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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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2-7

     ◇

 リーゼロッテを見送ったアンネマリーは、自室の窓から侯爵家の整えられた庭の様子を、ひとり静かに(なが)めやっていた。秋の終わりにしては暖かく、晴天の日差しが庭の端々(はしばし)できらめいている。


 すがるように、ずっと手放すことのできなかった王子の懐中時計――それが今こうしてこの手を離れて、安堵(あんど)している自分がいる。今、心は、この庭のようにただ(おだ)やかだった。


(もっと早くにこうすればよかった……)


 自分はもう前を向かなくてはならない。すべてを吹っ切るには、まだ時間がかかりそうだけれど。


 カイに言われたまま手にしていた懐中時計だったが、やはり自分が持ち続けるべきものではない。そう思いながらも、肌身離さず持ち歩いていた。

 この手に握りしめたまま、眠れぬ夜を幾度(いくど)明かしただろう。王子殿下に時計を返す手立てがみつからない。そう自分に言い訳をして。


 (あふ)れる涙を止められぬ夜は、今ではほとんど訪れることはなくなった。だが、ちりちりと刺さる(とげ)のような(かたまり)が、いまだにこの胸の奥に(ひそ)んでいる。時折、発作のように押し寄せてくる痛みの波は、アンネマリーにはまだどうすることもできなかった。


 それでも、一歩前に進めたのだ。

 カイから預かったものだったのだから、カイへ返すのは道理だろう。自分から直接返されても、王子はきっと不快に思うだけだ。そう、カイならばきっとうまくやってくれるはず。

 リーゼロッテには冗談めかして言ってみたが、隣国でいつか新しい恋を見つけるのも悪くないかもしれない。


(どのみち、この国にはいられない――)


 王子の最後の望みを叶えるためには、それがいちばんの道だった。


『――わたしの目の前に、二度とその姿を見せないでくれ』


 突き刺さるような冷たい声が、不意に(よみがえ)る。

 自分が社交界へデビューしたのちには、夜会などで王子と顔合わせる機会も出てくるだろう。侯爵家の令嬢として、それはどうあっても()けがたいことだ。

 それならば、いっそ隣国にとどまり、そこで骨をうずめてしまえばいい。


 アンネマリーは()せたまぶたをそっと閉じて、遠く王城の奥にある静かな庭を思った。


 あの庭で始まり、あの庭で終わったのだ。ふたりの思い出は、あの日、永遠に(こお)ってしまった。木漏(こも)()がやさしく揺れる、あの美しい庭の中で。


 不意に自室のドアをノックされ、アンネマリーは意識を戻した。慌てた様子の家令にせかされて、急ぎ母ジルケの元へと向かう。


 行った先の居間で待っていたのは、困惑(こんわく)気味(ぎみ)の母・ジルケの顔だった。


「お母様、一体何事ですか?」

「……イジドーラ様から、アンネマリーに贈り物が届いたわ」

「王妃様から……?」

「王女殿下の話し相手を務めた褒美(ほうび)だそうよ」


 立派な木箱に、王家の(いん)が押された手紙が添えられている。差し出された手紙をアンネマリーは、無言で開いた。流れるような美しい文字を読み終えて、その手紙を手にしたままおもむろに箱の(ふた)を開けた。


「――どうして」


 かすれた声が口から洩れる。青ざめた顔でアンネマリーはその場で立ちつくした。指が震えて、箱の蓋を戻すことすらままならない。


「イジドーラ様はなんといってきたの……?」


 (いぶか)()に問うたジルケは、アンネマリーの様子に(まゆ)をひそめた。不躾(ぶしつけ)行為(こうい)とは分かっていたが、アンネマリーの手から王妃の手紙を抜き取り、目を走らせる。


 そこにはピッパ王女の相手を務めたアンネマリーへのねぎらいの言葉と、褒美として王族の加護を込めた宝石を(たまわ)(むね)が書かれてあった。そして、必ずそれを身に着けて白の夜会に参加するようにと、半ば命令するかのように()めくくられていた。


「どうして……どうしてなの……」


 アンネマリーの瞳から一筋(ひとすじ)の涙が伝う。


 手にしている箱の中には、見事な装飾(そうしょく)の首飾りと(つい)の耳飾りが納められていた。一番に目を引くのは、首飾りの大ぶりな(つや)やかな石だ。


 その石はそれはそれは美しく、(むらさき)(ひかり)がたゆとうように()らめいている。その色はまるで誰かの瞳を彷彿(ほうふつ)とさせ――


 箱の中のひとそろいの意匠(いしょう)をみて、ジルケは思わず息をのんだ。

 これを身につけて夜会に出ることの意味くらい、イジドーラに分からないはずもないだろう。いや、分かっているからこそ、アンネマリーにこれを身につけろと言うのか。


「何を考えているの、イジドーラ様は」


 婚約者でもない令嬢に、王太子の瞳の色を表すアクセサリーを身につけさせるなど、悪趣味(あくしゅみ)としか言いようがない。アンネマリーを王太子妃に望むとしても、順番がめちゃくちゃすぎる。


 紫の瞳は王族の血筋(ちすじ)特有のものであり、今この国でその色の瞳を持つ者はハインリヒ王子とその姉姫(あねひめ)以外は存在しない。イジドーラにどんな意図(いと)があろうと、王太子の婚約者が不在の現状では、貴族の間で動揺が走るのは必至(ひっし)だ。


 婚約のように確固(かっこ)たる約束が交わされるでもなく、王妃の気まぐれで贈られたものとなると、憶測(おくそく)憶測(おくそく)を呼ぶだろう。王妃はアンネマリーの未来をつぶすつもりなのか。


「やっと……やっと、ふっきることができたと思ったのに……」


 (せき)を切ったようにアンネマリーが泣き崩れた。だめだと分かっているのに、その石に手を伸ばしてしまう。


 あたたかい波動(はどう)を感じる。いつかの陽だまりのような。心が解ける笑顔のような。

 (むささき)がやさしく()らめく石を両手に閉じ込め、その胸にかき(いだ)く。


(ハインリヒ様――)


 涙を止める(すべ)は、アンネマリーにはもう残されてはいなかった。

【次回予告】

 はーい、わたしリーゼロッテ。公爵家に再びお邪魔したわたしは、ジークヴァルト様に出迎えられて……いきなりあーんはやめてください! アンネマリーの小箱を渡すタイミングがつかめず悩んでいた時に、公爵家に視察でやって来たのはなんとカイ様で!?

 次回、2章 第3話「隠された少女」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!

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