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一口飲んで、リーゼロッテはグラスの中の果実水を、ゆっくりと揺らしながらくるくる回した。
「ふふっ」
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「……なにがおかしい?」
「いえ、とてもうれしくて……」
どんな贈り物より、今の言葉の方がうれしかった。例え、エッカルトに促されたものだとしても、いつも無駄口をきかないジークヴァルトが、懸命に考えて言葉にしてくれたのだ。
頬を染めて微笑むリーゼロッテに、「そうか」と言ってジークヴァルトはついと顔を逸らした。
「で、話とは何だったのだ? カイに用があったと聞いたが」
ジークヴァルトもこの晩餐の席が、リーゼロッテが本当に望むものとは思ってはいないらしい。特に隠す理由があるわけではないので、アンネマリーに頼みごとをされたことをリーゼロッテは素直に話した。
「初めはヴァルト様にお願いして、カイ様に届けていただこうと思っていたのです」
「そうか」
先ほどのやり取りで、リーゼロッテの緊張はすっかりほどけていた。アルコールが入っているわけではないのに、場の雰囲気に少し酔っているのかもしれない。
「ヴァルト様。白の夜会ではわたくしと踊っていただけますか?」
そんな言葉もするりと出てきた。デビューの夜会のファーストダンスは、身内の男性と踊るのが決まりなので、リーゼロッテは義父のフーゴと踊る予定だ。それが済んだ後は、誰と踊っても構わないことになっている。
ジークヴァルトは無表情でリーゼロッテの顔を見つめた。
「むしろお前は、ダーミッシュ伯爵とオレ以外とは踊らない方がいい。……行けば分かると思うが、人が集まる場所には異形の者も集まりやすい。舞踏会ではオレか伯爵か、必ずどちらかのそばにいろ」
「まあ、そうなのですね。……では、カイ様となら踊ってもかまいませんか?」
異形の者が問題というならば、異形を祓う力を持つカイが相手ならば大丈夫だろうか? 他意はなく何気なく聞いてみただけなのだが、一瞬、ジークヴァルトの眉間にしわがよった。
「……カイなら……別に、かまわない」
無表情に戻ったジークヴァルトはそう言って、グラスの液体を一気にあおった。すかさずエッカルトがグラスに果実水を注ぐ。それをまたジークヴァルトはすぐにぐいと飲みほした。
「……旦那様」
非難めいた声音のエッカルトに、ジークヴァルトは諦めたようにグラスから手を離した。
「いや、やはり駄目だ。白の夜会ではダーミッシュ伯爵とオレ以外とは踊るな」
「はい……承知しましたわ」
少し残念そうなリーゼロッテをジークヴァルトはちらっとみやり、その後に、リーゼロッテの背後のさらに遠くをじっと見つめた。
リーゼロッテもつられて、自分の後ろを振り返った。そこには、こちらを遠巻きに見ているおめめきゅるるん小鬼隊が、押しくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅう身を寄せ合っていた。
「あ……あれは、その……」
「いい。オレもカークを通して視ていた」
「え?」
その言葉に思わず壁際に控えていたカークに視線をやる。ジークヴァルトの言葉に、カークはぴしりと背筋を伸ばしなおした。
(なんかまるで、子供の見守りサービスみたい……)
少し情けない気分になってリーゼロッテは眉を下げたが、どうやら叱られることはないらしい。そう思ってほっと息をついた。
「十匹までだぞ」
不意にジークヴァルトにそう言われ、リーゼロッテはこてんと首をかしげた。
「十匹……でございますか?」
「ああ。アレをするのは一日十匹までだ」
アレとは、どうやらドロデロの異形をきゅるんと可愛くすることらしい。それがわかるとリーゼロッテはうれしそうにはにかんだ。
「はい、お約束は必ず守りますわ」
「ああ」
そう言ってジークヴァルトは、再びふいと顔を逸らした。




