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「やー、色男は何をしても様になるねー」
感心したようにカイは頷いている。
「あの……カイ様……申し訳ありません」
「ん? どうしてリーゼロッテ嬢が謝るの?」
「……わたくしとこちらにいらっしゃらなければ、カイ様は不快な目に合わずに済みましたでしょう……?」
「はは、あのくらいどうってことないよ。グレーデン殿のアレは、時候の挨拶みたいなもんでしょ」
エーミールは相容れないものはすべて否定し、決して認めない性格だ。そして思ったことをすぐ口にする。言い換えれば嘘のつけない素直な人間ということだ。
笑顔の仮面をはりつけて、腹の中では何を考えているか分からないような人間よりは、むしろ好感が持てるというものだろう。カイにしてみれば、マテアスのような人間の方が、よほど油断ならない要注意人物だ。
「いえ、デルプフェルト様、こちらの不手際で不愉快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
エマニュエルが再び深く頭を下げた。
「あー、いや、ホント気にしてないから」
カイは困ったようにエマニュエルの手を取った。そのまま手を引いてエマニュエルの顔を上げさせる。その流れでエマニュエルの手に、当たり前のように自身の唇を押し当てた。
「それにしても、先ほどの子爵夫人の叱責……思わず心を奪われてしまいました」
「まあ、デルプフェルト様は、強気な女がお好みですか?」
「あなたのような美しい方になら、ぜひにも叱られたいものです」
(か、カイ様がチャラ男になった……)
ほほほ、はははと見つめ合うふたりを前に、リーゼロッテのカイへの評価がダダ下がったのは言うまでもなかった。
その後、気を取りなおした一行はリーゼロッテの部屋の前に到着した。リーゼロッテが部屋の中へカイを誘うと、カイは少し困った顔をする。
「いや、オレはここで待ってるよ」
「ですが、カイ様を廊下で待たせるなどできませんわ……」
それでもカイは、頑なに部屋には入ろうとはしなかった。
ジークヴァルトの不在の隙に、リーゼロッテの自室に入ったなどと知れたら、さすがのカイも無傷ではいられなさそうだ。
貴族の部屋には、自室と言えど来客用の居間があるので、エマニュエルが同席している状態でカイが部屋に入ること自体は、世間体的にみて問題はないだろう。しかしそれを、ジークヴァルトが良しとしないのは目に見えている。
「もう少しカークを観察したいし、ね?」
なんとか言いくるめると、リーゼロッテは頷いて部屋の中へひとり入っていった。その後にエマニュエルが続く。
「デルプフェルト様……お気遣い感謝いたしますわ」
「オレもまだ命は惜しいからね」
その返事にくすりと笑って、エマニュエルはぱたんと扉を閉めた。
廊下に残されたのは、カイとカークのふたりきりだ。カークは扉の横で、姿勢よくぴしりとたたずんでいる。
(はは、ホントの護衛みたいだ)
異形の者に取りつかれやすい人間は確かにいるが、慕われる人間など見たこともない。
「泣き虫の異形の方も気になるけど……」
取りこぼしておかないと、次に公爵家に来る理由がなくなってしまう。
「こんなおもしろいこと、なかなかないしね」
反応のないカーク相手に、カイが独りごちていると、再び部屋からリーゼロッテが「お待たせしました」と顔を出した。
その手には、小さな箱が大事そうに握られている。その箱からにじみ出る力の波動に気づくと、カイの貼りつけた様な笑顔が、その顔から消えた。
「カイ様……わたくし、これをアンネマリーから預かっていて……」
「……そう」
カイはそれ以上何も言わずに、リーゼロッテからその小箱を受け取った。
「こちらの手紙もカイ様にと……」
アンネマリーはカイに渡せば分かってもらえると言っていた。伺うように手紙を差し出す。
カイは無言でそれを受け取った。そのまま手にした小箱と手紙を、考え込むようにじっと見つめる。
「あの……カイ様……アンネマリーは……」
言葉が続かず、リーゼロッテは瞳をさ迷わせた。
「ああ、うん、ちゃんと受け取ったよ。大丈夫。アンネマリー嬢にもそう伝えて?」
「……はい」
アンネマリーの願い通り、王子の懐中時計はカイに手渡せた。なのに、どうしてこんなにもすっきりしないのだろう。
「大丈夫……アンネマリー嬢は、ちゃんとしあわせになるよ」
そう言ってカイは、リーゼロッテを安心させるようにやわらかく笑った。しかし、その言葉を聞いたリーゼロッテがぎゅっと眉根を寄せる。そのままへの字に曲げた桜色の唇を、ふるふると小さく震わせた。
(やばい、泣く)
リーゼロッテを泣かせたとあっては、後でどんな鉄槌を受けるか分かったものではない。ジークヴァルトの無言の圧を想像して、カイは背筋を凍らせた。
(くそ、ハインリヒ様のせいで、完全にとばっちりだ)
カイの王子への悪態とは裏腹に、しかしリーゼロッテは出そうになった涙をぐっと押しとどめた。
王子への思いを断とうとしているアンネマリー。あの切なげな水色の瞳を思い出すと、リーゼロッテの小さな胸は締めつけられた。
「もう……どうにもすることはできないのですか……?」
「……うん、こればっかりはね……」
何を、とは言われなかったが、リーゼロッテの言いたいことは十分わかる。激鈍のリーゼロッテにすら筒抜けになるほど、傍目から見てふたりは惹かれ合っていたのだから。
それなのに、ハインリヒは一体何をやっているのか。もっとうまいやりようは、他にいくらでもあっただろうに。龍の託宣の存在があるにしても、カイは未だに呆れを隠せないでいた。
手にした小箱を見つめ、カイは思う。ハインリヒはこれを、どんな顔で受け取るだろうかと。
だが、本人にその気がないのなら、カイにできることは何もない。せめて、アンネマリーの決意を確と届けよう。
(まあ、イジドーラ様だけは、まだ諦めていないみたいだけど、ね)
今にも泣き出しそうなリーゼロッテを見やりながら、カイは胸中でそんなことをつぶやいた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。一応、この話の主役をやってまーす! だのに、次回はわたしの台詞は一切なし!? それどころか登場シーンも皆無だなんて、一体全体どういうことなの~!! そんなわけで、次回はブラオエルシュタイン王家の方々が豪華勢ぞろいですわ!
次回、2章 第4話「永遠の鍵」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!




