀ありだ。ちょっと気になるからと言って、何でもかんでも根掘り葉掘り知りたがるのは、人としてナンセンスだろう。
「あれやこれやの中身をお知りになりたいですかぁ? あのですねぇ……」
「え? いいわ、別に聞きたくは……」
「まぁまぁそうおっしゃらずにぃ。あの方のよくない噂の大半はぁ、超絶女癖が悪いってことですのでぇ。ぶっちゃけあの方は女の敵ですぅ。リーゼロッテ様はおやさしいからぁ、つけこまれて弄ばれないようお気をつけくださいませねぇ」
「カイ様が女の敵?」
王城で接したカイとその言葉がうまく結びつかない。王子とのやり取りを見る限りでは、カイはどちらかというとフェミニストという印象だ。女好きといえばそうなのかもしれないが、女の敵は言い過ぎだろう。
昨日目にしたエマニュエルへのチャラ男ぶりは、今考えると場を和ませるためのカイのパフォーマンスのようにリーゼロッテには思えた。
「ほらぁ、やっぱりお気づきになってないぃ。ぱくりと食べられちゃったらどうなさるおつもりですかぁ?」
「ベッティはわたくしを心配してくれているのね。……でもね、ベッティ、カイ様はそのような方ではないわ。ベッティが言っているのは、あくまで噂なのでしょう? だったらわたくしは自分のこの目で見たカイ様を信じたいわ」
叱るでもなく静かにそう言ったリーゼロッテに、ベッティは驚いたように目を見開いた。
「わたしぃ、リーゼロッテ様がぁ、今、超・絶! 大好きになりましたぁ! お困りのことがあったら、きっとお役に立てます! 何かあったらいつでもベッティにおっしゃってくださいましねぇ!」
一転して満面の笑みでリーゼロッテの両手を取ったベッティは、その手をぶんぶんと上下に揺さぶった。
「え、え、ぇ、ええ、ぁありがとう、そ、その気持ちだけでぅうれしいわわわ」
かくんかくんと揺すられながらリーゼロッテがやっとの思いで返事をすると、ベッティは「はいぃ、わたしも超絶うれしいですぅ。 あ、おリボンが曲がってますよぅ」と素早い動きでリーゼロッテの乱れた髪を整えた。
「あと、大事なお知らせがございますぅ。ご朝食が済みましたら、旦那様からお話があるとのことでぇ、執務室まで来るようにとの仰せですぅ」
「え? それはお待たせしてはいけないわね」
リーゼロッテは軽めの朝食を終えて、急ぎ執務室へと向かったのだった。




