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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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2-6

  一時間も馬車が進めば、外の景色が雑多(ざった)な街並みへと変化していく。王都へと入った証拠だ。整備が行き届いた大通りにさしかかると、リーゼロッテは下げられたカーテンの隙間から物珍しそうに窓の外を眺めた。


 貴族令嬢なら大抵の者が、王都にある貴族街で買い物を楽しんだりしているが、リーゼロッテは(しょ)事情(じじょう)により引きこもりな深窓(しんそう)の令嬢生活を続けてきた。馬車から見える王都の街並みは、目に映るものすべてが新鮮だった。


(ふあっ、これぞ異世界って感じ!)


 本当はカーテンを開けてじっくりと観察したいのだが、公爵家の馬車は何かと注目を()びやすい。中に乗っているのは誰だと、好奇心の目にさらされるのだ。


(残念だけど、公爵家の名に泥を塗るようなまねはできないものね……)


 いつか王都へ買い物に行ってもいいかジークヴァルトに聞いてみよう。お忍びで平民の格好をするのが、ラノベでのデフォだろう。生粋(きっすい)(もと)庶民(しょみん)としては、平民に(まぎ)れるのはお茶の子さいさいだ。


 そんなことを思いながら、リーゼロッテは名残(なごり)()しそうに窓から顔を離した。先ほどから、馬車が進んではすぐ止まるのを繰り返している。馬車通りが渋滞していて、なかなか前に進まないようだ。あまり窓からのぞき込んでいると、通行人と目が合いそうだった。


「ずいぶんと道が混んでいるようね」


 エマニュエルがつぶやくと、馬車を止めた御者が窓越しに声をかけてきた。


「お嬢様、申し訳ありません。今王都は祭りの最中でして、どこの道もこんな感じで……。この通りを抜ければ混雑もましになると思いますので、もうしばしご辛抱いただけますか?」

「ああ、そういえばそんな時期だったわね」

「まあ、お祭りですの?」


 リーゼロッテの瞳がキラキラと輝き、窓の外を見たそうにうずうずしている。言われてみれば、馬車の外は、祭りに浮かれたような熱気にあふれた人々の声が聞こえてくる。


「この国で昔から催されている庶民の祭りですわ。貴族が参加するようなものではありません」


 たしなめるように言われて、リーゼロッテは慌てて居住(いず)まいをただした。しかし、馬車の外から聞こえる声に思わず耳をそばだててしまう。


「さぁあ、今年の優勝は誰の手に!? (りゅう)祝福(しゅくふく)コンテスト、いよいよ決勝戦の始まりだよぉ!」


 (あお)るような大声に、周囲からどっと()いた声が上がる。はやし立てる口笛が、あちこちで飛び交った。


「龍の祝福コンテスト?」


 こてんと首をかしげたリーゼロッテに、エマニュエルは歴史の授業の教師のように、淡々とした口調で説明した。


「龍の祝福コンテストは、生まれつきのあざ……龍の祝福の美しさを競う大会ですわ。自薦(じせん)他薦(たせん)は問わずで、色、形、大きさ、男女別に様々な部門があります。総合優勝を果たした者には、一生遊んで暮らしていけるほどの褒賞(ほうしょう)が贈られますが、そのかわり()(ずみ)などで龍の祝福をねつ造した者には重い罰則(ばっそく)が与えられます。一般投票が主ですが、祝福が人に見せにくい場所にある場合には、男性には男性の、女性には女性の、専門の資格を持った審査員が個別の審査を行います。まあ、毎年行われる平民の娯楽(ごらく)のような祭りですわ」


(ミスコン……いえ、むしろ、年末ジャン〇宝くじみたいなものかしら……?)


 実際にこのコンテストは、長く厳しい冬を迎える前の風物詩(ふうぶつし)的な庶民のイベントだった。総合優勝に該当者(がいとうしゃ)がないと、来年にキャリーオーバーされていくので、まさに夢ふくらむ平民の祭典なのだ。


(経済効果もハンパなさそうね……ああ、それにしても楽しそう……)


 カーテンの隙間からおいしそうな屋台が並ぶ一角が垣間(かいま)見える。道行く人々は、食べ歩きを楽しんでいるようだ。


 なかなか進まない馬車から、それを指をくわえてみているしかなかった。淑女として実際に指のなどくわえたりはしないが、もし食べ物の匂いが届いていたら、おなかの虫が鳴ってしまったかもしれない。

 貴族の食事はどれも高級でおいしいが、ジャンクフードの魅力を知っている身としては我慢しがたいものがある。


(王都に遊びに行けるよう、絶対にお願いしよう。食べ歩きは無理でも、どこかカフェとか入ってみたい……)


 エラと一緒にお忍びデートを楽しむのもいいかもしれない。なんとかジークヴァルトを説得しようと、リーゼロッテは決意を新たにした。


「あら?」


 道行く人ごみの中に、見知った人物がいたような気がしてリーゼロッテは声を上げた。

「どうかなさいましたか?」

「いいえ……何でもないですわ。知っている方がいたような気がして……きっと見間違いですわね」


 そうだ。あの人物が庶民の祭りのさなかに出歩くなどあり得ない。


(ピッパ王女がいたかもなんて、思い違いも(はなは)だしいわね……)


 見事な赤毛に、金色の瞳。雑踏(ざっとう)の中に、いつか王妃の離宮で会った王女殿下を見た気がした。

 見間違えた少女は、すでに人ごみに埋もれてしまった。


 馬車はゆっくりと動き出し、やがて混雑を抜けて軽やかに走り出す。その後は一度も止まることなく、馬車は公爵家へとたどり着いた。

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