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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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3-4

     ◇

 フーゲンベルク家に到着したカイは、他のお付きの者を馬車で待たせ、ひとり公爵家の執務室に通された。


「他の方々はよろしかったのですか?」

「ぞろぞろ来ても迷惑なだけでしょ? ま、今回は形だけの視察だしね」


 マテアスに出された紅茶を一口含む。


「ん? この色合いと深い香りは……隣国の茶葉かな?」

「さすがはデルプフェルト様。そちらはリーゼロッテ様からおすそ分けして頂きまして」

「ああ、クラッセン侯爵家の隣国土産だね」

「はい、そのように伺っております」


 マテアスは「リーゼロッテ様はもうじき来られますので。お待たせして申し訳ありません」とにこやかに腰を折った。


「それも仕事のうちだよ。気にしないで」

(はは、内心、くそ忙しいところに来やがってと思ってるくせに)


 形ばかりとは言いつつ、わざとジークヴァルトのいない日を(ねら)ってやってきたのだ。マテアスもそれは承知の上だろう。カイは人好きのする笑顔をマテアスに返した。

 (きつね)(たぬき)()かし()いのような笑顔の応酬(おうしゅう)が続いた後、カイは本題を切り出した。


「とりあえず、今聞けることは聞いとこうかな。リーゼロッテ嬢が来てから起きた異形の騒ぎを教えてもらえる?」


 マテアスに拒否権はない。この視察は王太子の命令の元、行われていた。


「そうでございますね……まずは、公爵家に長年(ながねん)立っておりました異形の者の心をお(つか)みになられたのが、リーゼロッテ様が公爵家にいらっしゃって三日後の事でした。その数日後には、公爵家で長年泣いておりました異形の者の心を開かせ、その他には、リーゼロッテ様が廊下をお歩きになれば、毎日のように小鬼を引き連れておいでです」

「……なるほど。相変わらずリーゼロッテ嬢は楽しいことになってるね。で、ジークヴァルト様の方はどう? 順調に異形たちを騒がせてる?」

「順調……かどうかはわかりかねますが、デルプフェルト様がおっしゃりたいのは、フーゲンベルク家当主(とうしゅ)が代々(かか)える異形の者の諸問題(しょもんだい)の事でしょうか。そう推察(すいさつ)いたしますと、順調と言えなくもないかと……」

「へえ、それなりに手を出してるんだ」


 ふたりが言っているのはいわゆる『公爵家の(のろ)い』、ジークヴァルトがリーゼロッテに対してムラムラすると、周りの異形が騒ぎ出すというアレである。


(ええ、順調に頭を悩まされていますとも……!)


 にこやかに応対しつつも、マテアスは頭の中で、執務室を何度も破壊しまくる主人に向かって悪態(あくたい)をついていた。


 公爵家の呪いに関しては、長年フーゲンベルク家で繰り返し起きていることなので、王城に残されている過去の調書(ちょうしょ)には、歴代(れきだい)の当主がおこした騒ぎが(あま)すことなく(しる)されている。カイは事前にそれらに目を通していた。


(でも、ジークヴァルト様のことだから、結局は未遂(みすい)で終わってるんだろうな)


 王城で繰り広げられていた、かみ合わない喜劇(きげき)のようなふたりのやりとりを思い浮かべる。やはり視察はジークヴァルトがいる日に来るべきだったと、カイは少々()やんでいた。


 そんな時、執務室の扉をノックする音が響いた。リーゼロッテがやってきたようだ。扉を開けたマテアスが何事かを話しかけ、部屋の中へと(いざな)っている。

 リーゼロッテは十五歳の誕生日を迎えてから、(ろう)せず力を解放できるようになったと、ジークヴァルトから聞いていた。聞いてはいたのだが、近づく気配に、カイは内心、驚きを隠せなかった。


(まさかここまでとは……)


「カイ様?」


 驚いたように名を呼ばれ、カイは声の主を振り返った。そこにいたのは、(あふ)れんばかりの聖女の力をその身にまとったリーゼロッテだった。


 王城にいたときは、小さな体の中に凝縮(ぎょうしゅく)された力を、無理矢理(むりやり)押し込めている印象だったが、今は無尽蔵(むじんぞう)にその力をまき散らしている。


 泉のように()き出る力に()かれて寄ってきているのだろう。後ろから、ちょろちょろと様子を伺うように小鬼が何匹もついてきていた。だが、ジークヴァルトの守り石のせいで、近づくことはできないようだ。

 少女だった体つきも丸みを帯びてきて、少し大人びたようにも感じる。


「しばらく会わないうちに、すごく綺麗になったね、リーゼロッテ嬢」


 そう言って、カイは(まぶ)しそうに目を細めた。


「まあ、お世辞でもうれしいですわ」


 ふわりと微笑み、リーゼロッテは淑女の礼をとった。その動きと共に、(あざ)やかな緑の力がさざ波のように広がっていく。その波を追いかけて、周りの小鬼たちがぴょこぴょこと飛び跳ねた。


「はは、また可愛くしちゃうんだ」


 リーゼロッテの体から漏れた力に触れた異形たちが、なんだかちょこっと可愛くなっている。カイの視線を追って後ろを振り向くと、リーゼロッテは不服そうに唇を(とが)らせた。


「わざとやっているわけではありませんわ」

「あはは、ほめてるんだよ。浄化させない絶妙(ぜつみょう)(ちから)加減(かげん)は、真似(まね)しようにも誰にもできやしないよ」


 カイはそう言うが、とてもほめているようには思えない。


「……今日は、カイ様がいらっしゃるとは思ってもみませんでしたわ」


 神官か騎士団の誰かが来るとは聞いていたが、まさか知り合いが来るとは驚いた。


「ああ、騎士団の近衛(このえ)第一隊は、表向きはハインリヒ様直轄(ちょっかつ)護衛(ごえい)専門(せんもん)部隊だけど、一部の隊員は異形の者を取り締まる役目を(にな)っているからね。ジークヴァルト様もそのひとりだし、異形の調査でジークヴァルト様が他家(たけ)(おもむ)くことだってあるよ」

「まあ、そうなのですね」


 調査をする場所によっては、カイの身分では立ち入れないこともある。高位の貴族を相手にする場合、いかに王太子の命であってもすげなく扱われるため、ジークヴァルトのような爵位(しゃくい)の高い者が行く必要がある場合もあった。


「ちなみにアデライーデ様もそうだよ。騎士団の力ある者はたいがいその(にん)についてるかな」

「まあ、アデライーデ様も?」

「うん、今は主にバルバナス様の元で活動しているけどね」


 バルバナスは王兄(おうけい)にして大公(たいこう)の地位にある人物だ。そんな内情を部外者の自分にぺらぺらと話していいのだろうか。リーゼロッテは不安になり、カイの顔を伺った。


「あの……カイ様……そのような重要なことを、わたくしに話して問題ありませんか……?」

「うん? ああ、大丈夫、大丈夫。話せるってことは言っても問題ないってことだから」

「…………?」


 言われた意味がわからない。朗らかに笑いながら言うカイに、リーゼロッテは小首をかしげた。

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