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ふたつ名の令嬢と龍の託宣【なろう版】  作者: 古堂素央
第2章 氷の王子と消えた託宣

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2-3

「わたくしね、白の夜会が終わったら、お父様に頼んでまた隣国へ行こうと思うの」

「え?」

「テレーズ様のおそばにお仕えして、少しでもお支えしたいのよ。それに、隣国で素敵な殿方と恋に落ちるのもいいかもしれないわね」


 明るくウィンクして見せる。


 他国との交流を必要最低限に(つらぬ)いてきたブラオエルシュタインだが、これまでの歴史の中で国際結婚がなかったわけではない。

 前王妃のセレスティーヌは隣国(りんごく)の王女だったし、セレスティーヌの娘である第二王女テレーズが隣国の王族へと嫁いだのは二年ほど前の話だ。それ以外に、貴族同士での婚姻も過去に例はいくつかあった。


 実際にアンネマリーの従兄(いとこ)は隣国の貴族令嬢と結婚しており、子供ももうけている。その従兄は現在、アンネマリーの父トビアスの外交補佐についていて、将来、養子に入ってクラッセン侯爵家を継ぐ予定だ。


 一人娘のアンネマリーは今のところ婚約者はいないが、いずれ侯爵令嬢として他家へ嫁ぐことになるだろう。隣国の貴族と政略結婚することもあり得る話だ。従兄の結婚も外交を行う上での政略結婚だったが、ふたりは仲睦まじく、いつ見てもうらやましいくらいだ。


「ね、だから、もうそんな悲しい顔はしないで……リーゼの可愛らしい笑顔を見せてちょうだい」


 濡れた頬を両手で包んで、覗きこむように微笑んだ。リーゼロッテは、懸命(けんめい)に涙を止めようとしているが、しゃくりあげては涙があふれてきてうまくいかないようだ。


「リーゼは昔より泣き虫になったのではない?」


 茶化すように言うと、リーゼロッテは口をへの字に曲げて鼻をすすりあげた。


「だって……だって、わたくし、アンネマリーのために何もしてあげられない……」

「……わたくしのためにこんなに泣いてくれているじゃない……わたくしそれだけで、リーゼに救われた気分だわ……」


 リーゼロッテの涙がこぼれるたびに、王子への未練(みれん)も一緒に洗い流されていくようだ。今なら思える。あれは、王城の奥にある美しい庭がみせた、(はかな)(まぼろし)だったのだと。


 思いがけず王子にやさしくされて、立場も忘れて舞い上がってしまった。手に届く存在だと錯覚(さっかく)して、勝手に傷ついた自分がおろかだったのだ。


(だから本当に……もう終わりにしなくちゃ)


「あんね、まりぃ」


 しゃくりあげるリーゼロッテに舌足らずに名前を呼ばれ、アンネマリーはリーゼロッテを真っ直ぐに見た。


「ねえ、リーゼロッテ……リーゼはまたしばらく公爵家に滞在するのよね?」

「ええ、この後に公爵領に向かうことになっているわ……」

「そう……公爵様は、今も王城へ行かれているかしら?」

「ジークヴァルト様……? ええ、そうね、週に二、三度は王城へ出仕(しゅっし)されているけれど……それがどうかしたの……?」


 リーゼロッテは涙の残る顔で、不思議そうに首をかしげた。


「それなら、ね、リーゼロッテ。わたくしの頼みをひとつだけ聞いてくれないかしら?」

「わたくしにできることなら……」


 リーゼロッテの返事に頷くと、アンネマリーはここで少し待っていてほしいと居間を出ていった。その間に、クラッセン家の侍女がリーゼロッテの腫れた目を冷やすために、あれこれと世話を焼きに来てくれた。


(このまま公爵領に行ったら、みなに心配されてしまうわ……向こうに着くまでに赤みがひけばいいけれど……)


 クラッセン侯爵家で何があったのだと問い詰められても困ってしまう。アンネマリーの失恋が悲しくて、泣いてしまったのだとは言えるはずもなかった。


 しばらくすると、アンネマリーが戻ってきた。その手には、綺麗な小箱(こばこ)(たずさ)えられている。


「リーゼロッテ、これを……」


 失くしてはいけない大事なもののように、アンネマリーはその小箱をリーゼロッテに差し出した。


「王城で、カイ・デルプフェルト様にお渡ししてほしいと、公爵様にお願いしてもらえないかしら……?」

「カイ様に……?」

「ええ、この手紙も一緒にお渡ししてほしいの」


 意外な人物の名前に、リーゼロッテは困惑を隠せなかった。アンネマリーとカイが親しくしている姿など、リーゼロッテは見たことがない。

 あると言えば、王城で異形の者たちが集まってきたあの日だろうか。山ほどの異形の合間を縫って、客間に向かっている時、カイもアンネマリーもあの場にいたはずだ。


 だが正直いって、あの時は自分のことだけで手いっぱいで、周囲に気を配る余裕などなかった。あの日の記憶は、ひどく曖昧(あいまい)だ。


「それは構わないけれど……お渡しするのは、カイ様、でいいの……?」


 問うまでもなく、その箱の中身が何なのか、リーゼロッテには分かっていた。

 十五歳の誕生日を迎え、力を感じ取れるようになったリーゼロッテは、箱からにじみ出ているその波動(はどう)から、それは王子殿下の懐中時計なのだろうと確信していた。


 王妃の離宮でアンネマリーは、その懐中時計を王子殿下から預かったのだと言っていた。ジークヴァルトなら、王子に直接手渡すこともできるだろうに、それがどうしてカイなのだろうか?


「ええ……お渡しして頂けたら、カイ様はきっとわかってくださると思うから……」


 アンネマリーは静かに言った。どこかほっとしたような顔つきのアンネマリーに、リーゼロッテはそれ以上のことを聞くことはできなかった。


「わかったわ、カイ様に届けてもらうようジークヴァルト様にお願いしてみる」


 ジークヴァルトなら快く引き受けてくれるだろう。きっと彼も中に何が入っているのか、確かめるまでもなくわかってくれるだろうから。


「ありがとう……リーゼロッテ」


 ほっと安心したようにアンネマリーは微笑んだ。その笑顔はやはり儚げに見えて、リーゼロッテの心はちくちくと痛んだのだった。

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