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「まったく、ヨハン様にも困ったものだわ」
乗り込んだ馬車が緩やかに進みだすと、エマニュエルはため息をつきながら言った。公爵の馬車は揺れも少なく、相変わらず乗り心地がいい。
「それにしてもヨハン様は、カークそっくりでびっくりしましたわ……」
馬車の窓から流れる景色を見やりながら、リーゼロッテは何かを探すようにきょろきょろと瞳をさ迷させた。
「何かございますか?」
同じようにエマニュエルもリーゼロッテ越しに窓の外を覗き込む。しかし、穏やかな田園風景が広がるばかりで、特にこれと言ったものは見えない。
「カークがどうやって移動しているのか、気になってしまって……」
「言われてみると確かに……伯爵家にもいつの間にか来ていましたものね」
エマニュエルは反対側の窓へも視線を向けた。しかし、そこにカークの姿はない。
「やはり後ろを走って追いかけているのかしら……」
「後ろを……?っふ、だとすると、相当な速さで走らねばなりませんね。あとでヨハン様に聞いてみましょう」
リーゼロッテの言葉にエマニュエルは、吹き出すのをこらえながら言った。ヨハンは護衛として、馬車を追うように馬を駆っているはずだ。カークが後ろを走っていれば、邪魔で仕方ないかもしれない。
馬車が軽く揺れて、リーゼロッテが抱える小箱の中身がことりと音を立てた。アンネマリーから預かった大事なものだ。
膝の上で箱をぎゅっと握りしめる。これを返されたハインリヒ王子は、一体何を思うのだろう。
「……リーゼロッテ様……アンネマリー様と何かあったのですか……?」
泣きはらした目をして戻ってきたリーゼロッテに一度は目をつぶったが、ジークヴァルトに報告しないわけにはいかないだろう。クラッセン家の侍女が上手に処置してくれたようだが、エマニュエルの目はごまかされなかった。
リーゼロッテはしばし逡巡した後、膝の上の小箱を見つめたまま口を開いた。
「……白の夜会が終わったら、アンネマリーがまた隣国へ行ってしまうと言うので……それで……わたくしさみしくなってしまって……」
リーゼロッテはそのまま押し黙った。嘘ではないのだろう。リーゼロッテの様子を見て、エマニュエルはそう思った。
(でも、それがすべてではないようね……)
それ以上言いたくないということは、アンネマリーの個人的な問題か。ふたりが仲たがいしたとは思えないので、エマニュエルはそう結論づけた。
(リーゼロッテ様は他人に同調しすぎるきらいがあるから、これから先も心配だわ……)
大切な従姉を思う涙ならば、今日の所はこれ以上問い詰めるのは無粋だろう。
(エラ様なら、もっと上手にお慰めできるのだろうけど)
心配をかけまいと淑女の笑みを浮かべるリーゼロッテを見て、エマニュエルはたわいもない話題を振って話を逸らした。わかりやすいくらいにほっとしているリーゼロッテを見て、思わず苦笑してしまう。
この人はいずれ誰かに傷つけられる。エマニュエルにはそんな気がしてならなかった。
ジークヴァルトやエラのように、過保護なままではいけないと思いつつ、自分自身もどうすればリーゼロッテを守れるだろうと、最近ではそんなことばかり考えている。
可憐で無邪気なだけの令嬢だったら、ここまで肩入れすることはなかっただろう。
(本当に不思議なお方だこと……)
幾度となく思ったことを、エマニュエルは再び胸中で繰り返していた。




