第2話 木漏れ日の庭
【前回のあらすじ】
ダーミッシュ領に戻り、社交界デビューの準備を進めるリーゼロッテ。
マダム・クノスぺが熱く滾ったり、叔母のジルケが訪ねてきたりと、忙しい日々が過ぎていきます。
そんなときに、再び公爵家に呼び戻されることになったリーゼロッテは、戻る道中でアンネマリーを訪ねることになるのでした。
通されたクラッセン侯爵家の来客用の居間は、日当たりもよく明るい雰囲気だった。調度品は公爵家の歴史ある重厚な物とは違い、華やかな物が取り揃えられている。
代々隣国との外交を務めるクラッセン家なので、もしかしたら隣国から取り寄せた物なのかもしれない。
(なんだかベルサイユ宮殿チックな部屋ね)
日本での記憶をたどりながら、リーゼロッテはすまし顔で待っていた。思えばいつも伯爵家に来てもらってばかりで、こちらからアンネマリーを尋ねることは一度もなかった。
領地の屋敷はおろか自室から出ることもままならなかったこれまでを思うと、今こうしてクラッセン家の居間に座っていることが感慨深い。
「リーゼロッテ、待たせてごめんなさい」
ノックの後、居間の扉が開かれ、アンネマリーが姿を現した。
「わたくしこそ急に押しかけて申し訳なかったわ」
そう言いながらソファから立ちあがったリーゼロッテは、アンネマリーの姿を見て思わず息をのんだ。
「来てくれてありがとう。会えてうれしいわ」
「え、ええ、わたくしもうれしいわ……」
いつものようにふたりは再会のハグをした。
背中に回した手で確かめるまでもなく、アンネマリーは以前よりもだいぶ痩せてしまっていた。やつれたという印象はないが、ほっそりとした肢体はどこか儚げで、それでいて出るところは出ている柔らかな体型はかわっていない。
(アンネマリー……すごく、綺麗になった……)
リーゼロッテに微笑みかけるアンネマリーは、どこか愁いを帯びて危うげに感じる。少女から大人の女性に変わっていく。そんな表現が目の前のアンネマリーには最もふさわしかった。
「立ち話もなんだから、座りましょう?」
促されてリーゼロッテは再びソファの上に座りなおした。その横にアンネマリーも腰かける。
「アンネマリー、誕生日には素敵なブローチをありがとう。今日もつけてきたのよ」
胸に輝くのは、小さな花をモチーフにした可愛らしいブローチだ。リーゼロッテのシンプルなドレスによく似あっていて、最近では毎日のように身に着けていた。
「思った通りリーゼによく似あってる。隣国でそれを見つけた瞬間、これはリーゼの胸で輝くために作られたと思ったの」
アンネマリーは目を細めて満足そうに頷いた。その様子はジルケが言うように、落ち込んでふさぎ込んでいるようには見えなかった。
「アンネマリーはどう? ……その、王城から帰ってきてからの毎日は……」
リーゼロッテの遠回しな言いように、アンネマリーは少し困ったように微笑んだ。
「お母様ね? あれこれ探りを入れられたのではない?」
「いいえ、ジルケ伯母様はわたくしに何も聞いてこられなかったわ。ただアンネマリーを心配されて……でも、わたくし王城でのことは、何もお話ししていないわ」
アンネマリーが王子に恋心を抱いていることはわかっていたし、王子もまたアンネマリーを好ましく思っていることは、リーゼロッテから見ても明らかだった。
しかし身内に対してとはいえ、それをリーゼロッテの口からべらべらと話すわけにはいかないだろう。アンネマリー自身が話していないのならなお更だ。
「そう……ありがとう、リーゼ……王子殿下のこと、黙っていてくれて……」
アンネマリーは消え入りそうな声でそう呟いた。
その手のことに疎いリーゼロッテにもわかったくらいだ。王子のそばにいるジークヴァルトやカイがそれに気づかないわけはないだろう。
だが、ふたりの口からそのことが話題になることは一度もなかった。
(やっぱり龍の託宣があるから……)
この国の王は、龍の意思によって決められる。そして、王の伴侶となる者もまたそうだと聞いた。王子には龍に決められた婚約者がいる。だが、それはアンネマリーではないのだ。
どんなにふたりが思い合おうと、この恋が叶うことはない。王城での王子の話を思い出し、リーゼロッテは切なくなった。
王子には託宣で決められた相手がいるはずなのに、王妃は王子の結婚相手を探していた。詳しいことはわからないが、何か事情があるのだろうとリーゼロッテも察してはいた。
(もしかして、王子殿下の託宣の相手が行方不明とか……? ジークヴァルト様なら何か知っているかしら……)
しかし、自分がどうこう口出しできる立場でないことも、十分にわきまえている。それに聞いたところで、王子に関わる重大機密など、ジークヴァルトが教えてくれるとは思えなかった。




