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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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4-5

「まあ、ピッパ。ハインリヒの結婚相手を勝手に決めるなんて」


 呆れたように言うクリスティーナに、ピッパはすかさず反論した。


「だって、アンネマリーよ! お兄様だってきっと好きになるわ」

「アンネマリーの気持ちだってあるでしょう?」

「アンネマリーもお兄様が好きよ! だって、お兄様の話をすると、アンネマリーはいつもすごくうれしそうにしていたもの!」


 ピッパは興奮したようにハインリヒを(あお)ぎ見た。


「ねえ、聞いて、お兄様! アンネマリーはね、あたたかくてふわふわでとっても(やわ)らかいの! (ねこ)殿下(でんか)なんかよりも、ずっといい(にお)いもするわ! お兄様、ふわふわ、お好きでしょう? だから、お兄様も絶対に、絶対にアンネマリーを好きになるわ!」


 力説するピッパを前に、青ざめた表情でハインリヒは立ち尽くしていた。そんなふたりを、イジドーラは表情を変えずに静観(せいかん)している。


 イジドーラはこの場をどうおさめるのだろう。カイがそんなことを思ってその美しい顔を見やっていると、不意にイジドーラがカイに目線を寄こしてきた。


(うわ、オレになんとかしろっていうわけ!?)


 目を見開いて抗議(こうぎ)の意思を伝えてみるが、いたずらな叔母(おば)は妖しい笑みを返してきただけだった。


「ああー、もう、ええと、ハインリヒ様がふわふわ好きなのはさておきまして……次の公務のお時間が差し迫っていますので、そろそろこの場を失礼しましょうか? ね、ハインリヒ様」


 この後ハインリヒに公務の予定はないが、投げやりにカイがそう言うと、ハインリヒは(かた)い表情のまま「ああ」と頷いた。


「ピッパ様も本日のお勉強がありますので、離宮へと戻りましょう」

 女官のルイーズの言葉にピッパが信じられないといった顔をした。


「いやよ! 今日はクリスティーナお姉様と一緒にいるわ」

「ピッパ様!」


 ルイーズの怒り声に苦笑しながら、クリスティーナが助け舟を出した。


「ルイーズ、今日はわたくしもお義母様の離宮に泊まるから、ピッパの勉強時間は短めにしてやってちょうだい」


 ルイーズはイジドーラが頷くのを確認してから、クリスティーナに頭を垂れた。


「仰せのままに、王女殿下」


「まあ、お姉様の言うことは素直にきくのね! わたくしの言うことなど、ちっともきかないくせに!」


 不満そうなピッパにルイーズは片眉を上げた。


「すぐにお勉強をさぼろうとするピッパ様のおっしゃることなど、従う義務はございません。さあ、参りますよ」


 不満そうにしながらも、ピッパはルイーズに従った。


「では、みな様、失礼いたします」

 扉の手前で美しいお辞儀を披露すると、ピッパは最後にハインリヒに向き直った。


「お兄様、アンネマリーのこと、よろしくお願いしますわね」

 そう言い残して嵐のような妹姫は、扉の向こうへと消えていった。


(なんていうか……子供って残酷(ざんこく)だな)


 他人事のようにカイは思って、ハインリヒを促した。このままここにいても、ハインリヒの気分は落ち込むばかりだろう。カイはこわばったままのハインリヒの背中に両手を当てて、ぐいと廊下へと押し出した。


「では、王妃殿下、王女殿下。御前(おんまえ)失礼いたします」

 そう言っていたずらっぽく笑うと、カイは丁寧(ていねい)な手つきで扉を閉めた。


 部屋に残されたのは、イジドーラとクリスティーナ、それに、ずっと後ろで控えていたクリスティーナ付きの侍従(じじゅう)の男だけになった。


「ピッパは相変わらずね。お父様が甘やかしすぎなのではないかしら?」

「あら、クリスティーナも充分、甘やかされているようだけれど?」


 イジドーラが水色の瞳を細めて言うと、クリスティーナは華奢(きゃしゃ)な肩をすくめてみせた。


「いくら表舞台に出てはいけないからって、年に一度くらい公務をこなしたって、ばちは当たらないでしょう?」


 病弱と知られる王女は美しい笑顔を王妃に向けた。その顔色はまったく不健康そうには見えない。赤みがさしたすべらかな頬は、どちらかというと健康そのものという印象を与えている。


「クリスティーナ様、今年の公務はすでに三度目でございます」

「あら、そうだったかしら? あまり元気な姿をみせるのはよくないわね……そうね、だったら次の公務では、わざとらしく倒れることにするわ」


 後ろに控えた従者の青年に言われ、クリスティーナは大まじめな様子で頷いた。それを聞いた従者が「またそのようなことを……」と小さくため息をつく。


「あら、いいではない。王女らしく可憐(かれん)に倒れるといいわ。その時はお前が、颯爽(さっそう)とクリスティーナを抱きとめるのよ」


 王妃が怪しげな笑みを()いたまま、楽しそうに告げる。しばし閉口したのち、観念したように従者の青年は頭を垂れた。


「…………仰せのままに、王妃殿下」


「ふふっ、アルベルトが受け止めてくれるなら、心置きなく倒れられるわね」

「クリスティーナ様……お(たわむ)れもほどほどになさってください」

「まあ、アルベルト。あなた、お義母(かあ)(さま)の言うことはきくのに、わたくしの言葉には耳を貸さないのね。従者失格だわ」

「主人を正しい道に導くのも、従者の役目にございます」

「まあ、つまらない男」


 クリスティーナはそう言って、鈴を転がすような耳に心地よい声でくすくすと笑った。

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