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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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3-7

「やー、色男は何をしても様になるねー」

 感心したようにカイは頷いている。


「あの……カイ様……申し訳ありません」

「ん? どうしてリーゼロッテ嬢が謝るの?」

「……わたくしとこちらにいらっしゃらなければ、カイ様は不快な目に合わずに済みましたでしょう……?」

「はは、あのくらいどうってことないよ。グレーデン殿のアレは、時候の挨拶みたいなもんでしょ」


 エーミールは相容(あいい)れないものはすべて否定し、決して認めない性格だ。そして思ったことをすぐ口にする。言い換えれば嘘のつけない素直な人間ということだ。

 笑顔の仮面をはりつけて、腹の中では何を考えているか分からないような人間よりは、むしろ好感が持てるというものだろう。カイにしてみれば、マテアスのような人間の方が、よほど油断ならない要注意人物だ。


「いえ、デルプフェルト様、こちらの不手際(ふてぎわ)で不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 エマニュエルが再び深く頭を下げた。


「あー、いや、ホント気にしてないから」


 カイは困ったようにエマニュエルの手を取った。そのまま手を引いてエマニュエルの顔を上げさせる。その流れでエマニュエルの手に、当たり前のように自身の唇を押し当てた。


「それにしても、先ほどの子爵夫人の叱責(しっせき)……思わず心を奪われてしまいました」

「まあ、デルプフェルト様は、強気な女がお好みですか?」

「あなたのような美しい方になら、ぜひにも(しか)られたいものです」


(か、カイ様がチャラ男になった……)


 ほほほ、はははと見つめ合うふたりを前に、リーゼロッテのカイへの評価がダダ下がったのは言うまでもなかった。


 その後、気を取りなおした一行はリーゼロッテの部屋の前に到着した。リーゼロッテが部屋の中へカイを(いざな)うと、カイは少し困った顔をする。


「いや、オレはここで待ってるよ」

「ですが、カイ様を廊下で待たせるなどできませんわ……」


 それでもカイは、(かたく)なに部屋には入ろうとはしなかった。

 ジークヴァルトの不在の(すき)に、リーゼロッテの自室に入ったなどと知れたら、さすがのカイも無傷ではいられなさそうだ。


 貴族の部屋には、自室と言えど来客用の居間があるので、エマニュエルが同席している状態でカイが部屋に入ること自体は、世間体的にみて問題はないだろう。しかしそれを、ジークヴァルトが良しとしないのは目に見えている。


「もう少しカークを観察したいし、ね?」


 なんとか言いくるめると、リーゼロッテは頷いて部屋の中へひとり入っていった。その後にエマニュエルが続く。


「デルプフェルト様……お気遣い感謝いたしますわ」

「オレもまだ命は()しいからね」


 その返事にくすりと笑って、エマニュエルはぱたんと扉を閉めた。


 廊下に残されたのは、カイとカークのふたりきりだ。カークは扉の横で、姿勢よくぴしりとたたずんでいる。


(はは、ホントの護衛みたいだ)


 異形の者に取りつかれやすい人間は確かにいるが、(した)われる人間など見たこともない。


「泣き虫の異形の方も気になるけど……」


 取りこぼしておかないと、次に公爵家に来る理由がなくなってしまう。


「こんなおもしろいこと、なかなかないしね」


 反応のないカーク相手に、カイが独りごちていると、再び部屋からリーゼロッテが「お待たせしました」と顔を出した。


 その手には、小さな箱が大事そうに握られている。その箱からにじみ出る力の波動に気づくと、カイの()りつけた様な笑顔が、その顔から消えた。


「カイ様……わたくし、これをアンネマリーから預かっていて……」

「……そう」


 カイはそれ以上何も言わずに、リーゼロッテからその小箱を受け取った。


「こちらの手紙もカイ様にと……」


 アンネマリーはカイに渡せば分かってもらえると言っていた。(うかが)うように手紙を差し出す。


 カイは無言でそれを受け取った。そのまま手にした小箱と手紙を、考え込むようにじっと見つめる。


「あの……カイ様……アンネマリーは……」

 言葉が続かず、リーゼロッテは瞳をさ迷わせた。


「ああ、うん、ちゃんと受け取ったよ。大丈夫。アンネマリー嬢にもそう伝えて?」

「……はい」


 アンネマリーの願い通り、王子の懐中時計はカイに手渡せた。なのに、どうしてこんなにもすっきりしないのだろう。


「大丈夫……アンネマリー嬢は、ちゃんとしあわせになるよ」


 そう言ってカイは、リーゼロッテを安心させるようにやわらかく笑った。しかし、その言葉を聞いたリーゼロッテがぎゅっと眉根(まゆね)を寄せる。そのままへの字に曲げた桜色の唇を、ふるふると小さく震わせた。


(やばい、泣く)


 リーゼロッテを泣かせたとあっては、後でどんな鉄槌(てっつい)を受けるか分かったものではない。ジークヴァルトの無言の圧を想像して、カイは背筋(せすじ)を凍らせた。


(くそ、ハインリヒ様のせいで、完全にとばっちりだ)


 カイの王子への悪態(あくたい)とは裏腹(うらはら)に、しかしリーゼロッテは出そうになった涙をぐっと押しとどめた。


 王子への思いを断とうとしているアンネマリー。あの切なげな水色の瞳を思い出すと、リーゼロッテの小さな胸は締めつけられた。


「もう……どうにもすることはできないのですか……?」

「……うん、こればっかりはね……」


 何を、とは言われなかったが、リーゼロッテの言いたいことは十分わかる。激鈍(げきにぶ)のリーゼロッテにすら筒抜けになるほど、傍目(はため)から見てふたりは()かれ合っていたのだから。


 それなのに、ハインリヒは一体何をやっているのか。もっとうまいやりようは、他にいくらでもあっただろうに。龍の託宣の存在があるにしても、カイは未だに呆れを隠せないでいた。


 手にした小箱を見つめ、カイは思う。ハインリヒはこれを、どんな顔で受け取るだろうかと。

 だが、本人にその気がないのなら、カイにできることは何もない。せめて、アンネマリーの決意を(しか)と届けよう。


(まあ、イジドーラ様だけは、まだ(あきら)めていないみたいだけど、ね)


 今にも泣き出しそうなリーゼロッテを見やりながら、カイは胸中でそんなことをつぶやいた。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。一応、この話の主役をやってまーす! だのに、次回はわたしの台詞は一切なし!? それどころか登場シーンも皆無だなんて、一体全体どういうことなの~!! そんなわけで、次回はブラオエルシュタイン王家の方々が豪華勢ぞろいですわ!

 次回、2章 第4話「永遠の鍵」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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